ワイバーンを駆逐する
ワイバーンとは翼竜のことである。
一応、竜に分類されるらしいが、学者に言わせると竜とは別系統の生き物らしい。
ただ、その辺は生物学者の分野となる。
人文学、歴史が好きな俺にはいまいち分からない違いであった。
もっともこいつは竜ではないが、それなりに強い魔物、気を抜けばやられる可能性がある。
それに人の『味』を覚えたワイバーンを野放しにするのも気が引ける。
ここは俺の領地ではないが、周辺には村もあれば街もあるだろう。
無辜の民に害が及ぶのを避けたかった。
なのでさっくり討伐することにする。
呪文を詠唱し、《氷の槍》を作り出す。
それも一本や二本ではなく、五本ほど。
それらを自在に操り、ワイバーンを串刺しにするが、このワイバーン想像よりもすばしっこい。
五本中、三本、避けられた。
ただ、逆に言えば二本ほど命中する。
一本は翼を貫き、二本目は腹部に突き刺さる。
このまま魔力を放てば、氷付けにできるかもしれないが、このワイバーンはなかなか強固な個体のようだ。
飛べなくはなったが、まだまだ戦えるようで、咆哮を上げる。
ギャアアアアア!
巨大な鳥のような声だった。
思わず耳を塞ぎたくなるが、その咆哮にも臆せず、突撃するものがいる。
金色の髪を持った白い戦士。
ジャンヌである。
彼女は傷ついていないほうの翼を一太刀で両断すると叫ぶ。
「魔王! 今なの! この隙に!」
言われるまでもない。
と、俺は二撃目の呪文を詠唱していた。
再び《氷の槍》の魔法を唱え、槍を作る。
今度は数重視ではなく、大きさ重視だ。
ワイバーンと同じくらいの大きさだ。
それで突き刺されたらひとたまりもないだろう。
ワイバーンは心なしか怯えている気がする。
「獣、いや、竜も怯えるのだな。自分の死を悟ると。しかし、ここで情けはかけない。お前を活かせば、今後、多くの人間を食らうだろう」
もしも悪人だけを食らうのであれば、逃がしてやってもいいのだが、ワイバーンにそんな知性はない。
そう漏らすと、俺はワイバーンを串刺しにした。
両翼を壊し、鈍重になっているワイバーンの腹目掛け、巨大なアイスランスを突き立てる。
氷の槍が刺さったワイバーンは、「グギャアア!」と悲鳴を上げると、十数秒後に絶命した。
さすがは竜族と混同される鳥、その生命力は半端なかった。
戦闘が終るとイヴがいそいそとやってきて、俺に外套を着せ、
「さすがです、御主人様」
と労をねぎらってくれる。
ジャンヌも、
「魔王はすごいね」
と干し肉をかじりながら褒めてくれる。
どうやら気持ち悪いのは治ったようだ。食欲が回復したようでなによりであるが、問題なのは盗賊団だった。
要領の良い盗賊何人かはすでに逃亡していたが、過半は腰を抜かし、俺に頭を下げていた。
「ひい、お許しください」
「い、命ばかりは」
と、また貧弱な語彙を発揮している。
まあ、こいつらも今の一件で懲りただろう。
今後、悪事を働かない、と約束させた上で、解放する。
それを聞いて驚いたのは彼ら自身だったのかもしれない。
「なんて慈悲深い方だ」
「名のある方に違いない」
こちらのほうはおべっかではなく、本当にそう思っているようだ。
ジャンヌがなにを言っているの?
的な顔をしたので、後ろから羽交い締めにして口を塞ぐと、魔王であることは隠す。
その後、彼らは俺たちの視界から消え去るまで、十度はお辞儀すると、街道のほうへ消えた。
「さあて、俺たちもそろそろ出掛けるか」
「待って魔王!」
とはジャンヌの言葉である。
彼女は聖剣でワイバーンの死体をつんつんしながら、こう言った。
「これ、食べられるんじゃない? 旨そう」
じゅるり、と涎をたらす。
イヴに視線をやると彼女は説明する。
「ワイバーンの肉はそれなりに美味として知られています」
「なら食べよう!」
とはジャンヌの提案だったが、即却下。
人を食い殺した生き物の肉など食いたくない。俺は魔王ではあるが、悪魔ではないのだ。
ジャンヌも納得したようだ。
「そういえばそうだった。忘れてた」
と十字を切り、黙祷を捧げる。
彼女の祈りが悪党にも届けばいいが、そう思いながら、俺はナイフを取り出し、ワイバーンの肝を取り出す。
「食べないんじゃないの?」
「ワイバーンの肝は秘薬の材料や召喚の素材になるんだよ。確保しておいて損はない」
いまだに脈打つワイバーンの肝は生命力の象徴であった。
腐らないようにすぐに魔法で冷凍すると、馬車に入れた。
このように旅は順風満帆とはいかなかったが、俺たち一行は南を走り、その数日後、やっと目的地に到着する。
平原にポカリと開いた大穴。
入り口自体は想像していたよりも小さいが、その下に巨大な空間が広がっている。
『灰黄金の廃墟』
かつて古代文明の都市が存在したと噂されるダンジョン、その地下には『漂流物』と呼ばれるお宝が眠っているとのことだった。
もう一度、その情報をもたらしてくれたハンゾウに確認する。
彼は馭者の扮装をとき、忍び装束のコボルトに戻っていた。
「たしかにこの地下の階層のどこかにあるかと思われます」
「それでは潜るべきだな」
元々、ここにやってきたのはダンジョンを捜索するため、この期に及んで臆する理由などなにひとつなかった。




