逃亡するヒトデ
アシュタロトvsデカラビアの戦いは一騎打ちではない。
一騎打ちなど、猪武者か脳筋魔王がやるもの、というのが俺の持論。
やらなくていい一騎打ちは極力回避する。
今まで戦った魔王はすべて一騎打ちで倒しているような気もするが、今回こそはふたりがかりでやるつもりだった。
そもそも人型でない魔王との戦いは心得ていない。
このようなときは横に忍者がいてくれると助かった。
風魔小太郎は、両手に8本のクナイを持つとそれらを時間差でデカラビアに投げつけた。
まずは小手調べというところだが、デカラビアは鈍重な動きで避ける素振りさえ見せなかった。
魔法によって障壁を作ると、それらをすべて無力化させた。
「魔王よ、どうやらデカラビアは魔法使いタイプの魔王のようだな」
「ああ、そのようだ」
なにげに魔法使いタイプの魔王とは初戦闘かもしれない。
魔王サブナクも魔王エリゴスも戦士タイプであった。
どちらも強かったが、戦士タイプゆえに分かりやすい行動をしてきたが、この星形の魔王は動きが読めない。
表情も読めなかった。
次の一手が読めないのだ。
実際、星形の生き物は、身体を光らせると、その中心から光線を吐き出した。
その光線は一直線に伸び、風魔の小太郎の心臓を貫く。
心臓を貫いた光線はそのままデカラビア城の壁を貫き、城の風通しを良くした。
ずさりと倒れる小太郎であるが、俺は心配していない。
彼は忍者である。
しかも伝説の忍者だ。
そのような人物がこのような一撃で死んだら興ざめもいいところである。
彼は漫画のように、あるいは時代小説のように、こんな言葉を述べるだろう。
「変わり身の術!」
見れば心臓を貫かれたのは服を着たただの丸太だった。
さらにその間、風魔小太郎はデカラビアの後ろに回り込み、忍刀で背中を切り裂く。
――背中と言っても両面に五芒星のマークがあるからどちらが正面かさえ分からないが。
ともかく、風魔の小太郎は攻撃に成功した。
ずしゃあ!
と血しぶきが上がる。
その光景を見て一番安心したのは俺かもしれない。
異形の形ゆえ、普通に倒せるのか疑問に思っていたが、どうやら物理攻撃が効かないわけではないようだ。
防壁さえ張られなければ攻撃は通るようだった。
小太郎のように防壁のない箇所から攻撃するか、防壁を打ち壊すくらいの一撃を加えるかすれば倒せる。そう思った俺は前者を選ぶことにした。
防壁を張れるのは前面のみ、このまま俺がデカラビアを引きつけつつ、風魔の小太郎に攻撃をさせれば倒せるだろう。
そんな暗黙の了解のもと、俺が攻撃魔法を放ち、風魔小太郎が後ろから斬撃を加える戦法を長時間続けた。
ヒトデの化け物はみるみる傷ついていき、青息吐息、虫の息となりつつあった。
「勝てる!」
そう思った瞬間、魔王デカラビアの身体がひときわ光る。
どうやら最後の攻撃をするようだ。
彼は魔力を前面に集中させると、光線を放つ。太い光線だ。
光の柱のような光線を吐き出しながらぐるぐると回る。
360度攻撃をするようだ。
最初、それは悪あがきかと思われたが、そうではなかった。
彼は玉座の間を破壊するような勢いで光線を放つと、玉座の間の瓦礫を利用したのだ。
倒壊寸前まで破壊された玉座の間、次々と天井から壁やら柱が落ちてくる。
その瓦礫からイヴを守るために、一歩引き、魔法で防御陣を作り出すと、デカラビアは脱兎のごとく逃げ出した。
鈍重な魔王かと思ったが、その逃げ足は目にも止らない速度だった。
そして捨て台詞もなかなか様になっている。
「魔王アシュタロト、謀略の魔王、表裏比興のものよ。たしかに俺はお前の謀略によって城を奪われた。しかし、俺の支配する城はここだけではない。この身体がある限り、この闘志がある限り、勝負は分からないぞ」
魔王デカラビアはそう言い残すと、壁に空いた穴から逃げていった。
その光景を見た風魔の小太郎は「ひゅー」と口笛を吹くと、
「命を狙われる相手が増えたな」
と不敵に笑った。
俺も不敵に返す。
「魔王とはそういうものだよ。今さら、宿敵が増えたとしても痛痒を感じない」
それを聞いた小太郎は、
「さすがは魔王だな、豪放だ」
と評すが、瓦礫の山のデカラビア城でしょんぼりしているメイドがいる。
彼女は遠目からでも分かるくらい気落ちしていた。
理由は分かる。
デカラビアを取り逃がしたのは自分の責任だと思っているのだろう。
これまで頼りにしてきたメイドが落ち込んでいるのに、なにもしないとあっては魔王の名が廃るだろう。
優しげに彼女の髪を撫でるとこう言う。
「イヴのせいではない。あまり気にするな」
「しかし、御主人様はわたくしを守るために……」
「イヴにもしもがあれば我が軍は大いに困るからな。俺も紅茶を飲めなくなって枯死するかもしれない」
「……ですが」
「ですがもなにもない。そもそも、デカラビアは最初から逃げる気満々だった。魔王が逃げることを前提に戦ったらどうしようもないよ」
「え? どういうことですか?」
イヴは不思議そうに尋ねてくる。
「ここは魔王デカラビアの居城です。ここから逃げてもやつのコアを破壊すればやつは無力化するのでは?」
「だろうな。でも、そのコアがこの城になかったとしたらどうする?」
「まさか、そのようなことが?」
「今、風魔小太郎に調べさせているが、俺の勘が正しければ、この城にコアはない」
その言葉を証明するかのように、風魔小太郎はデカラビア城を調べる。
配下の諜報部隊を使い、城を丁寧に探索させるが、魔王の核、コアはどこにもなかった。
それを聞いたイヴは困惑している。
「ここはやつの居城ではないのでしょうか?」
「ここがやつの最大の都市であることは間違いないが、コアはここにはない。いや、正確には『もう』ない、かな」
「それはどういうことでしょうか?」
「戦っているときに感じた。デカラビアから感じる異様な雰囲気を」
「そりゃあ、やつが異形だからじゃないのか?」
小太郎は口を挟むが、俺は首を振り否定する。
「これは魔術師だけにしか分からない不思議な感覚なのだが、やつの身体の中央、そこからとんでもない力を感じた。一方、この城にはもうその力を感じない」
その言葉で感のするどいイヴは気が付いたようだ。
「ま、まさか、御主人様」
と彼女は驚愕するが、肯定する。
「そのまさかだよ。やつのコアはやつ自身の体内にある。身体とコアが一体化した魔王。それがデカラビアだ」
それを聞いたイヴと小太郎は絶句したが、俺は大して驚かなかった。
各魔王、必死にコアを隠したり、偽装してるものもいる。
また魔王は猜疑心が強く、いつも反乱に怯える。
そんな中、自身の弱点であるコアの隠し場所をどこにすればいいか、皆、思い悩んでいるはずだ。デカラビアのそれは完璧な回答ではないが、ひとつの方法ではあった。
少なくとも自身の身体と一体化させれば、寝首をかかれる心配は減るのである。
だからこのように部下を大切にせず、部下の反乱という土壌を育んでしまったともいえる。
この点は謀略家としては有り難いが、戦略家としては面倒であった。
デカラビアは弱点を手元に置いたまま、自由に行動できるのである。
やつの中核都市は奪ったが、今後、自由な行動を許してしまうかもしれない。
そう思ったが、気落ちすることなく、俺は城にいる連中にメッセージを送ることにした。
「魔王デカラビアはこの城から逃走した。この城はすでに俺たちアシュタロト軍のものだ。デカラビアの手下で生き残っているものは投降しろ。投降したくなければ逃げろ。これ以上の争いは無益である!」
その言葉を聞いたデカラビアの部下たちは、闘争心を急激に萎えさせ、皆、投降した。
一部、逃走したものもいるが、彼らがデカラビアのもとに戻ったかは不明である。
偽金を配り、他の魔王にしこたまやられた王のところに戻る兵は少ないように思えた。
ともかく、これ以上は余計な血を流すことはない。
そう思っての発言だが、風魔の小太郎はぽつりと漏らす。
「……魔王アシト、やはりすさまじい器量だ。その知謀、本城様(北条氏康)を上回る。いや、北条家の始祖、北条早雲様の再来かもしれんて」
こうして俺は風魔の小太郎の信頼と新しい城を手に入れた。




