三顧の礼
占領したデカラビア城の復興と警備をイヴに一任すると、俺と土方歳三、それにジャンヌ・ダルクは謎の英雄がいるという庵に向かうことにした。
彼は自分を召喚したデカラビアに嫌気がさし、彼を見限り、城の郊外で暮らし始めたそうな。
晴れの日には畑を耕し、雨の日には本を読む。
そんな晴耕雨読の生活を送っているらしい。
いわゆるスローライフというやつで毎日忙しく働いている身からすれば、羨ましくて仕方ない。
「魔王の旦那は働き過ぎだからな」
と歳三は端的な事実を述べる。
ジャンヌも同意する。
「魔王ほど働きものの王は見たことないの。シャルル七世は、魔王の100分の1も働いていなかった」
「まあ、新米魔王だからな、俺は。先行する魔王に追いつくには勤勉さを売りにするしかない」
「その一環が今回のスカウトって訳か」
「そうなる」
「ちなみに今回、配下にしようというのは誰なんだい? 目星くらいはついているんだろう」
「目星はな」
「是非、拝聴したい」
「話すのはいいのだが、外れていたら間抜けだしな」
と言ったが、歳三はどうしても聞きたいようだ。
ならばヒントだけ話す。
「その人物はおそらく歳三も知っている。それほどの有名人だ」
「日本人か?」
「日本人ではない」
「ならば支那の人間か」
「正解」
と答えておく。
「中国の昔の人間だ。日本はまだ王権すらあやふやな時代、中国はすでに巨大な統一王朝、中央集権国家を作り上げていた。しかし、その漢王朝も滅びのときを迎えていた。乱世の時代を迎えていた。そんな時代の男だ」
「ほほう」
と顎に手を当て、考え始める歳三。
彼の中に候補が浮かび上がったようだ。
「その男はたった一夜で十万の矢を集めろという難題をこなした。
その男は漢王朝の末裔を名乗る怪しげな男を皇帝にまで出世させた。
その男は希代の軍師と呼ばれた」
その言葉で歳三の候補は定まったようだ。
彼はこう質問する。
「その男は水鏡先生から、そいつを得たら天下を取れると言われた名軍師なんじゃないか?」
「その通り。水鏡先生いわく、臥龍か鳳雛、そのどちらかを得れば、天下を望むこともできる、と言われた男だ」
もっとも、劉備玄徳という男はそのふたりを手に入れたにもかかわらず、蜀という国を手に入れただけで終ったが。
それでも臥龍と呼ばれた男は、中華の歴史に燦々と輝く巨星であった。
歳三が答えを当ててしまったので、俺はもうその人物の名を隠さない。
「今回、尋ねる庵にいるのは、おそらくだが『諸葛孔明』その人だろう」
それを聞いた土方は「ひゅう」っと口笛を吹いた。大物だねえ、と続く。
ジャンヌはいまいちすごさが分からないのだろう。干し肉をかじってきょとんとしていた。
さて、諸葛孔明という男は、おそらく、日本人ならば誰でも知っている有名人だ。
異世界人である俺ですら彼の名は知っている。
だが、彼の名は知っていても、案外、業績を知らない人は多い。
歳三も彼を天才的な軍師と勘違いしているようなので補足する。
「諸葛孔明、彼は三国志と呼ばれる時代に生まれた英雄だ。劉備玄徳という出自の怪しい男に戦略を授け、蜀という国の主に祭り上げ、そこで宰相となった男。三国志演義、という通俗小説のせいで神算鬼謀の軍師のように描かれるが、彼は軍師というよりも有能な内政官だと思う」
「赤壁の戦いで何倍もの兵を打ち破り、北伐で魏軍を苦しめたらしいが?」
歳三は尋ねてくる。
「赤壁の戦いの功労者は、呉の大将軍周瑜だよ。孔明は主導的な立場にいない。戦後、呉を騙して鮮やかに荊州の地を盗み取った手腕は見事だが」
「ならば北伐は? 司馬懿との一連の戦いは歴史の名場面だ」
「たしかにそうだが、結局、孔明は一度も北伐を成功させていない。魏という国を倒していないんだ」
「なるほど、いわれてみればたしかに」
「だが、それは彼が無能だからじゃない。本来は内政官、政治家、戦略家なのに、蜀の人材不足によってみずから戦術家を引き受けざるを得なかったのだ」
もしも蜀という国に一線級の将軍が残っていたら、孔明は後方で戦略を練り、蜀の首都でじっくり内政に専念できただろうに。
さすれば歴史は変わっていたかもしれないが、今、そのことを嘆いてもしかたない。
今、やらなければならないのは、三国一の能吏にして軍師である諸葛孔明を配下に加えることであった。
その方法はおおよそ見当がついているが、はてさて、俺が考えた小賢しい作戦は成功するであろうか。
気になったが、このままここにいてもらちがあかない。
そう思った俺は歩みを早め、孔明がいるという庵に向かった。
孔明がいるという庵は森の中にあるらしい、とは風魔小太郎の報告だった。
鬱蒼と木々が生え茂る森に、小間使い代わりの小僧と一緒に住んでいるらしい。
そこを今から尋ねるが、事前にジャンヌたちには伝えておく。
「俺たちは時間を置いて、この庵を何度も訪ねることになるだろう」
その言葉にジャンヌはきょとんとしている。
「なんで? 一回じゃ駄目なの?」
「駄目なんだ」
と言い切ると、歳三が口を開く。
「三顧の礼をするつもりなんだな」
「その通り」
「三顧の礼?」
「異世界の言葉だよ。孔明という男が語源となっている。孔明の主、劉備は、孔明を迎え入れるために、三度も彼の庵に通って口説いたんだ。以来、有能な男を配下にするときの故事となっている」
「でも、孔明はいくさが弱いんじゃないの? そんなのを平身低頭に仲間にしても」
「弱くはないよ。ただ、より内政のほうが得意だっただけだ」
そう弁護すると、森が開け、庵が見える。
中華風の古民家、竹林が生い茂る庭を想像していたが、そこにあったのは中世風の民家であった。
当たり前か、ここは中国ではなく、異世界なのだから。
その民家の前で掃除をしている小僧がいる。
彼に話しかけることにしたが、彼の回答は予想できた。
彼は孔明が留守だと宣言するだろう。
とジャンヌに予想を口にすると、見事そうなった。
小僧は、
「孔明先生は今、出掛けていません。後日、尋ねてください」
と微笑んだ。
こちらも微笑み返すが、ジャンヌは驚いている。
「すごい、魔王も神からの神託を受け取れるの?」
と目をぱちくりとさせていた。
まあ、これはいわゆる三顧の礼の逸話どおりの出だしであった。
歳三はなんとなく感づいていたようだが、東洋にうといジャンヌには俺が予言者にしか見えなかったようだ。
これは二回目の孔明の態度を言い当てたらさらに驚くかな、そんな悪戯心を抱きながら、来た道を引き返すと、途中にあった宿場町で宿を取った。




