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新たなる英雄

 デカラビア城の執務室に椅子を作る。この城の旧主は椅子が不要な身体だったのでこの城には椅子が置かれていない部屋が多々あった。


 魔王デカラビアを取り逃がしたが、それ以外は最上の結果をもたらした。

 彼の居城である交易都市を手に入れたからである。


 俺の都市は交易もするが、農業も工業もするハイヴリッド都市だが、デカラビアはこの辺でも有数の交易都市を所有していた。


 複数の街道が交わる場所にあり、大きな川もある。

 自然と人が集まり、交易をしていたわけである。

 魔族、人間、亜人の三者が集まり、盛んにものの売り買いをしていたわけだ。


「あの強欲なデカラビアがよくそんなことを許していましたね」


 とはイヴの率直な疑問であるが、強欲だからこそ商売を許していたのだろう。


 ただ、デカラビアはかなり重たい税金を課していたようで、街に入るだけで金貨を取る入城税、店の大きさや窓の数で税金の多寡を決める家屋税、人間ひとり辺りにいくらと決まっている人頭税もとっていたようだ。


 それを話すと、財政にうるさいイヴも「まあ」と開いた口が締まらず、手で押さえていた。


「まったく、愚策の中の愚策だよ。重税は掛ければいいというものではない」


「ですね」


「重い税金を掛ければ自然と商人は遠ざかる。結果、税金が減るんだ。戦国時代、風魔の小太郎が仕えていた北条氏は、税金を四公六民、つまり、40パーセントくらいとして、民心を掌握し、領地を大いに栄えさせた」


 その言葉を聞いた風魔小太郎は、にやり、とする。

が、特になにか意見の言うわけでもなく、背中を壁に預けていた。


「関東の覇者、北条氏に見習って税金を下げたいわけだが、まずは入城税を半額にしようか。撤廃してもいいんだが、税収も欲しいしな」


「善き考えかと」


 イヴは肯定する。


「家屋税も、窓の数で税金を決めるのは廃止。窓の数を減らすこすい家が増えるだけだし、真っ暗な家が増えれば蝋燭で火事が増える」


 ちなみに日本という国では一時期、間口の大きさで税金を決めていた時期があった。


 そのとき、都の人たちは、間口を小さくする代わりに、奥行きを長くした。

 京都に行けばその風習が残っていて、京都の家は細長い家が多い。


 窓の数もそうだが、このように税金を決めると、必ず抜け道を探し出す人々が現れ、いたちごっことなる。


窓の数も一緒だ。窓の数で税金が決まるのならば、窓を少なくしよう、となるのが人情である。


「というわけで人頭税も廃止したいが、人々の所得を把握するのは困難だ。でも、子供にまで課すのはよくない。子供の数が減る=人口が減るだからな」


「大人にだけ課すようにしましょうか」


「そうだな。まあ、どこから大人にするのか、それも難しいが。やはり、ここは戸籍を作るべきか」


「戸籍? ですか」


「ああ、そのものの出生記録などをまとめ、役所に保存しておくんだ。俺の前任の魔王アザゼルは作っていなかったようだが、そろそろ作ろうと思う」


「作成にお金が掛かりそうです」


「だが、確実に税金が取れるようになるメリットもあるぞ」


 税金、と聞いたイヴは目を輝かせ、配下の文官たちに作成を命じさせた。


「ただ、作るだけだと警戒するものもいるだろう。戸籍を作ったものにはパンを配れ」


「さすがは御主人様です。海老で鯛を釣るのですね」


「この場合はパンで金貨かな。まあ、どっちでもいいか。釣った魚に餌をやらない、という言葉もあるが、俺の場合はちゃんと還元したい」


 この街から上がった税収で、街を拡張し、豊かな都市を作り上げたかった。

 さすればこの街の住民も税金を喜んで払ってくれるようになるだろう。

 それは正解だったようで、俺の行った税制改革は大成功を収める。

 翌日に発布された税制法は、街の住民、特に商人たちから大好評であった。

 デカラビアの統治時代では考えられない、と賞賛してくれる。


 とある商人は、


「税金が安くなった分、商品価格を抑えて住民に提供できる」


 とある女は、


「子供に対する人頭税がなくなったから三人目を産める」


 とある老人は、


「窓税がなくなったから、明るい家に住める」


 と喜んだ。


 こうして俺の改革は評判を呼び、多くの人々が集まり始める。


「新しい魔王のもとでは商売がしやすいぞ」


「デカラビアの街はこれから何倍も発展するぞ」


 と耳ざとい商人が集まる。


「集まった商人を捕まえて一網打尽、財産を奪えば大金持ちになれますね」


 とはイヴのきわどい魔族ジョークであるが、もちろん、そんなことはしなかった。

 彼らにはドワーフの技術者を提供し、商店や自宅を建てさせる。


 中にはお金を持っていないものもいたので、そういうものは面談をし、信用できそうであれば低金利で貸し出す。


 自分でもなかなかに大胆な政策だと思うが、物と金を動かす商人は多いに越したことがないのである。


 こうして俺の一連の構造改革は功を奏し、成功を収める。


 イヴからは連夜、「さすがは御主人様です」と言う言葉を聞くことになるのだが、最近、悩みができつつあった。


 俺は魔王エリゴスの城、そして魔王デカラビアの城も占拠した。


 みっつの城持ち魔王になったわけであるが、さすがにひとりではみっつの城を統治できない。そろそろ正式な城主を決め、統治を委任したいところであった。


 良い人材はいないか、諜報部隊の風魔の小太郎に探させてはいるが、なかなかよい報告は届かない。


 仮にもし、聖女ジャンヌをこの都市の太守にしたら、この都市は交易都市から食い倒れ都市になる。


 もし、土方歳三を太守にしたら、娼館が増え、享楽都市になるだろう。

 交易都市の扱いはそれほど難しいのだ。

 彼ら武官には荷が重いだろう。


「これはまた俺が兼任か?」


 魔王はどこまで睡眠時間を削れるのだろう、そんな計算を始めたとき、件の風魔の小太郎かが現れる。


 彼は音もなく現れると、執務室で書類決裁に追われる俺に、吉報をもたらした。


「魔王よ、ここから少し離れた場所に、『英雄』の存在を確認した」


 良い行政官ならば、魔族でも人間でもよい。

 そう思っていた俺には吉報であった。

 俺は風魔小太郎の肩を掴み、彼を賞賛したが、彼の姿はメイド服の女だった。

 ちょうど、間の悪いことに小太郎を抱きしめている姿をイヴに見つかる。


 彼女はジト目でこちらを見つめると、

「御主人様はフレンチメイドが好き。それに男もいける……」

 と、つぶやいていた。


 これ以上、誤解されたくなかったので、小太郎を離すと、「こほん」と咳払いをし、魔王らしい威厳に満ちた声を作った。


 そのやりとりがおかしかったのだろう。

 イヴは、くすくす、

 小太郎は、はっはっは、と豪快に笑った。



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