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魔王のカリスマ

 聖女ジャンヌは、魔王デカラビアの死体の上に腰掛けていた。

 大きさが丁度いいらしい。

 その姿は勇壮であり、神々しくもあった。


 まるで宗教画のワンシーンのようであるが、一瞬、腹を空かせたジャンヌがデカラビアを食べていないか気になった。


 そのことを話すと彼女はおかんむりである。


「魔王、馬鹿にしないの。いくらヒトデっぽくても、魔族は食べないの。中国人と一緒にしないの」


 とはジャンヌの主張であるが、孔明はもはや突っ込む気力もないようで、こう言い放った。


「たしかにこれはデカラビアの死体である」


 しかし、と続ける。


「いや、正確には死体になりつつある物体、というべきでしょうか」


「まだ生きているのか?」


 と言った俺はジャンヌにどくように指示する。


「了解」


 と彼女がどくとデカラビアは「うう……」と声を上げた。


「ほんとだ。生きてる。トドメを刺す?」


 ジャンヌは聖剣に手を掛けるが、制止する。

 デカラビアは虫の息、もはやなにもできまい、と踏んだのだ。

 それは正しかった。

 彼は青息吐息、半死半生といったていで、最後の言葉を口にする。


「……くっくっく、見事だ魔王アシュタロトよ」


「お前こそなかなかにしぶとい魔王だったぞ」


「ここまでしぶとさを発揮できたのは、お前のような好敵手に出会えたからだよ」


「高評価だな」


「ああ、だが、俺はまだまだしぶといぞ。いや、しつこいかな」


「どういう意味だ?」


「俺はたしかにここで死ぬが、置き土産を用意してきた」


「それは有り難い。いつ受け取れるのかな?」


「さあて、そう遠い未来ではない。それだけは言える」


「それだけじゃお前からのプレゼントとは分からないかもしれない。もう少し語ってくれないか」


「……くっく、いいだろう。俺の領地の隣にはザガムという魔王がいる」


「名だけは知っている」


「俺はそいつに形見を送った。置き土産だ」


「それは仲がよろしいようで」


「まさか。やつとは不倶戴天の敵よ。何十年も領地を巡って争ってきた」


「今さら仲良しになった理由は?」


「敵の敵は味方、という言葉を知っているか?」


「知っている」


「ならば話は早い。俺はお前に討伐された。それが口惜しい。だから最後に宿敵に形見を送り、宿敵を強化する。さすればザガムがお前を殺してくれるはずだ」


「なるほど、魔王らしい考え方だ」


「褒められて恐縮だ」


「褒めてはいないさ。さて、言い残すことはそれだけか? そろそろ楽にしてやりたいが」


 デカラビアはもうひとつだけ。

 と言う。

 俺は許可を下す。


「お前は伝説の軍師を手に入れたと喜んでいるかもしれないが、その男は役に立たないぞ。

 俺はやつを召喚し、やつを軍師にしようとしたが断られた。孔明はなにも俺の人格を嫌っただけではない。

 その男はたしかに『かつて』最高の軍師と異世界で呼ばれていた男だが、もはやふぬけだ。

 役に立たない」


「どういう意味だ?」


 俺がすごむとデカラビアは、


「その男はもはや戦場に立てぬのだ。戦場に立つと手が震え、足が震え、まともな思考ができなくなる。後遺症だな。その男はかつて蜀という国で丞相まで務めたが、そのとき、司馬懿という男に手も足も出ず、己の非力を知った。以来、戦場には立てなくなった、というわけさ」


 と語る。


 その歴史は知っていた。


 諸葛孔明という男はたしかに天才軍師であったが、北伐と呼ばれる大国魏への侵攻作戦を五度行い、五度とも失敗した。


 戦果をあげたこともあったが、結局、大国魏との国力差に順当に負けたのだ。

 そのときのことがトラウマになっている?


 あり得ることだった。


 俺はなにげなく視線を孔明にやるが、彼は悠然としていたが、涼やかな眉目が多少、下がっているような気もした。


 真実なのか問うてみると、孔明は明瞭な口調で言った。


「デカラビアの言うとおりです。私はもはや軍師でもなんでもない。ただの頭でっかちの隠遁者です」


 その言葉を聞いたデカラビアは、

「はっはっは」と笑い「ざまあみろ」

 と言ったが、俺はその言葉をかき消した。


 デカラビアの言葉などどうでも良かった

 孔明が戦場に立てないのもどうでもいい。

 俺は元々、彼を軍師として求めにきたのではない。

 街の支配者、太守としての技量を買っているのだ。

 そのことを率直に伝える。


「魔王アシト殿は、神算鬼謀の軍師ではなく、内政家としての孔明を欲しているのですか?」


「ああ、俺は元々、孔明殿を世界有数の内政家だと思っている」


 そう断言するとこう続ける。


「孔明殿は漢の功臣、蕭何(しょうか)を知っていますね」


「もちろんです」


 と、うなずく。


「漢の高祖劉邦は、国士無双の韓信でもなく、謀聖の張良でもなく、後方から常に前線に物資を送り続けた内政家の蕭何を勲功一番とした」


「魔王殿は私に蕭何になれと?」


「ええ、是非とも」


 それを聞いた孔明は目を閉じる。

 深く考え事をしているようだ。

 ちょうど、五分、孔明は瞑想するように思考を巡らせるとこう言った。


「あなたはまるで先帝(劉備玄徳)のようなお方だ。彼のようにカリスマに満ちている。この異世界でも先帝のような御仁と巡り会えて幸福です」


 と噛みしめるように言った。

 こうしてかの天才軍師諸葛孔明が俺の配下に加わってくれた。

 土方歳三はそれを見て茶化す。


「魔王の旦那の人たらし具合は、かの劉備玄徳、豊臣秀吉を超えるぞ。まったく、どこまで人材ハーレムを築き上げる気だ」


 そう言うと、ジャンヌもそれに同意するが、本音も漏らす。


「でも、今のとこ配下にするのは男が多いの。それだけは助かっているの」


 その言葉を聞いた三人の配下は、軽く笑みを漏らすと、それぞれの表情で笑った。

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