不死者殺しの魔王
アンデッドどもの数は1000ほどであった。
どうやら敵の指揮官は長蛇の陣を組んでいたようだ。
長蛇の陣とはその名の通り、蛇の形をしたような陣形。
いや、陣形ともいえないような隊列だった。
まるで学校に通う幼児が行列を組んでいるようなものである。
完全に油断していると言ってもいいだろう。
しかし、それは仕方ないことであった。
敵軍はこちらの数を知っているのだろう。
300では敵軍の後背を付こうが、側面を突こうが、効果はゼロである。
敵を包囲し、殲滅することはできない。
包囲殲滅陣! は使えないのである。
油断と言うよりも、もっとも早くこの場所に到着することを選んだだけのように見える。
敵が俺たち300兵を無視せず、そのままアシュタロト城に向かわなかっただけ、有り難いと思わなければいけない。
そう思い相手の指揮官を確認する。
「歳三、相手の指揮官は分かるか?」
「伝令の報告によると、陰険な顔をした魔術師だそうだ」
「ほお、人間か?」
「らしい」
「……人間か、まさかな」
少しだけ厭な予感がする。
その厭な予感を肯定するかのようにジャンヌがやってくる。
「今、部下のガーゴイルに掴まって偵察してきた」
「そんな危険な真似をしたのか」
「危険じゃない。相手はアンデッド、弓に射られる心配はない」
「だが、ガーゴイルは50キロ近い物体を持ち上げるのは無理だろう。空中で失速する」
「二匹がかりにした。それに私は50キロもない。失礼しちゃう」
ぷんぷん、と頬を膨らませるが、鎧などを入れれば確実に60キロ近くあるだろうに、と思った。
急場なので突っ込みもいれないし、機嫌も取らずに単刀直入に尋ねる。
「ジャンヌ、して敵の指揮官は誰だった?」
「魔王の想像通りの人」
「……なるほど、つまり死霊魔術師シャールタールか」
「正解」
「やはりな」
「でも、あいつは土のドワーフの里で死んだはずなの。どうしてまだ生きているの? 双子の弟?」
「その可能性も否定できないが、爆発の瞬間、アンデッドどもを集め、爆風を防いだ可能性がある。その後、仮死魔法でも使って土の中で眠っていたのだろう。そう考えれば辻褄が合う」
「なるほど、ならば魔王を恨んでるはず」
「だろうな。本拠ではなく、俺が率いる300の部隊のほうにやってきたのもうなずける」
「ならば復讐にたぎってるってことだね。魔王はあまり前線に出ないほうがいい」
「そんな悠長なことを言っていられるほどこの戦場は甘くないよ。まずはあの1000のアンデッドどもを駆逐する!」
「任せて、私は聖女。アンデッドには強い」
「期待する」
と言ったと同時にアンデッドが攻め寄せてくる。
我が部隊は横に一列、整然と並んでいる。
俺とジャンヌと土方が100人ずつ率いて、順番に部隊を指揮し、輪番制のように戦う。
まずはジャンヌの出番だ。
と言わんばかりに彼女は名乗りを上げる。
「私の名はオルレアンの乙女! でも、数ヶ月後には乙女ではなくなる! なぜならば、魔王の妻になるから!」
そのような名乗り上げ、聞いたことがないが、本人はいたって真面目のようだ。
しかしゾンビたちにそんな口上は無意味だった。
彼らは人間の言葉を理解できない。
シャールタールの死霊言語しか解さないのだ。
「う、ういぁああ!」
という声を上げながら襲いかかってくる。
ジャンヌはそれを平然と見つめると、ゾンビの手が己に触れる瞬間まで剣を抜かなかった。
正確には己の肌に触れるほんの一瞬前。刹那の瞬間に剣を抜くと、相手を切り裂く。
動く死体であるゾンビは、聖女ジャンヌの聖剣によって一刀両断された。
――だけでなく、彼女の剣線はそのまま糸を引き、遙か後方まで伸びる。
「聖剣ヌーベル・ジョワユーズの力、思い知ったか!」
と勝ち誇るジャンヌ。
自信過剰な言葉ではない。
彼女はたったの一撃でゾンビ30体を斬り殺したのだ。
その姿は異様であり、神々しくもあり、可憐であった。
さすがはオルレアンの乙女。
彼女を賞賛すると、彼女は微笑み、その後、半日に渡ってゾンビを斬り殺した。
半日後、さすがにジャンヌの部下たちは疲れ果てたようだ。
彼女の部下には人間が多く、長時間の戦闘には向かない。
そこで入れ替わるように土方歳三の部隊が出てきた。
彼率いる人狼部隊は、そのかぎ爪で容赦なくゾンビたちを屠る。
ゾンビの頭部は一撃で吹き飛び、破壊される。
スケルトンなどは殴りつけるだけで粉砕されていった。
無論、人狼たちだけでなく、土方も化け物であった。
「今宵の和泉守兼定は血に飢えているぞ。――と言っても、アンデッドに血などありはしないか」
と、冗談と突っ込みを自己完結させると、業物で次々とゾンビを切り裂く。
斬った感触が楽しいから、と自分はゾンビ、部下にはスケルトンを押しつけるのはやつらしいが、なにも彼は残酷なわけではなかった。
時折、シャールタールに雇われたと思われる人間を見つけると、命までは奪わず、手を切り落とす程度で許してやっていた。
「これに懲りて悪党には手を貸さぬことだな」
とは決め台詞らしいが、それでもやや残酷な気がする。
もっとも、ここは戦場、命のやりとりをする場所、そこで命まで取らないのは優しさなのかもしれない。
歳三は次々とアンデッドを屠るが、中には歳三の部隊にはキツイもの。
ゴーストが出てくるときがある。
和泉守兼定ならば切れる。人狼の爪でもやれる。しかし、オークやゴブリンたちでは相手にならず、その場合は苦戦を強いられる。
そんなときは遊撃隊としてとっておいた人間の魔術師部隊を派遣する。
以前、立て看板で集めた人間たちだ。
彼らはゴーストごときならば、魔法一発で消し飛ばすことができた。
それを見て、
「さすがは魔王の旦那、見事な采配だ」
と褒めてくれた。
歳三は言う。
采配に関しては自負があるが、さすがに歳三やジャンヌのような活躍はできない。
魔法は強力ではあるが、魔力に限りがあるのだ。
遊撃部隊の魔力が尽きてきた。
それに歳三も疲労困憊のようだ。
俺が前線に出ることにする。
それを見た歳三は、
「真打ち登場だ」
と口笛を吹いた。
「黙って下がって休んでいろ。あと、数日はこの戦闘が続く」
それを聞いて歳三はゲンナリしたが、事実、この戦いは三日続くことになる。
俺はその三日間、獅子奮迅の働きをし、後世の歴史家に『不死者殺し』の魔王の異名をたまわることになる。




