ヒトデ再来
孔明が住む庵に尋ねる。
三回目であるが、これで三顧の礼をしたことになる。
土方歳三がそのことを指摘すると、ジャンヌは浮き浮きだ。
「これであのコーメーとかいう中国人は仲間になったも同然なの」
歳三も、
「まあ、定番通りに行けばこのまま仲間になってくれるだろうが」
というが、俺はそこまで期待していなかった。
三顧の礼が四顧の礼、五顧の礼になる可能性も十分ある。
話してみて分かったが、孔明は世に出ることを望んでいないようだ。
そのことを話すと歳三は言う。
「だが、劉備玄徳はあの軍師を説得して、なんとか味方に加えたじゃないか」
「ああ、たしかに。でも、俺は劉備玄徳じゃない」
「劉備以上のカリスマ性があると思うぜ」
とは歳三の評だが、そこまでうぬぼれていなかった。
この世界の孔明は、魔王デカラビアを見限ったばかり。
その後、すぐ他の魔王に仕える気はないだろう。
そう推察していたが、それは大当たりだった。
庵の前まで行くと、例の小僧が掃除をしていた。
彼に話しかけると残念そうな表情で、
「主は今、病に伏せております」
と頭を下げた。
「この前は元気だったの! どうせ仮病なの!」
とジャンヌは喚き立てたが、黙らせると、
「それではお大事に。魔王アシトが心配していた、と伝えてくれ」
と言い残して去った。
「やけにあっさりしているな」
とは歳三の言葉だ。
「さっきも言った通り、三顧の礼が四、五になってもいい。孔明の気持ちが変わるまで待つよ」
「それまではデカラビア城とアシュタロト城の城主兼任か」
「正確に言えばエリゴス城も半分は俺が運営している」
「みっつもか。酒は一合、女は二号までにしておけ」
とは人生の先輩の有り難い言葉であるが、城と女性を同一に語るのはどうかと思うので、無視をし、森を黙々と進む。
このまま歩けばあと数分で森を抜けられる。
――そんなところまで歩を進めた瞬間、森の奥から爆音が聞こえた。
「なにごとだ!?」
歩いていた三人は一瞬で戦闘態勢に入り、音の聞こえた方向を振り向く。
すると森の奥から煙が上がっていた。
「……あの辺は孔明の庵の付近なの」
「この森に彼以外の人は住んでいない。必然的に彼の家が被害に遭ったとみるべきだろう」
「でも、どうして? 性格は悪そうだったけど、命を狙われるようなたまじゃないの」
「風魔小太郎が言ってただろう。デカラビアのもとから出奔したからやつに恨まれているって。何度か襲撃を受けたらしい」
「また、襲撃を受けたということ?」
「おそらくは」
「ならば助けにいかないと」
「もちろん、三度も話した人間を見捨てられない」
と俺たちは来た道を反転し、駆け出した。途中、ジャンヌにだけ耳打ちし、別行動を取らす。秘策があるのだ。彼女は快く従ってくれた。
俺と歳三は、数分で戻ると、そこは戦場と化していた。
デカラビアと手下と思われるオーク、ゴブリンなどが周囲を包囲していた。
奥からデカラビアが現れると、彼は権高に、
「孔明よ、貴様のもとに魔王アシュタロトが通っているという噂は本当か」
庵の中から冷静でやる気のない声が聞こえる。
「ああ、本当ですとも」
「俺のもとから出奔し、誰にも仕えぬと言っていたではないか」
「あなたは仕えるべき王ではないからな」
「ぐぬぬ、こしゃくな。ええい、もう一度だけ問う。我に仕えよ! さすれば命だけは助けてやる。お前の知謀によって魔王アシトを殺すのだ」
「それはお断りする」
孔明が言下に断ると、ゴブリンとオークは一斉に火矢に火を付ける。
弓弦にそれを装着し、なんの躊躇もなくそれを放つと、孔明の庵は燃え上がる。
燃え上がった家の中から出てきたのは、孔明の世話をする小僧であった。
悪逆非道のデカラビアは見せしめに少年を殺そうと指示するが、それはできない。
なぜならば少年は『普通』の人間ではなく、魔物だったからである。
彼は子供の姿から即座に魔獣の姿に変身する。
オルトロスと呼ばれる双頭の犬になると、次々とゴブリンやオークの首を掻き切っていった。
もしもデカラビアが引き連れてきたのが、オークやゴブリンだけならば、ほんの数分で全滅させることも可能だったろう。
実際、過去の襲撃ではほぼ彼が追討軍を全滅させたようだ。
しかし、今回はデカラビアの手先だけでなく、魔王本人もいる。
オルトロスは強力な魔物であるが、さすがに魔王相手に通用するような魔物ではなかった。
デカラビアの五芒星の身体が輝くと、怪光線が彼を襲う。
あまりの速度に避けきることができなかったオルトロスは右足を負傷する。
それによって機動力は奪われた。
次の一撃で確実に仕留められる。
デカラビアがそう思った瞬間、戦士が切りつけてくる。
その戦士とは、もちろん、アシュタロト軍最強の戦士土方歳三であった。
彼は無言で斬り掛かる。
悪党である魔王に名乗りは不要と言わんばかりの一撃を叩き込むが、さすがは魔王、なんとか気が付き、防御壁で防ぐ。
その一撃でやっと俺たちの存在に気が付いたようだ。
彼は憎しみに満ちた殺気を向けてくる。
「貴様は魔王アシュタロトではないか。我が宿敵」
「宿敵なんて大層なもんじゃない。俺とお前は一瞬、人生がすれ違った他人だよ」
「なるほど、何百年も生きる魔王にとってこの出逢いなど一瞬という意味か」
「そういう意味もあるが、魔王デカラビア、お前の命はここで終る。そういう意味だ」
その言葉を聞いたデカラビアは五芒星の身体を真っ赤にさせ怒る。
「抜かせ!」
光線をこちらに向かって吐き出してきた。
俺はそれを魔法の防御陣で防ぐ。
この前は逃がしたが、今度は逃がすつもりはない。
ここをやつの死に場所にする。
そんな気持ちで戦いに挑むことにした。




