魔王デカラビア
デカラビア城の門扉が開け放たれる。
東門、西門、南門、北門、すべてだ。
内部にいた傭兵たち、それに住民が開け放ったのだ。
これでデカラビアの城は丸裸も同然であった。
どんなに堅固な城も中にいるものによってはあっさり落ちるもの。
今回のことでそれを改めて実感したが、まだ、この城を占拠したわけではなかった。
デカラビアはあくまで抵抗するようだ。
直属の部隊をけしかけてくる。
俺たちは街の住民を安全な郊外に避難するように布告しながら、街の中心に行く。
そこにはデカラビアの城があったが、その城の門もすでに壊されていた。
傭兵たちが内から破壊したようだ。
城の内部を護衛していた人間の傭兵たちが、デカラビアを見限ったようだ。
その光景を見て、新撰組副長の土方歳三は言う。
「見事なもんだ、かの毛利元就公の再来とは言ったもの」
そう賞賛するが、眉が少し上がっていることに気が付く。
なんでも「毛利」という言葉が嫌いなことを思い出したのだそうな。
そういえばこの男は、幕府側の人間で、毛利家の所属する薩長連合と血みどろの闘争を繰り広げたのだ。
斬った斬られたの関係を何年も続けてきたから、毛利と聞くと腹立たしいらしい。
ならば真田昌幸の再来と言ってくれ、と言おうとしたが、それも不適切か。
真田昌幸も徳川家に最後まで反抗した勢力の首領である。
ならば徳川家康そのものに例えてくれ、と冗談めかしたら、
「権現様を語るとは旦那もやるな。まあ、それくらいの知謀はあるか」
と納得し、そのまま兵を引いてデカラビアの城に入った。
「俺の名は土方歳三! 悪鬼土方歳三! 鬼籍に入りたいもの、この世に未練のないものだけやってこい!」
と叫ぶと、デカラビア軍の魔族と思わしき男が名乗り返す。
「我が名はアナンケ! 魔族一のシミターの使い手だ」
見れば魔族の男は見事に湾曲したシミターを持っていた。
「円月刀か。俺の和泉守兼定とどっちが強いかな?」
不敵に漏らすと歳三はアナンケという男と剣を交えていた。
一撃でやれなかったところを見るとアナンケはそこそこ強いのだろう。
両雄が剣を交えている間に土方の部下の人狼やオークたちは次々に城に侵入する。
彼らに注意の言葉を吐く。
「俺たちを迎え入れた人間には危害を加えるな。それに略奪、暴行は厳禁である。もしも俺の部下にそれらを働く恥知らずがいれば、生まれてきたことを後悔させてやるからな」
その言葉が効いたのだろうか、彼らは身を引き締める。
元々、鬼の副長に鍛えられた兵たち。
そのような暴挙を働くものはいなかった。
むしろ、この期に及んで羞恥心を隠さなかったのは、デカラビアの兵たちだった。
もはやこれまで、と思った彼らの一部は、デカラビアの城から素材や財宝を奪いだし、中にはデカラビアの侍女を暴行しようとするものもいた。
それを見つけた聖女ジャンヌは、
「下種!」
と一言言うと、それ以上語る言葉を持たないかのように聖剣の一撃を加える。
彼女によって両断された魔族は、悪党らしい汚い鮮血をまき散らしていた。
「それでいい。悪党に仮借は必要ない」
俺が語るとジャンヌは次々とデカラビアの部下たちを斬っていく。
その光景を見てこの城の命運を悟った俺。
あとはこの城の大将を討ち取れればそれに越したことはない。そう思いながら魔王の核があるであろう玉座の間へ向かった。
玉座の間までの血路を開いてくれた部下たち、その奮闘に感謝をすると、城の最深部にたどり着く。
玉座の間への扉に手を掛けると、風のように風魔小太郎が現れる。
「魔王よ、その中に入るのか?」
「ああ、デカラビアを討ち取る。もしくは降伏をうながす」
「そうか。ならば協力しよう」
とメイドの格好をしていた小太郎は忍び装束になる。
「頼もしい。最強の忍者の力、見せてもらおうか」
そう不敵に漏らすと、扉を破壊する。
普通に開けても良かったが、こういうのは演出が大事。これでデカラビアがびびってくれればいいが、残念ながらデカラビアはそこまで臆病ではなかった。
玉座の間にいたデカラビアは表情を変えるどころか、無言で立っていた。
――いや、浮かんでいた。
玉座の間にいたのは五芒星のような形をしたオブジェクトだった。
「あれは?」
思わず尋ねてしまうが、説明してくれたのは、メイド服を着たデータベースだった。
彼女は広場の本陣にいたはずであるが、いつの間にか城に入り込んでいたようだ。
まったく、要領が良い娘だ。
叱りつける前に彼女は解説を始める。
「魔王デカラビアは、魔王の中でもひときわ珍しい形をしています。彼は人型ではないのです」
「まさか、あの星形の五芒星がデカラビアなのか?」
「そうです。このような魔王は、72柱いる魔王の中でも特別、異形中の異形です」
「まったくだ。あんなのがたくさんいられたらかなわない。ところであのヒトデとは会話できるのか? 意思疎通は?」
それを答えてくれたのは、ヒトデ本人であった。
「魔王をヒトデ扱いとは酷いではないか、魔王アシュタロトよ」
「どうやらできるようだな」
にやりと笑う俺。
「できる。我は異形なれど知恵はそこらのものには負けぬ」
「その割には俺の姦計にあっさり引っかかったが」
「……目先の金に目がくらんだ。それにお前が作った偽物があまりにも精巧すぎた」
「そりゃ、魔王の素材を使い最高の技術者たちに作ってもらったものだからな」
「それに偽金を使って経済を大混乱させるという考えが我にはなかった。まったく、ずる賢い王だよ、お前は」
「褒められたと思っておこう」
ダンスを申し込む紳士のようなポーズをすると彼に選択肢を迫る。
指を二本突き立てる。
「この期に及んでお前の取れる行動はふたつだけ。ひとつは俺と戦い名誉の戦死を遂げるか、もうひとつは俺の従属下に入り、家来となるか、だ。好きな方を選べ」
「どっちも好みではないな」
「まあ、そうだろうな」
「ならば三つ目の選択肢をとらせていただこうか」
とデカラビアは言い放つと五芒星の身体を光らせた。
どうやら彼は戦って俺を倒すことで戦局を打開する気らしい。
まあ、それもありな選択肢だ。
もはやデカラビア城は風前の灯火であるが、唯一、戦局を打開できるチャンスがあるとすれば、それは戦場で俺を倒すこと。
もしもそれができれば一発逆転できるだろう。
当然の選択肢であったが、ヒトデに負ける気はない。
俺も身体に魔力をまとわせると、戦闘の準備を始めた。




