王の凱旋
王としての仕事は戦争や謀略だけではない。
むしろそのあとの処理や内政こそが王の仕事の本質であった。
というわけで俺は戦後処理に忙殺される。
まずは論功行賞だが、これは土方歳三とジャンヌ・ダルクが勲功一番で間違いない。
どちらか一方は選べず、甲乙も付けられないので、双方を一番とした。
彼らには金一封と感謝状、それに領地が贈られる予定だったが、領地はいらないと言われた。
「領地をくれるということは、貴族になるということだよね? 私は貴族になりたくない」
ジャンヌは首を横に振る。
「ジャンヌか歳三には旧エリゴス領を与えようと思っていたんだが……」
「絶対いらない。私はこの街から離れない。魔王の側から離れる気はない」
と魔王城にある柱にしがみつく。
まるで子供のようであるが、それは土方歳三も一緒だった。
「俺もこの城から離れないぜ。せっかく、妓楼を作ってもらったのに、田舎街にだなんて行きたくない。城主だの太守だのは御免こうむる」
断固とした表情と口調だった。
イヴに助けを求めるが、彼女は「無駄でございます」と一言で切り捨てた。
「お二方の気持ちをくつがえすのは謀神と呼ばれた御主人様でも不可能」
「……かもな」
智者は困難を知り、愚者の辞書に不可能の文字はない、そんなことわざもある。
彼らを翻意させるのは賢者とて不可能だろう。
そう思った俺は、魔族の中で一番信頼できる男を、エリゴス城の城主代理に選んだ。
彼は、
「謹んで受けます」
と即座にエリゴス城に向かった。
彼は人狼の中でも特に秀でた男だ。アシュタロト軍創設期から、大活躍してくれた。
また忠誠心も歳三やジャンヌに劣らない。
行政官としての腕は未知数であるが、細やかな内政は俺が逐次口を出せばなんとかなるだろう。
ひとりでふたつの城を統治するのは困難を極めたが、この際、愚痴は言っていられない。
それよりも早く、城主を任せられる文武両道の将を育て上げるほうが建設的だろう。
もっとも、イヴ辺りに言わせると、俺の側にいるとどうしても離れたくなくなるそうで、今後、将が増えても同じようなことになるかもしれない、という予言をくれる。
あまり有り難くない予言であるが、ともかく、今は内政に専念したかった。
「御主人様は、魔王サブナクを倒し、彼の素材と財宝を奪い、この街の礎を築きました」
「今にして思えば綱渡り中にバック転をするようなものだったな。一歩間違えば滅んでいたのは俺だった」
「しかし、勝ったのは御主人様です。それも運だけでなく、勝利を引き寄せたのは御主人様の知恵でございます。最後の瞬間まで考えを辞めない執念でございます」
「そうだな。俺に才能があるとすれば、それだけ。常に小賢しく動き回り、相手よりも思考回数と試行回数を増やす。そうやって生き残ってきた」
「ドワーフの里への旅も同じでございます。御主人様は謀略を張り巡らし、死霊術士シャールタールに打ち勝った」
「あれもまぐれではない。最後の最後まで最良の作戦を考え、勝利を引き寄せた」
イヴは真剣な表情でうなずく。
「最後の戦いもそうです。エリゴスも知略によって打ち負かした」
ですが、と彼女は続ける。
「皆が御主人様を知将と言いますが、わたくしは御主人様の価値はそこにではなく、その胸にあると思っています」
「胸?」
そう問い返すと、イヴはうなずく。
「その胸の奥にある心臓です。……つまり、心。御主人様の優しさこそが御主人様という人格を作り上げ、部下や民に慕われるのです」
「…………」
「御主人様は魔王サブナクの部下をとがめずに配下にしました。
御主人様はサブナク城の民を奴隷とはせずに、自分の民とし、慈しみました。
御主人様は見ず知らずのドワーフ族を救い、その族長と友誼を結びました。
御主人様は気難しい英雄ふたりを配下にし、彼らの信頼を勝ち取りました」
イヴは俺の美点ばかり上げる。
なんだか気恥ずかしくなってしまう。
「大げさだよ」
俺がそう言い切ると、イヴはそんなことはありません、と首を横に振る。
そしておもむろに俺の手を取ると、俺を窓際に連れて行く。
彼女はカーテンを開ける。
そこには多くの人間たちがいた。
この城の城下町に住んでいる人々だ。
彼らは俺の姿を見ると、口々に叫ぶ。
「王だ! 王がお姿を現したぞ!」
「俺たちの王だ! 魔王だ!」
「慈悲深く、情け深く、賢い王」
「現実主義者にして人徳の王!」
「俺たちの魔王アシュタロト様だ!!」
歓喜の声がここまで聞こえてくる。
戸惑っている俺は、助けを求めるためにイヴのほうに振り向くが、彼女のアドバイスは、的確にして華麗だった。
「御主人様。あなたの民はあなたの笑顔と握手を求めています。ここから握手はできませんが、代わりに手を振ってください」
そのアドバイスに従うと、民たちはさらに万感の思いを込め、俺を称え、敬ってくれた。
俺は彼らの声が枯れるまで手を振り続けると、彼らに約束した。
この魔王アシトがいる限り、この城を守り抜くと、民を守り抜くと。
俺はその約束を果たすため、より現実主義的な策謀を心の中に張り巡らせた。




