魔の風
クラインの壺に手裏剣を入れ、魔力を込めると、いつものように神秘的な雰囲気になる。
壺に神威がまとうと、白い煙が充満する。
その中にシルエットが見えたかと思うと、そのシルエットは一瞬で消えた。
見ればその影は俺の後方に回り込み、クナイを俺の首に添えていた。
それを見たイヴは懐から短剣を取り出そうとするが、シルエットの男はそれを制する。
「……やめておくのだな、小娘。動けばお前の主の首が飛ぶ」
そう言われてしまえばイヴは一歩も動けなかった。
蛇に睨まれた蛙のようになるイヴ。
冷静な彼女の額に汗が滲んでいる。
可哀想なので俺は、男に尋ねた。
「俺の首を飛ばす前に聞いておきたいことがあるのだが」
「なんだ? 魔王よ」
「俺が魔王でお前を召喚した、という感覚はあるようだな」
「ああ」
「ならば俺が主という感覚はあるのか?」
「ある」
「主にクナイを向けるのがお前の流儀か」
「ああ」
お前『あ』が好きなんだな、そんな冗談が浮かんだが、飲み込むと、核心に触れる。
「お前も土方歳三タイプか。使えるべき主にもそれなりの才覚を求める」
「そのヒジカタトシゾウとは誰だか知らぬが、そんなところだ」
「ならば俺の器量をどう確かめる?」
「いくつか質問をしたい」
「なんでも聞いてくれ。スリーサイズも答えるぞ」
と戯けるが、男は無表情に質問する。
「お前のことは大体知っている。この世界に召喚されるとき、一人称がボクという不思議な女神に知識のようなものを流し込まれた」
「……あの女神か」
俺がこの世界に誕生したとき出会った女神を思い出す。
「その情報に寄れば、お前は権謀術数に長けた魔王。表裏比興の魔王などと呼ばれているらしいが、本当か?」
「らしいな」
半分は自分で流した噂だが、さも当然のように肯定する。
「ならば忍者として、大いに興味のある王だが、お前が本当に権謀術数に長けているのか、表裏比興なのか試させてもらいたい」
「かまわないがどうやって?」
「先ほど話した女神から聞いた情報がある。その情報を聞いてどんな行動に出るか、どう決着を着けるか、見届けたい」
「またまた難儀な問題そうだな」
「ああ、王の器量を試すのに丁度いい」
「よかろう。じゃあ、それを解決するので、クナイをどけてもらえるか?」
「それはできないな」
「どういう意味だ?」
「これも適正な主か試すひとつの試練だ。見事、切り抜けよ」
「なるほどね、そんなことだろうと思った」
じゃあ、切り抜けさせてもらうか、と俺は軽く指をはじく。
すると魔王の間の壁に控えていた兵士が出てくる。
彼らは皆、クロスボウで武装していた。
「こんなに大量に……」
驚く男。
「ちなみに王の間にはいたるところに伏兵を設置できるスペースがある。ドワーフのゴッドリーブ殿が作ってくれた」
「見事だ」
「それだけじゃなく、事前に《透明化》の魔法を掛け、兵士を配置していた。ちなみに彼らの射撃の腕は我が軍でも最強。ネズミの眉間も貫くぞ」
「さすがは魔王だ。しかし、我のクナイと彼らの矢が放たれるの、どちらが早いかな?」
男はクナイを持つ手に力を込めるが、それが俺の首をかききることはなかった。
俺が冷静にこう言い放ったからだ。
「これでも俺は魔王、クナイで首をかききられただけでは即死せぬ。痛いだろうが、その間、お前は無数の矢を受ける。さて、どっちが先にくたばるかな?」
それを聞いた男は自嘲気味に笑うと、クナイを引っ込める。
「……さすがは権謀術数の王だ。我ごときのはったりは通用せぬか」
「俺のもはったりだよ。魔王とはいえ、俺は化け物じゃない、首を切られれば死ぬ」
「ふ、なるほどな。だが、度胸、胆力は申し分ない。これからお前にはとある試練を乗り越えてもらうが、それが終るまで仮の主とさせてもらうぞ」
「光栄だ。お前のような手練れを一時とはいえ、配下にできるのだから。それで、お前の名は?」
「我の名は小太郎だ」
「小太郎か。いい名だが、それだけか?」
それだけならばどの英雄か分からなかったので尋ねる。
小太郎は最初から隠す気はなかったようで、快く教えてくれた。
「風魔。風魔だ。我の名は風魔小太郎だ」
それを聞いた俺は軽く驚く。
これは忍者の中でもなかなかの大物がきてくれたな、と思った。
風魔の小太郎といえば、忍者の中でも一、二を争うビックネームである。
彼に比肩し得るのは、『服部半蔵』『加藤段蔵』『百地三太夫』『猿飛佐助』くらいであろうか。
軽くテンションが上がった俺は、最後にこう結んだ。
「かの有名な風魔の小太郎と会えるとは僥倖だよ。俺の名はアシト。魔王アシュタロトだ。今後ともよろしく」
俺がそう言うと、風魔の小太郎はニヤリ、と笑ったような気がした。
もっとも仮面をしていて表情は読み取れなかったが。




