円形闘技場
こうしてイヴの指揮のもと、円形闘技場の整備が始まったが、整備が三日で終ったのはやはり技術者を束ねるドワーフ族の族長の優秀さのお陰であろう。
土のドワーフ族の族長のゴッドリーブは、部下の建築士を集めると、三日で円形闘技場を新品同様に仕立て直した。
ゴッドリーブは、俺が教えた輪番制を採用し、不眠不休で闘技場を再建してくれた。
有り難いことであると伝えると、彼はブラックジョークを口にする。
「なあに、ワシは幽霊、三日三晩寝なくてもどうにでもなる」
ドワーフの族長ゴッドリーブはすでにこの世界の住人ではなく、幽霊なのだ。
彼はドワーフの里で民を守るために死に、その後、俺が蘇らせた男だった。
幽霊になる前は無双の戦士にして、有能な族長であったが、今は行政官として、技術者として大いに活躍してもらっている。
特に彼の都市計画能力は比肩するものがなく、俺は彼の提案を右から横に流すだけでよかった。
ある日、そのことをイヴにたしなめられたことがある。
「御主人様、ゴッドリーブ様の都市計画は完璧ですが、御主人様も参画されてはいかがですか?」
と。
「もちろん、参加はしているが、完璧すぎて口を出すところがないんだよ。餅は餅屋、建築はドワーフに、という格言もある」
「そのような言葉聞いたことがありません」
「俺の辞書にしかないからな」
と魔法で辞書を召喚すると、パラパラと開かせ、そのページを開く。
「たしかに書かれていますね」
くすりと笑うイヴ。
普段は表情を崩さないから可愛らしい。
気をよくした俺はその辞書の「め」行を開くように命じる。
彼女は辞書を取り、「め」のページを開くが、そこに書かれていた場所が光る。
「メイドの中のメイド」
そんな言葉の意味を探ると、最後に魔王アシトのメイド長イヴのこと、と書かれていた。
彼女は気恥ずかしげにそれを見ると、
「御主人様は口が上手いですね」
と頬を染めた。
女性に喜んでもらえるのは光栄であるが、彼女を口説くような真似はせず、悪戯モードから仕事モードになる。
「さて、円形闘技場の整備も終ったようだから、歳三とジャンヌを呼ぶが、客の入りはどうだ?」
「続々と城下町の住民が集まっています」
「よろしい。彼らの娯楽になる」
「御主人様の恩寵に彼らも喜びましょう」
「住民サービスの一環だ。それだけではないけど」
「といいますと?」
「歳三とジャンヌの強さを住民に周知させる。彼らの実力は一部には知れ渡っているが、新参の傭兵は歳三を東洋人だと、ジャンヌを女だと侮るものもいる。そんな連中に掣肘を加えたい」
「さすがは御主人様。そんな深慮遠謀が」
「それにこの城下町に潜伏している他の魔王のスパイに両者の強さも喧伝できる。魔王アシュタロトの部下はこんなにも強いのだぞ、と」
「さすれば容易に攻め込んでくる勢力も減りましょう」
「だな。結局、武力によってしか平和は得られないのだ」
そこで言葉を句切ったのは、件のゴッドリーブがやってきたのだ。
足音もなくやってきた彼(幽霊だから当然だが)
口でノックをすると、執務室へ入ってくる。
「魔王殿、修復は完璧に終った。魔王殿の言いつけどおり、客席に『すたんど』なるものを設けたがなにに使うのだ?」
「あれは軽食を売る場所だ。観戦には軽食がつきものだ」
「観客へのサービスか」
「もちろん、金は取るがな。俺の調べていた日本という国では、スポーツなる競技を観戦しながら、ビールを飲み、軽食を食べるのだ」
「旨そうだな」
ごくり、とドワーフの族長は喉を鳴らす。
「最高の贅沢だよ。まあ、幽霊となったゴッドリーブ殿には味わえないのが残念だが」
「その分、部下に振る舞ってやる。それに対戦のほうを楽しみにするよ」
「それがいい」
「スタンドの設置も完了したが、観客席の傾斜を増やしたのはどういう意図がある?」
「そちらのほうがより俯瞰できて臨場感が出るからだよ。客席と闘技場を近づけたのもそういう意図だ」
「そんな意図が」
「ああ、こういうのは迫力が命だからな。客席と競技場は近いほうがいい」
あとは魔法の鏡で近接映像を流せれば完璧なのだが、さすがにそこまで予算はない。
もっと税収が増えてから検討すべきだろう。
「それがいい。ともかく、魔王殿のアドバイスのお陰で最高の闘技場ができたぞ」
ゴッドリーブがそう言い切ると、イヴはくすくすと笑う。
彼はなぜ笑うのだ? と尋ねるが、イヴはこう言った。
「いえ、すべてゴッドリーブ様に任せると言っておきながら、肝心なところはやはり御主人様も口を出していたので、おかしくて」
ゴッドリーブはその笑いに応える。
「ふ、まあ、魔王殿はワシに似て貧乏性な上に、働きもの。現実主義者にして完璧主義者だからな」
と言った。
そう言われると立つ瀬がなかったが、ともかく、これで最高の舞台は揃った。
あとはその舞台で舞う役者だが、彼らはどうしているだろうか。
気になったので戦いの前に彼らと話すことにした。
するとイヴが少し焼き餅を焼く。
「そんなにジャンヌ様が心配ですか?」
「ま、心配だ。それは歳三もだけど」
「どちらも負けず嫌いそうですしね」
「そう、ではなく、負けず嫌いなんだ。熱くなって事故を起こす前に、これはあくまで余興、模擬戦であると伝えてくる」
「それがいいでしょう」
と彼女は頭を垂れると、彼らがいる控え室に案内してくれた。




