御前試合
こうして諜報専門部隊を得た俺、その日から俺にもたらされる情報の量と質は跳ね上がった。
情報とはこの世界でもっとも価値があるもの。
情報なしで戦争と外交を行えるものがいると思っている王がいるとしたら、そいつは無能である。
もしもそのような王がいたら教えてくれ、と忍者のハンゾウには伝えていた。
彼もその意見に賛成のようだが、そうそう都合良くそのような王は見つかることはなかった。
残念であるが、さらに時間をかけ、周囲の王の弱点を探っていくことにする。
無能な王は見つからなかったが、その代わり、このような情報を得る。
「……主よ。諜報部隊を作ったはいいですが、この部隊には欠けているものがあります」
「欠けているもの? それはなんだ?」
「指揮官です」
「指揮官ならばハンゾウ、お前がいるではないか?」
「有能な魔王は、諜報部隊にも『英雄級』の指揮官を置きます。それに俺は大将の器ではない。情報収集ならばなんとかなりますが、いくさが始まればあまり役に立たないでしょう」
諜報部隊は平時は情報収集がメインとなるが、戦時となれば部隊を率いて後方を攪乱したり、夜襲を仕掛けたり、橋を爆破したりするのだ。
自分にはそれができない、とコボルトのニンジャは嘆く。
己の力量をわきまえている良将の言葉であったが、そのようなことを言われても、英雄級の将官は不足している。
ジャンヌは聖女、諜報や暗殺とは無縁の存在。
彼女を指揮官にしてもマイナスにしかならない。
土方歳三は暗殺もできるだろうが、それでも基本は剣士、十全に力を発揮できないだろう。
ならばイヴ?
と一瞬思ったが、彼女はたしかに冷徹冷静にものごとを判断するが、やはり荒事には向かない性格をしていた。
困ったものだな、そもそもそうそう簡単に英雄級の人材は手に入らない、そうハンゾウに伝えると、彼は意味ありげな笑みを浮かべた。
「そこで相談なのですが、ここより南にあるダンジョンを捜索しませんか?」
「ダンジョン?」
「ここより南に『灰黄金の廃墟』と呼ばれているダンジョンがあります」
「ほう、初耳だな」
イヴに知っていたか、と尋ねると彼女は首を横に振る。
彼女のようなデータベースでも知らないことはあるようだ。
ハンゾウを召喚し、諜報部隊を作ったのは間違いなかった。
そう結論づけたが、問題なのはその灰黄金の廃墟と呼ばれるダンジョンがなにか、である。
そんな表情をしたためだろうか、ハンゾウは機先を制してくれる。
「灰黄金の廃墟は古代魔法文明の遺跡」
「魔法文明の遺跡か。お宝がありそうだ」
「すでに近隣の冒険者に荒らされています。魔法文明の遺物は見つからないでしょう」
「それは残念だ。ならばその遺跡にどんな価値がある」
「その遺跡にはとある魔術師の工房があります。その工房の魔術師は、異世界の研究をしていたらしく、漂流物を持っている可能性がある」
「なるほど」
「しかも、その漂流物は忍者由来のものである可能性が高い」
「つまりそれで召喚する英雄は諜報部隊の長に相応しいということだな」
こくりとうなずくハンゾウ。
「そんな話を聞いてしまえば、探索に行かないという選択肢はないな。今は、敵対する魔王もいないし、動き回るにはいい時期だろう」
すると間髪入れずにメイドのイヴは挙手をする。
「御主人様! ここはわたくしも同伴させてくださいまし!」
ぴん、と手を伸ばす様は見目麗しかったので採用。
ダンジョン探索は危険ではあるが、常に俺が側に控えていれば問題ないだろう。
採用を伝えると、彼女はほっと胸をなで下ろしていた。
「留守は例のごとく、ドワーフのゴッドリーブに頼むか」
寡黙で有能な土のドワーフ族の族長、彼はアシュタロト城の都市計画責任者であり、有能な行政官だった。
彼がこの都市に残っている限り、行政システムは滞りなく動くだろう。
問題は連れて行く武官だが……。
悩んでいると、ばん! とドアが開くごとが聞こえた。
「魔王、話はすべて聞かせてもらったの!」
と、やってきたのは金髪の聖女だった。
白い外套をまとった彼女はすでにウキウキだ。
まるでピクニックに行く直前の幼女のようである。
「ぶっちゃけると私がここに残ってもなんの役にも立てないの。同伴すべき」
ぶっちゃけているが、それは正鵠を射ている。
内政官としてのジャンヌは正直、土方歳三以下だ。
とっさの機転も歳三に劣るだろう。
ならば土方を守り役に残し、ジャンヌを連れて行くのが正解かと思われたが、そのことを土方に伝えると不満を述べてきた。
妓楼で馴染みの舞子としっぽりしていた歳三は、ダンジョン探索の話を聞きつけると、執務室にやってきて、俺も連れて行け、と談判してきた。
妓楼で遊んでいればいいのに、と思ったが、口にはせず、理由を尋ねる。
「ガキのころから留守番は苦手でね。それにこの世界の『だんじょん』というものに興味がある」
もっともらしい理由を並び立てているが、要はこの男、退屈なのである。
城に籠もってゴブリンやオークに教練を施すよりも、ダンジョンで怪物と戦うほうが面白いと踏んでいるのだろう。
ジャンヌとは違った意味で困った人物である。
なんとか翻意をうながそうとするが、歳三はかたくなに首を縦に振らなかった。
「毎回、留守番をさせられるのは不本意だ。ずるい。ジャンヌばっかり連れていきやがって」
「頼りにしている証拠だよ」
「頼られるほうの身にもなれ。ともかく、今回は俺だ。ジャンヌは留守番だ。ジャンヌを連れて行くなら、納得のいく説明をしろ」
たとえば、夜の世話を聖女様にさせている、という理由ならば納得いく。
と卑猥なことを言ってくる。
「性女様のほうがいいというならば、男としては無理強いできんがな」
かっかっか、と笑う歳三。
無論、俺はジャンヌにはそんなことをさせていない。
歳三も分かっているが、そんな論法を用いなければまた留守役にされると思っているのだろう。
困っていると、火種に油を注ぐ少女がやってくる。
ジャンヌである。
「土方は品性下劣なの。私と魔王はそういう関係ではない。ただし、数週間後は分からないけど」
ジャンヌは怒っているのか、肯定して欲しいのか、分からない台詞をまくし立てると、こんな妥協点を提案してきた。
「土方、丁度いいの。アシュタロト軍最強の戦士は誰か、ここで決着を付けるの。最強の戦士が魔王の護衛をする。道理にかなっているの」
「お嬢ちゃんから道理なんて言葉が聞ける日がくるとは思わなかったが、ちょうどいい、俺もお前さんと手合わせしたいと思っていた」
こうしてなし崩し的に随行権を賭けての御前試合をすることになった。
まったく、こいつらは仲良くできないのか。
そう思ったが、それ以上に興味も湧いた。
新撰組副長土方歳三、
オレルアンの乙女ジャンヌ・ダルク、
歴史に燦然と輝くふたりの英雄どちらが強いのか、興味が尽きない。
俺は自分の趣味も兼ね、彼らの御前試合を許可した。
イヴに命令すると、彼女は、
「かしこまりました」
と深々と頭を下げ、魔王城にある円形闘技場の整備を始めた。




