メイド長イヴの日記2 †
side イヴ
――アシュタロト城のメイド長日記。
後世、「勇者騒動」と呼ばれることになる事件はこうして解決を迎える。
御主人様は勇者を殺すことなく、少年殺しの汚名を背負うことなく、見事事件を解決した。
さすが御主人様である。
その知謀はこの世界に比肩するものなし、もしも御主人様に匹敵する人物がいるとすれば、それは御主人様がよくおっしゃっている武将、「毛利元就」「真田昌幸」「張良」「諸葛孔明」「チェーザレ・ボルジア」などだろうか。
ともかく、御主人様の知謀は5個騎士団に勝る、というのがこのメイドのイヴの考えである。
それは誰も否定できないというか、この城にいるものが皆、思っている事実であった。
「しかし、それにしても……」
御主人様から湧き出る無尽蔵の知謀の源泉はどこなのだろうか。
御主人様はこの世界に生まれて間もない新米魔王。
前世はどこか知らない世界で貧乏貴族をしていたそうだが、実戦経験はないとおっしゃっていた。
多分だが、それは本当のこと。
御主人様はこの世界にきて初めて謀略を実行し、いくさの指揮を執るようになったのだ。
だからこそ魔王なのに、人間の王のように、……いや、人間の王以上に人々を慈しみ、勇者にまで情けを掛けるような魔王となられたのだろう。
本人は「リアリスト」失格だな、と笑っていたが、そのようなことはないと思う。
誰が少年を進んで殺すような王に仕えるというのだ。
この城には人間もたくさんいる。民も傭兵にもだ。
彼らの心を繋ぎ止めておくという意味では今回の策略、決して悪手ではない。
もしも御主人様が短期的な誘惑に駆られ、ユーリ少年を殺していれば、聖女ジャンヌや土方歳三は御主人様から離心したかもしれない。
それを考えれば御主人様の行動は最善手だったといえる。
もっとも、聖女ジャンヌが裏切ろうが、土方歳三が裏切ろうが、このイヴはどこまでもついて行く所存であるが。
ついて行く、といえば新しく配下に加わった英雄、風魔小太郎という人物もなかなかに甘い人物のようだ。
彼は「もしも魔王アシトが少年を殺していれば仕えなかった」と言い切った。
忍者とは冷徹怜悧な性格をしていると思ったが、なかなかどうして彼は人情家の一面があるらしい。
あるいは御主人様は、「魔王アシト」は、そのように心に甘さを持った人情家を集める宿星の下に生まれたのかもしれない。
だから彼らのような愉快で痛快な英雄が次々と集まってくるのだ。
そう考えると、もしかしたら、このイヴも甘い性格をしているのかもしれない。
そう思ったイヴは、席を立つと、己の部屋の端に置かれた鏡台に立つ。
そこには大きな鏡があった。
部屋は常に清潔にしているが、どこか無機質な印象がある。
その大鏡と化粧道具だけが、唯一、女性らしさを主張していた。
それを観察するともう少し女らしく、ピンクのカーテンでも飾ったりしたほうがいいのではないか?
そんな感想が湧く。
明日、市場に行ったら、覗いてくるか、と思ったが、その前にとある女性の顔が浮かんだ。
いつもニコニコし、笑顔の絶えない女性。
聖女ジャンヌの顔が。
彼女がこの城にやってきて、結構な時間が経過するが、彼女の朗らかな性格は、人間魔族問わず、広く受け入れられている。
御主人様も彼女のことがいたくお気に入りのようだ。
「わたくしも彼女のように笑えたらいいのに……」
ふとそんなことを思ってしまう。
鏡の前に立つと、両手で口元を動かし、無理矢理笑顔を作ってみるが、どこか表情が硬かった。
しかし、それでもイヴは毎朝、この鏡の前に立ち、笑顔の練習を始める。
この世で一番好きな男性に振り向いてもらうため。
この世で一番優しい魔王に好かれるために――。




