リアリスト魔王による謀略
エリゴスの身体から黒い魔力が消える。
その異変を一番に察したのはエリゴス自身だった。
「お、俺の魔力が。ま、まさか、俺のコアになにかあったのか!?」
その言葉に魔王アシトこと俺は即座に反応する。
《転移》の魔法で歳三たちの前に現れると、説明をした。
「俺の作戦がぴしゃりとはまったようだ。今、ちょうど、イヴから連絡があった。彼女はお前の城のコアを破壊したそうだ」
「ば、馬鹿な! 俺の城は難攻不落ぞ! 巨人でもなければ城は破壊できない!」
「その巨人がいるんだよ。うちには」
「な、なんだと!?」
「重機代わりに使っていたサイクロプスがいてね。彼をお前の城の近くの森に潜ませていた。それと鈍重だが、強い魔物たちをな。イヴはお前が城を離れ、俺の首を取りにきたのを見計らい、入れ替わるようにお前の城を強襲したんだよ」
「あ、ありえん! そんな馬鹿な。仮に城を破壊し、忍び込んだとしても俺のコアは容易に見つからないはず! 地下の奥深くに隠しているのだ」
「冷静に事実だけを見ろ。急速になくなったお前の魔力が証拠だ」
「……く、くそう」
この段になってやっとコアを破壊されたことを認めたのだろう。
エリゴスは肩を落としながらこう尋ねてきた。
「……まだ負けたわけじゃない。魔力がなくても俺は戦える。だが、ひとつだけ気になることがある。どうして俺の隠したコアを見つけたのだ? あれはシャールタールにも教えていない場所にあるのだぞ」
「シャールタールから拷問をして聞き出した」
「なに!? シャールタールは知っていたのか? 俺のコアの隠し場所を?」
「らしいな。ちなみにどこだ? 部下しか把握していなくてね」
「玉座の裏にある隠し扉。そのさらに下の下にある隠し部屋だ。その部屋を作ったとき、建設に関わったものは皆殺しにした。漏れるはずなどないはずなのに……」
「なるほど、相変わらずあくどいな。シャールタールと変わらん」
そう吐息を漏らすと、俺はイヴに《念話》の魔法を送った。
「――だそうだ。隠し扉は玉座の裏にあるぞ」
その言葉を聞いたイヴは、
「御意」
と、嬉しそうな返答をした。
そのやりとりを聞いたエリゴスは不審な顔をする。
「なんだ、その会話は。コアの場所を知っている部下と話しているのではないのか?」
「まさか。コアの場所など最初から知らんよ」
「な、なんだと!?」
「お前を担いだんだよ、俺は。コアは今から部下に破壊させる」
「ば、馬鹿な、俺の身体に魔力がないのはたしかだぞ」
「それは一時的なものだ。俺は部下であるイヴに、魔王サブナクの灰から作った水晶球を与えた。それには強力な魔法を封じ込めた。《封魔》の魔法だ。それをお前の城の中で使わせて、コアから送られるお前の魔力を一時的に封じたんだよ。ほんの一時的だがな」
そう言っていると、いつの間にかエリゴスの身体のオーラが復活する。
また不死身の回復力を取り戻し始めた。
それに気が付いたエリゴスは憤怒の表情をする。
「だ、騙したなあ!!」
「信じてくれてありがとう」
そう冷酷に言い放つと、俺はパチン! と指を鳴らした。
エリゴス城の玉座の間にある隠し部屋が映し出される。
そこにはハンマーを持ったメイドがいた。
「や、やめろぉぉ!!! やめてくれー! それを壊されれば俺は……」
エリゴスは情けない言葉を上げるが、イヴには届かない。
俺の心にも。
この魔王は死霊魔術師シャールタールを使い多くの人々を殺した。
今後、生きている限り、息をしている限り、その欲望を満たすことをやめないだろう。
ならば俺が引導を渡してやるべきだと思った。
イヴに命令を下す。
そのハンマーを打ち下ろせ!
と。
次の瞬間、イヴはハンマーを打ち下ろし、魔王エリゴスの核を、各魔王が持っているコアを破壊した。
やつの心は薄汚いが、砕けたコアはまるで粉雪のように美しかった。
その瞬間、目覚めたときに出会った女神の言葉を思い出す。
「各魔王のコアを破壊すれば君の勝ち――」
これで俺は勝利したわけだ。
エリゴスも魔力の過半を失い。ただの『騎士』となっていた。
それと同時にシャールタールと作ったと思われるアンデッドの軍団が停止する。
彼らはもとの動かぬ死体となり、朽ち果てる。
こうして俺は10000もの大軍に勝利した。
アンデッド以外の部下は生き残っているが、コアを破壊された王に従うものがどれほどいようか。
皆、散り散りに逃げるか、武器を捨て投降してきた。
それを哀れむように見下ろすと、俺はエリゴスに投降を勧めた。
「頼みのアンデッドもいなくなった。生き残った部下も戦意喪失。この上は投降して命を全うしろ。俺はお前のように捕虜を虐待したりしない」
その言葉を聞いたエリゴスは、気でも狂ったかのように笑った。
「……はっっはっは!」
「なにがおかしい?」
「いや、新しく生まれた魔王は魔王のくせに人間の心を持っている甘ちゃんと聞いていてな」
「人間だって悪いやつは悪いし、魔族だっていいやつはいいやつさ」
とメイドのイヴや部下の顔を思い浮かべる。
「そうやもしれぬ。だが、俺も魔王となり、大魔王を夢見た男。大魔王どころか魔王である資格も失ったが……」
自嘲気味に笑うと続ける。
「――だが、これでも俺は魔族! 魔族にはプライドがある!!」
と剣を構える。
一騎打ちをしよう、ということなのだろう。
それを見てジャンヌと歳三は止める。
「魔王、ここで一騎打ちは不要なの。勝負は私たちの勝ち」
「聖女のお嬢ちゃんの言うとおりだ。ここで万が一があればアシュタロト軍は崩壊する」
一理ある。
いくさの趨勢が決まる前。俺たちが不利な状況ならば、一騎打ちによって相手の大将を倒す意味はあるが、今はない。もしも不覚を取ればこちらの負けとなる。
だが、俺はエリゴスとの一騎打ちを受けるつもりでいた。
理由は簡単だ。
魔王エリゴスは悪党であるが、その実力は屈指である。
コアから魔力の供給が絶たれた今でも一廉の武人であった。
ただ、俺は現実主義者であると同時に、武人でもあるようだ。
いや、ロマンチストかな。
強敵を見るとどうも血がうずく。
俺は従卒のゴブリンから、ロングソードを受け取ると、それに魔法を付与する。
紫の魔力が鈍色の刀身を包み込む。
ぶおん、という魔力を込めた武器独特の音が響く。
それを見てジャンヌと歳三は諦めたのだろう。
一歩引く。一騎打ちを見届けてくれるようだ。
こうして魔王アシトと魔王エリゴスの最後の戦いが始まった。
周囲に居残った俺の部下、エリゴスの部下が見つめる中、繰り広げられる剣の応酬。
それは最終的には三十合以上の打ち合いとなった。
そしてこの勝負に勝ったのは。
新しい歴史を作ることになったのは俺であった。
三十一合目。
魔力供給を絶たれ、不慣れな身体で戦っていたエリゴスは隙を作ってしまう。
俺はそれを見逃さず、彼にロングソードを突き立てる。
彼の鎧は特注であったが、魔力を付与した剣は、あっさりとそれを貫き、彼の内臓をうがった。
それが決め手となり、エリゴスは負ける。
彼は最後に言った。
「――俺は悪党の中の悪党。それが魔王としての誇りだった。だが、最後の最後にはずるはせず。己の肉体だけで戦ってみた」
「ああ、残しておいた魔法の水晶球も使わなかったようだな」
「お前も魔法を使わずに剣だけで勝負してくれたからな」
「一騎打ちだと言ったろう。一騎打ちに魔法は無粋だ」
ましてや魔力を失った魔王に対しては。
「――そもそも一騎打ちする利も理もないはずだったろう」
彼の声は小さい。
「理由ならあるさ。最後に強い魔王と戦いたかった。それだけだ」
「お前は自分のことを非常家と言っているようだが、非情家ではないようだな。見事な王だ。もしも次、また魔王に生まれ変わるのならば、お前のような王になりたい」
エリゴスは最後に吐血すると俺の部下を見る。
「人間も魔族もない軍隊。部下は皆、お前を愛し、お前は部下を慈しむ。生涯、俺が見ることのなかった光景だ」
エリゴスは両膝を突くと、最後に言い残した。
「魔王アシュタロト、見事であった。お前が俺を倒したのだ。お前こそがこの世界の大魔王となれ!」
それが魔王エリゴスの最後の言葉となった。
この男はあるいは生まれついての悪ではなかったのかもしれない。
シャールタールのような部下にしか恵まれず、このような事態になったのかもしれない。
そんな可能性を思い至った。
そう考えれば俺は部下に恵まれている。
「魔王の旦那、よくやったな」
と、珍しく笑顔を向けてくるサムライ、土方歳三。
「魔王はすごい。最後に悪魔を改心させた。まるで天使」
と、花のような笑顔を浮かべる聖女ジャンヌ・ダルク。
他にも魔族の部下、人間の部下、色々いたが、俺は彼らの善性と笑顔に何度救われたことか。
今後も彼ら彼女らのような有能で頼もしい部下に助力を得、なんとかこの異世界で生き残りたいものだ。
彼らのような部下が側にいれば、俺は魔王サブナクのような愚物にも、魔王エリゴスのような悪にもならずに済むだろう。
それは僥倖なことであるはずだった。
エリゴスとの戦いの終結を宣言すると、俺は部下にねぎらいの言葉をかけ、アシュタロト城への帰還を宣言した。




