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巾着に包まれた漂流物

 ユーリの上司、ジェイスは俺が巨大ガマガエルを倒すと、感謝の念を述べてくれた。


「ありがたい。もしもあんたがいなかったら、今頃、俺たちは全滅していたかもしれない」


「かもな」


 とお茶を濁すが、ジャンヌは正直に言う。


「かも、じゃなくて確実にしてたの」


 その一言で、ジェイスは萎縮してしまったようだが、仲間を危険にさらしたことは後悔しているようだ。


 なのでこれ以上、責めないように目配せすると、本題に入ることにした。


「ジェイスとかいったかな。実はこの階層に『漂流物』というお宝があるそうなのだが」


「ああ、あんたらも漂流物目当てなのか」


「まあな」


 と言うと、多少申し訳なさそうにこう続ける。


「そっちも漂流物狙いのようで悪いのだが、こちらに譲ってくれまいか?」


「なんだ。そんなことか。つーか、当たり前だろ。この階の守護者を倒したのはあんただ。その上、命まで救ってもらったのにこれ以上高望みはできない」


「助かる」


 と言うと、ジェイスはさらなる協力を申し出る。


 仲間のほうに振り返ると、

「今からこの男のために漂流物を探す。お前たちも手伝ってくれ」

 命を救われた仲間は当然のごとく手伝ってくれた。


 助かる。この階層はとても広いので、俺たちだけだととても時間が掛かりそうであった。


 手分けをし、階層を巡る。


 戦士や魔術師が多かったので、探索は得意ではなかったが、それでも冒険者、手慣れていた。


 メイドであるイヴや聖女ジャンヌのほうがこの手の作業は苦手なようだ。

 小一時間ほど探索すると、最初に怪しい箇所を見つけたのは、ユーリだった。

 彼はここが変なんです! と叫ぶと、俺たちは集まる。


 そこはどこにでもあるような壁だったが、たしかに変だった。周囲と色が違っている。


 この先に隠し扉があるのかもしれない、そう思った俺は、この手の探索のプロ、コボルト忍者のハンゾウを呼ぶ。


「御意」とやってくると、彼は壁に耳を当て、コンコンと壁を叩く。


 音の反響で隠し扉の種類を探っているようだ。


 彼は三秒でこちらに振り向くと、

「罠はありません」

 と言った。


 ならば、とジェイスたちが壁を押すと、ゴゴゴ! という音とともに扉が開く。


「おお、開いたの!」


 と、はしゃぐジャンヌ。

 彼女はいの一番に入ろうとするが、ちっこい頭を押さえつけると制す。


「罠があったらどうするんだ。こういうのはハンゾウに任せておけ」


 とハンゾウを先に入らせた。

 ハンゾウが慎重に中に入ると、一分後、彼は小さな巾着(きんちゃく)を持ってくる。

 なんでも奥には宝箱があり、その巾着が入っていたようだ。


「いかにもって感じの巾着だな」


 このダンジョンにある漂流物は、忍者かアサシンに由来する可能性が高い、と聞いていたので驚きはしなかった。


 イヴは冷静に言う。


「どうやら忍者関連の漂流物のようですね」


 だな、と俺は巾着の中から物体を取り出す。

 中から出てきたのはやはり「手裏剣」であった。

 異世界の日本という国でかつて使われていた武器。

 忍者と呼ばれる暗殺者が好んで使った武器だ。 

 それを見たハンゾウは漏らす。


「これはおそらく名のある忍びのものかと、もしかしたら俺が尊敬するニンジャ・マスター、服部半蔵のものかもしれません」


「ああ、前々から気になってたが、ハンゾウって名前はやっぱり服部半蔵由来なのか」


「御意。彼を尊敬しないコボルト忍者はおりません」


 なんでもかつて召喚された服部半蔵という日本の忍者が、ハンゾウの先祖に忍術を教え、コボルト流忍術が発展したのだそうだ。


 思わぬ理由に感心してしまうが、それは帰ってからゆっくりと聞こう。

 と俺はユーリたちに別れを告げる。


「君たちのお陰でとても助かった。もしも、困ったことがあったら、ここから北にある魔王の城、アシュタロト城を訪ねてくれ。そこで衛兵にアシトに会いたい、と言えばいいことがあるかもしれないぞ」


 ジェイスはあまり興味がなさそうだったが、それでも機会があれば寄ってみる、と言った。


 ジェイスたちは最後に、

「礼を言うのはこっちだよ。本当にありがとうな」

 と手を差し出し、握手を交わすと、ダンジョンを上がっていった。


 彼らも帰るようだ。

 荷物持ちは皆、公平に分担していた。


 その光景を見て、我が部隊のマスコット兼聖女であるジャンヌは最後にこう締めくくった。



「めでたしめでたし、なの!」

 と――。



 このようにダンジョン探索は終わりを告げた。

 ただ、なにもかもが無事収まったわけではないようだ。

 この光景を遠くから見るものがいる。

 遙か遠く、天高い場所から。



side 女神



 最高の魔術師でもある魔王アシトにすら捕捉されずに彼らの様子を見ているのはうら若き少女だった。


 彼女の姿は本来、不特定で不確定であったが、今は少女の形をしている。

 魔王アシトと最初にあった姿形をしていた。

 貴人のような顔立ちに流れるような黒髪。

 美の化身のような女神の姿形をしている。


 彼女はその美しさを誇示することなく、それどころかおとしめるように、バリバリと菓子を食べながら、鏡を覗き込んでいた。


 そこに映っているのはアシトたちであるが、実は彼女はアシトがこの世界に具現化して以来、ずっと見つめていた。


 現実主義者の魔王の戦いを余さず観察していたのだ。


「まあ、ボクは見るだけで干渉はできないんだけど」


 誰がいるわけでもないのに愚痴を漏らすと、続ける。


「それにしてもアシトはスゴイなあ。まさか、短期間でここまで成長し、勢力を拡張するなんて」


 もちろん、見込みがあるからこそ魔王にしたわけだけど、ここまでやるとは思っていなかった。


 結果だけ見れば最良の結果を彼は出し続けている。


「もしかしたら大魔王になるのは彼かも」


 という素朴な期待が胸中を支配するが、女神にはひとつだけ心配があった。

 それは先ほど出会った少年である。


「まあ、それにしてもピンポイントで出会ってしまうものだなあ」


 と漏らす。


「魔王アシトならば負けはしないけど、彼との出逢いはちょっとしたターニングポイントになるかも」


 魔王アシトは現実主義者のマキャベリストを標榜している。

 そしてその行動もそれに沿ってきた。 


表裏比興(ひょうりひきょう)の魔王とは彼にぴったりの異名であるが、そのリアリストは、あの少年をどう処理するか、とても気になる。


「まったく、魔王アシト、キミは本当に見ていて飽きないし、最高の魔王だよ」


 と女神は嬉しそうに漏らすと、お菓子と紅茶のお代わりを目の前に召喚した。

 女神にはメイドなるものはいないが、およそ不自由というものを感じないのだ。

 ただし、その代わり退屈だけは持て余す。

 女神はこの数百年、退屈と戦ってきたが、ここ数ヶ月はそれとは無縁でいられた。

 それはすべて魔王アシトのお陰であった。

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