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表裏比興のもの

 俺の名は魔王アシュタロト。


 俺をこの世界に連れてきた女神いわく、豊穣の魔王の異名があるらしいが、その名で呼ばれることは少ない。


 近隣の魔王や諸国からは、「現実主義者の魔王」「表裏比興(ひょうりひきょう)のもの」などと呼ばれている。


 初戦で隣国の魔王サブナクを手玉に取り、一ヶ月も立たないうちに滅ぼし、その後、さらに強力な魔王エリゴスも謀略で倒したことから、このあだ名がつけられた――、ということになっている。


 部下であるメイドのイヴは少し心配気に尋ねてくる。


「このまま御主人様の悪評が広まったら、困りませんか? ここは草(都市に潜伏するスパイ)を放ち、このような異名を流布させないようにすべきでは?」


「その心遣いは嬉しいが、無用だ」


「どうしてでしょうか?」


「理由は簡単だ。その異名が俺の戦略に欠かせないからだ。魔王アシトの領土拡張と防備に役立ってくれる」


 イヴは不思議そうな顔でこちらを見てくる。

 彼女には説明をしておいたほうがいいだろう。


「そもそも、その異名を流させたのは俺だ」


「え? 御主人様が!?」


「ああ、前に作ったスパイスライムで各都市に俺の謀略の詳細を流布させた」


「なぜ、そのようなことを。おかげで卑怯者呼ばわりです」


「卑怯者。大いに結構じゃないか。ちなみに卑怯者ではなく、表裏比興な」


「普通の卑怯と違う言葉なのですか?」


「ああ、大違いだね」


 イヴに説明する。



 表裏比興のものとは、日本の名将・真田昌幸の異名である。

 あの真田信繁(幸村)の父親の二つ名だ。


 彼は信濃の山間にある小さな地方領主の息子だったが、生まれついての謀略家でもあった。


 父の代から仕えていた武田信玄の近習となり、頭角を現し、武田二四名臣にも選ばれるほどの男となった。


 彼は主家、武田家が滅んでからも活躍した。

 否、彼の本領は武田家が滅んでから発揮された。


 まずは自分の主を討ち取った織田信長にいち早く仕えると、その部下、滝川一益の与力となった。


 その織田信長が本能寺の変で横死すると、彼は即座に滝川一益から独立、周辺諸国を併合する。


 そのとき、信濃周辺には、上杉家、北条家、徳川家など、戦国屈指の大大名が取り巻いていたが、彼は海千山千の戦国大名たちを手玉に取り、大名にまで出世を果たした。


 ときには上杉家に人質を送り媚態を見せ、徳川家に味方すると思わせては城を作らせ、当時最大勢力だった北条家とも対等に外交と戦争を仕掛けた。


 その強引なまでの手法。手段を選ばぬ態度から、後年、真田昌幸は、豊臣秀吉から、



「表裏比興のもの」



 と呼ばれ、警戒されながらも重用されることになる。


 真田昌幸はその表裏比興な謀略を駆使し、かの徳川家を二度も撃退した。


 二度目は家康の息子、のちの二代将軍徳川秀忠率いる38000の軍勢をたったの2000で釘付けにし、戦略的撤退まで追い込んだ。


 その手腕、実績は、日本の戦国大名でも屈指といえる謀将の中の謀将、謀聖といってもいい。


 彼に比肩するのは、西国の毛利元就、尼子経久、東国では北条早雲くらいであろう。



 前世で異世界、特に日本をよく研究していた俺にとって、真田昌幸の名は、彼の異名は、特別なものがあった。


 是非あやかりたいものだ、と彼と同じ異名を流したのだが、イヴの心配はもっともである。



「卑怯もの、謀略家などという風聞が広まれば、今後、周辺勢力に警戒されるのではないか」

 

 

 と言うのはとてもよく分かる理屈だった。

 彼女を安心させるため、真意を話す。


「謀略家、表裏比興、これらの噂が流布するのは悪いことではない」


 と前置きすると説明する。


「例えばイヴ、ここに蛇がいたとしよう。そうだな、猛毒のクリムゾン・コブラだ」


 仮定の話ではつまらないので、幻術を使い、執務室の机の上に真っ赤なコブラを作り出す。


 普通の女性ならば、「きゃあー!」と悲鳴を上げるところだが、イヴは魔族。肝が据わっていた。


 眉目をわずかに動かすだけで、一歩も後退しない。


「すごいが、怖がってくれたほうが女性らしくて助かるのだが」


 そう言うと、彼女は無表情に咳払いをし、一呼吸置くと、

「きゃああ!」

 と絹を裂くような悲鳴を上げてくれた。


 ありがたいのでそのまま話を続ける。


「まあ、このように強力な毒蛇は通常、人々を畏怖させる。誰も近づいて触ったり、襲おうとは思わないだろう?」


「たしかに。毒蛇に好んで襲いかかるのはマングースくらいです」


「俺の謀略や戦力が周辺諸国に過大評価されるようになれば、敵は容易に攻め込んでこない、ということさ」


「さすがは御主人様です」


 イヴは俺の意図を察し、敬服してくれた。


「信用度はなくすかもしれないが、逆にプラスに働くこともある。敵が必要以上に恐れてくれれば、俺が幻術で作り出した兵を本物と思い込んでくれるかもしれない。城を空にしても伏兵がいるのでは、と思い込んでくれるかもしれない」


「そのような深慮遠謀が……」


 イヴはさらに深く頭を下げる。

 彼女は主に美点を見いだしたとき、それを隠すような真似はしない。

 その後も、「さすがは御主人様です」と連呼し、俺の戦略を賞賛してくれた。

 ただ、それだけで終わらないのが彼女が優秀な証拠だろう。

 こんな提案をしてくる。


「御主人様、魔王エリゴスを倒したときに手に入れた素材を使って諜報専門の部隊を設置されてはいかがでしょうか?」


「それはいいアイデアだな。正直、最初に召喚したスライムだけでは心許ないと思っていた」


 彼らは優秀で、多くの情報を集め、俺に勝利をもたらしてくれたが、これからはさらなる激戦が予想される。


 もっと優秀なスパイ、あるいは暗殺者を配下に加えれば、俺の戦略の幅は広がる。

 謀略のパターンも増える。


 さっそく、イヴに城の素材倉庫にある素材の目録を持ってこさせると、吟味し、諜報に便利な魔物を召喚することにした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「表裏比興の者」、この言葉は初めて知りました。 http://blog.livedoor.jp/mansaku21/archives/52620980.html   真田昌幸さんは、テレビ…
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