鬼謀の軍師
こうして孔明の庵の前で始まったデカラビアとの戦い。
二回目の戦いであるが、二回目の戦いは終始、こちらが有利であった。
まずは二回目で相手の異形になれていたこと。
星の身体はたしかに珍しくて戦いにくかったが、彼の攻撃は単調であった。
五芒星の中央から光線を放つだけである。
鉄壁の魔法陣でこちらの攻撃を無力化してくるが、すべての攻撃を防がれるわけではない。
幾重にも攻撃を重ねれば、隙が生まれ、一本くらいは入る。
俺と土方歳三が連携しつつデカラビアを追い詰めていると、その間、オルトロスは次々とゴブリンとオークを屠っていった。
10匹めのゴブリンの腹を爪で切り裂いたとき、彼らのデカラビアに対する忠誠心、あるいは恐怖心はなくなった。
「こ、こんな化け物どもに勝てるか」
と戦線を放棄しだしたのだ。
それを見てオルトロスもデカラビアへの攻撃を開始するが、俺は彼に尋ねる。
「援護は有り難いが、お前さんの主を助けなくていいのか」
オルトロスは、重低音の声でこう答える。
「……無用。我が主はすべて計算のもとに動いている」
「どんな計算なのだ?」
と尋ねた瞬間、炎に包まれていた孔明の庵が崩れ落ちる。
これはやばいんじゃないか、と思った瞬間、孔明は思わぬ方向からやってくる。
そして手に持っていたクロスボウを構える。
彼は不敵な笑顔でこう言い放つ。
「これは西洋で言うクロスボウではない。私が発明した連弩だ」
と連射できるクロスボウを次々と放った。
思わぬ箇所からの攻撃、それも連続攻撃にデカラビアは為す術がなかったようで、放たれた矢をすべて受けてしまう。
「ぐああああぁ」
と声を上げるが、デカラビアの悲鳴よりも気になるのは、孔明がどこからやってきたか、ということであった。
「私は命を常に狙われている。そんな男が隠し通路を作らぬ訳がないでしょう」
「なるほど、道理だ。しかし、なぜ、そのまま逃げなかった」
「たしかにその案も悪くない。軍師の癖にその選択肢が出なかったのは不徳です。しかし、この孔明は世捨て人ではあるが、人間をやめたわけではない。自分を助けにきてくれた人物を見捨てることはできない」
「それは俺の配下になってくれるということでいいか?」
「私の死後、三顧の礼という言葉が生まれたそうな。今回は三顧半の礼となってしまいましたが、それはそれで面白いでしょう」
とご自慢の連弩に矢を込め、攻撃を加える。
さすがに二度目の奇襲は成功せず、デカラビアに防がれてしまうが、俺はデカラビアの意識が孔明に向かった瞬間を見逃さなかった。
右手に魔力を込めると、炎をまとわせる。
禁呪級の呪文を詠唱する。
「俺の右手がうなって吠える!
魔王を殺せと轟き叫ぶ!
必殺、魔王式紅蓮掌!!」
真っ赤に燃え上がった右手をデカラビアの腹にずぶりと刺す。
やつの内部にあるかと思われる心臓まで手を伸ばす。
そのまま心臓を握りつぶして殺す。
それが俺の意図だったが、俺の意図は半分しか達成できなかった。
たしかに俺の掌はやつの心臓を捕捉し、破壊することに成功したが、やつは化け物であった。
心臓をひとつ破壊しただけでは殺せなかったのである。
まったく、これだから魔王は、と吐き捨てると、デカラビアはようやく撤退を意識し始めた。
体中から霧を出す。
《濃霧》の魔法を発動したようだ。
霧に紛れて逃げ出すつもりのようだが、やつが逃亡するのは計算済みだった。
「一度逃げたやつはすぐ逃げる。逃げ癖がつくからな」
俺はそう漏らすと、土方が尋ねてくる。
「逃げるのはいいが、あいつはしつこい。また勝負を挑んでくるぞ」
「かもな。案外、ゲリラ戦術の才能はありそうだから、ここで取り逃がしたくない。ここで勝負を決める」
そう断言した俺は《念話》の魔法を使う。
会話する相手は、この場にいないもうひとりの戦士だった。
「今からそっちにデカラビアが向かう。手負いだ。今のやつなら一刀両断できるはず。ジャンヌ、トドメは任せた」
「OKなの。でも、濃霧で周りが見えない」
「安心しろ。やつの内臓をまさぐったとき、腹の中に蟲を入れた。発光蟲だ。近づけば光るようになっている」
「さすがは魔王、用意万端」
とジャンヌは言うと、無言になる。
どうやらジャンヌの近くにデカラビアが迫っているようだ。
姿は見えないが、今、ジャンヌは真剣な表情をしているだろう。
俺はジャンヌの剣の腕を信じている。
これ以上、余計なことは言わずに、デカラビアの場所を教えることだけに専念した。
デカラビアの腹に放った蟲を発光させる。
すると、デカラビアの身体の一部が光り始める。
濃霧に乗じて逃げ出す算段だったデカラビアはさぞ、驚いたことであろうが、それも数瞬のことであっただろう。
デカラビアを捕捉しようと待ち構えていたジャンヌは、飢えた狼のように貪欲であった。
デカラビアが光った瞬間、背中の聖剣を抜き放ち、それでデカラビアを一刀両断する。
――はずである。
今は遠視の魔法も使っておらず、念話での会話からしか状況は分からないが、ジャンヌほどの実力の持ち主ならばデカラビアを仕留めるはず。
そう信じて疑っていない俺だったが、その信頼は数秒後に確信へと変わる。
念話先から、
「ぐぎゃああああ!」
という悲鳴が聞こえる。
野太い声だ。もちろん、ジャンヌではない。
その後、ジャンヌは勝ち誇った声でこう言った。
「神の使徒、オルレアンの乙女ジャンヌ・ダルク。魔王デカラビアを討ち取ったの!」
その声を聞いた瞬間、俺は「よくやった!」と彼女を褒め称えた。
そのやりとりを見ていた歳三と孔明は、ほっと胸をなで下ろしているようだ。
歳三は、
「もうあのヒトデと戦わないで済むと思うとほっとするな」
と心情を素直に吐露した。
孔明もストーカーから解放されたことを喜んでいるようだ。
「王としての器はないが、しつこさに関してはSランクの魔王でした」
と彼なりの表現でデカラビア討伐を喜んでくれているようだ。
その後俺たちはジャンヌと合流する。
デカラビアの死を確かめたかったし、デカラビアの死体も回収したかった。
魔王の素材は強力な素材となり得るのである。
そのことを話すと、歳三は、
「あの魔王はヒトデだったから、乾燥して食うのもありだな。支那人は乾燥したヒトデを食うのだろう」
それはナマコです、と孔明は冷静に返すと、一緒にデカラビアのもとへ付いてきてくれた。
それでようやく、彼が俺の配下になった実感が湧いた。




