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ジャンヌの神託 †

side ジャンヌ


 観客に最後まで手を振るジャンヌ。


 円形闘技場をぐるりと回って全員に挨拶するが、土方はそのような真似はせずさっさと帰ってしまった。


 すでにいないライバルの背中を思い出す。

 彼は強かった。

 ジャンヌの実力を8とすれば10はあるだろうか。


 この試合、形式的には引き分けということにされたが、試合後、勝者はジャンヌとなった。


 ダンジョン捜索の同行メンバーを決めなければならないし、ジャンヌが白黒付けて欲しいと願ったからだ。


 すると勝者はジャンヌとなった。

 理由はふたつある。

 ひとつは魔王であるアシトが決めたから。

 最後の手前の一撃、その一撃が判断材料とされた。


 ジャンヌの一撃は相手の頬の皮膚を切り裂いたが、土方の一撃は服しか切り裂けなかったのである。


 ふたつ目は土方自身が負けを認めたからだ。


「たしかに魔王の旦那の言うとおりだ」


 と和泉守兼定を鞘に収めると、それ以上なにも言わずに帰った。

 引き際をわきまえているというか、爽やかである。

 しかしジャンヌはそれが気に入らなかった。


 最後の手前の一撃、土方は明らかに手を抜いた。土方も顔を狙ったほうが確実に剣が届いたのだろうに彼は脇腹を狙ったのだ。


 その判断ミスが勝敗を分けたわけであるが、それは判断ミスというよりも情けというか、手加減があったことは明白であった。


 剣を交えたものだから分かるのだ。

 あの試合、土方は終始、ジャンヌの顔を狙わなかった。

 首より下にしか攻撃してこなかったのである。

 女だから、ということだろう。


 決して口には出さないが、「女は顔が命」と、うそぶいているような戦いぶりであった。


 あの洒落者で頑固者のことだから、問い詰めても認めないだろうが、腹立たしい。

 戦場に女も男もない、ジャンヌはそういった信条で生きてきたからだ。

 まったく、むかつく男である。

 そう思ったが、その腹立たしさもとあることを考えると半減する。

 土方歳三はたしかにむかつくが、強い男であった。それは認める。

 しかし、それ以上に強い男があの闘技場にいた。

 魔王アシトである。


 彼はジャンヌたちが真剣で勝負を始めると、貴賓席から転移魔法を使い、一瞬で間を詰め、ふたりの間に入った。


 土方の剛刀を白羽取りし、ジャンヌの聖剣をはじいた。

 そんなこと、普通の魔術師にできるわけはなく、彼の実力はまさしく魔王だった。

 軽く寒気を覚える実力である。

 そして彼の優しさ、慈悲に、そこはかとなく感動し始めていた。

 もしもあのまま戦っていれば、どちらか、あるいは双方が傷ついたことだろう。

 魔王はそれを嫌ったのだ。

 ジャンヌたちを傷つけまいと、あのような危険な真似までして試合を止めたのだ。


「まさに神に選ばれた魔王。慈愛の王なの」


 彼のような王の下で働けるものは幸せものだろう、そう思ったが、自分がその幸せものであることを思い出す。


 ジャンヌは彼の配下であり、指揮官を任される立場だった。

 それに暇を見つけては遊んでくれるし、ご飯もたくさん食べさせてくれる。

 文字を読みたいとせがめば教えてくれる本当に優しい魔王だった。

 ジャンヌはこの世界にくるとき、神の啓示を聞いた。



「ジャンヌよ、この異世界を救いなさい。祖国フランスを救ったように、この異世界を救いなさい」



 その声はまさしくあのときと同じものだった。

 12歳のとき、実家の納屋で聞いた声をこの世界にきたときも聞いたのだ。

 神は魔王に仕えろと言った。

 この世界にいる数少ない正義の心を持った魔王に。

 現実主義者でマキャベリズムを信仰しているが、冷酷ではなく、冷徹な魔王に。

 慈悲と慈愛を持った魔王に仕えよ、と言われた。

 神はそのものの名を「魔王アシト」とおっしゃられた。


 ジャンヌはその言葉を聞いて以来、この異世界を旅し、魔王アシトを探したが、なかなか見つからなかった。


 それはそうである。

 神の啓示を聞いた時点で魔王アシトはこの世界に存在していなかったのだ。

 魔王アシトはほんの数ヶ月前に生まれた新参魔王。

 生まれたての魔王だったのだ。

 しかし、運良く彼と巡り会うことができたのは、やはり神のお陰だろう。


 神の啓示を頼りに、魔王アザゼルが支配していたという廃城に行ってみると、そこにいたのが、アシトであった。


 ジャンヌは一目で彼が「選ばれしものである」と分かった。


 神がおっしゃっていた、この世界の「善と悪に調和をもたらすもの」であると確信していた。


 ジャンヌは今日のこの勝負で、彼の見事な仲裁で、改めてそれを思い出すと、胸にある十字架を握った。


 十字架はこの世界にない。

 だから自分で木彫りで作ったものだ。

 素朴にして朴訥な出来のものであったが、握りしめるととても温かかった。

 まるでアシトの手を握りしめているような温もりを感じた。

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