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南への旅路

 前日の御前試合の目的は、アシュタロト軍最強の戦士は誰であるか決める戦いであった。


 そして最強のものが南にあるという


『灰黄金の廃墟』


 というダンジョンに同行することになる。

 そういう取り決めだったのだが、同行者はジャンヌとなった。


 勝敗はなし、引き分けという形になったが、ジャンヌの剣がわずかに歳三をとらえていたのを俺は見逃さなかった。


 あのまま勝負を続けていればどうなるかは分からないが、あの時点での実質的な勝者はジャンヌということになるだろう。


 ジャンヌは。

「魔王と一緒に旅ができるのならば実質でもなんでもいい」

 と言った。


 歳三も、

「薄皮一枚でも一撃は一撃だ」

 と絆創膏を貼った頬を撫でていた。

 

 これで随行メンバーは、メイドのイヴ、それにジャンヌと決まった。

 あとは案内役として、コボルト忍者のハンゾウが道案内を買ってくれた。


 彼は深々と頭を下げると、

「魔王様と同行できるとは一生の誉れでございます」

 と言った。


 極端な連中であるが、ともかく、『灰黄金の廃墟』へ向かうことになった。

 準備はイヴがやってくれていた。

 彼女は会場の手配と同時並行し、旅の準備もしてくれていたのだ。

 しかも今回は予算が増えたので、馬車での旅となる。

 立派な幌の付いた馬車が用意される。

 それを引く馬も。

 馬は白馬だった。


 魔王の馬車が白馬というのもあれであるが、いかにも魔王めいた黒馬や、八脚馬(スレイプニル)などを使えば、魔王が乗っているとばらすようなものだ。


 魔王は常に命を狙われる存在であることを忘れてはならない。

 城の外では純朴な青年「アシト」を演じ続けるべきだろう。

 城の外ではアシュタロトと呼ばないこと。

 それと北方からきた商人であること。

 それらを偽装するように指示をした。


 ハンゾウは、

「承知!」

 と、頭を下げる。


 イヴは、

「分かりましたわ、若旦那様」

 と、さっそく商家の息子風に扱ってくれた。


 ただ、空気の読めないことで定評のあるジャンヌは、

「分かった、『魔王』」

 と心許ない返事をくれた。


 彼女の俺に対する二人称は常に「魔王」。それが露見したくないときに漏れ出なければいいが。


 そんなことを思ってしまったが、これから行くのはダンジョンだ。

 特に人と会う予定はないので、心配は不要だろう。

 そう思った俺は、イヴに荷物をまとめさせるとさっそく出立した。

 意外にもジャンヌは手早く準備を済ませる。

 女だから時間が掛かると思ったが、そんなことはなかったようだ。

 彼女は種明かしをするが。


「最初から付いて行く気満々だから、数週間前から準備万端だったの」


 着替えの下着も城下町で新しく買ったの、と続ける。


「見る?」


 とは彼女の邪気のない言葉だったが、うなずくわけもいかず無視をすると、そのまま馬車に乗った。


 馬車は貴族が座るような椅子はなく、商品を置くスペースしかない。

 つまりなにもない。

 クッション代わりに毛布があったので、それを尻に引く。

 揺れる馬車の旅を楽しむしかないようだ。

 ちなみに馭者は、ハンゾウが人間に扮装して担当してくれた。


 馬車の中にいるのは俺とイヴとジャンヌのみだが、そこまでかしましくはならなかった。


 一番うるさいと思われたジャンヌが乗り物に弱かったからである。

 この荷馬車は乗り心地よりも実用重視で揺れまくるのだ。

 剛性重視なので揺れる。


 あまりに可哀想なので馬車の速度を緩めてもらうと、旅から帰ったら、ドワーフたちにサスペンションでも内蔵してもらうことにした。


 それを聞いた聖女様は「魔王は優しいの」と、にこりと微笑んだが、次の瞬間、顔を真っ青にし、馬車の窓を開け、盛大に吐いた。


 豪快に吐く聖女様。


 古今、あらゆる物語に登場する聖女様だが、このように嘔吐する聖女は彼女だけではないだろうか。


 そんなことを思いながら、彼女の背中をさすり、介護をする。

 こうして俺たちの旅は始まったが、順風満帆にはいかなかった。


 数日後、ジャンヌの容態があまりにもよくなかったので、湖畔に馬車をとめていると、そこに面倒な連中がやってくる。


 お約束の盗賊だ。


 どうやら商人に偽装したのが裏目に出たようで、湖畔で休んでいるところに目を付けられたようだ。


 俺は溜め息を漏らす。


「……まったく、定番中の定番だな。ところでこの付近の領主は誰だ?」


 イヴは即座に返す。


「この付近は魔王ザガムと魔王デカラビアの支配地の中間でございます」


「なるほど、だから盗賊の跋扈を許しているのか、支配者が曖昧だから治安が安定しない、と」


「その通りでございます。さすがは御主人様」


 見れば盗賊団は人間だけで構成され、皆、痩せ細り、目をギラギラとさせていた。

 魔王の支配地から逃げ出してきたのだろう。

 圧政に耐えかねたのかもしれない。


 そこまでならば同情することもできたが、彼らは魔王の支配地から逃げ出すときに、品性と人の心も置いてきてしまったようだ。


 ジャンヌやイヴを見かけると、下劣な笑いを漏らし、定番の台詞を漏らす。


「女は殺すなよ」

「順番はジャンケンだ」


 やれやれ、本当、悪役のボキャブラリーの少なさ、単純さは反吐が出る。

 これは手加減をする必要はないな。

 そう思った俺は、短縮呪文を唱える。

 すると彼らの足下から植物が芽生える。

 最初は小さな芽だったが、やがてそれらは成長し、(ツタ)となる。


 生長した蔦はまるで蛇のようにうねりながら、盗賊たちの足を縛り、やがて全身を束縛する。


 《束縛》バインドの魔法である。

 俺がぎゅうっと右手に力を込めると、蔦も締まる。


 そのたびに盗賊たちは、


「うぎゃああぁー」

「助けてくれー!」


 と悲鳴を上げる。


 このまま蔦で首を締め上げれば、盗賊たちを殺すこともできた。

 生殺与奪の権利を握ったわけであるが、どうすべきか。

 冗談めかしてイヴに尋ねる。


「さて、魔王としてはこいつらをどうするべきかな?」


「こいつらは女性の尊厳を踏みにじろうとしました。万死に値するかと」


「このままくびり殺すか?」


「生ぬるいです。生きたまま猪に食わせましょう」


 魔族の娘のように妖艶に微笑むイヴ。


 それを聞いて盗賊たちは顔を青くするが、ここで空気の読めないジャンヌが止めに入る。


「魔王、むやみに人を殺しては駄目。殺生は『めっ』なの」


 『めっ』と言われては仕方ない。


 まあ、こいつらは悪党だが、今回は未遂、このあときつい呪いでもかけ、逃がしてやるか。


 そんな結論に至った瞬間、視界が暗くなる。

 一瞬、なにが起こったのか分からなかった。

 突風が吹いたかと思えば、俺の目に砂が入る。

 ほんの刹那、視界を喪失してしまった俺は、次の瞬間、とんでもないものを見る。


 それは頭部を失った盗賊の死体だった。


 盗賊たちは大空からやってきた翼竜ワイバーンの餌食になったのだ。

 竜独特の牙によって頭部をかじられる盗賊。

 ワイバーンは頭部の味が気に入ったようで、二匹目の獲物を探し始める。

 やばい! そう思った俺は、即座に《束縛》を解除すると、盗賊たちに叫ぶ!


「そのワイバーンは危険だ! 逃げろ! お前たち!」


 そうは言ったものの、訓練もされてなければ、生来の戦士でもない盗賊、その場にへたり込んで失禁する有様だった。


 ワイバーンは余裕で「二匹目」の盗賊を捕縛すると、頭部からがぶりといった。


「くそっ、仕方ない。戦うぞ!」


 俺がそう言うと、すでにジャンヌは戦闘態勢に入っていた。

 イヴもいつもの通り、一歩下がると、応援モードに入る。


「御主人様、がんばってください!」


 という言葉を聞いたと同時に、俺とジャンヌは一歩前に飛び出た。

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