敵将ガバク、討ち取ったり
こうして出立までの短い時間を過ごす。
ディプロシア軍は約束通り、西方からエリゴス軍の領地を攻めた。
「戦況はどうなのだ?」
とイヴに尋ねる。
彼女はスパイ・スライムからの報告を読み上げる。
「ディプロシアが派遣したのは一個騎士団と傭兵団みっつ。2000規模。西域のエリゴスの兵は700。おそらくはディプロシアが勝つかと」
「壮観だな。いつか俺もそれくらいの兵を指揮してみたいものだ」
素直な気持ちを口にするが、イヴに尋ねる。
「ところでイヴはどうしてここにいる?」
ここはエリゴスの城へ向かう途中の街道、俺は馬に乗っている。
彼女はなぜか俺の馬の後ろに乗っていた。
「わたくしはメイド兼軍師。戦場にいかずにどうしましょう」
「しかし留守役が……」
「それはゴッドリーブ様ひとりで十分でございます」
そう断言されてしまえば、なかなか反論できないし、戦場にも従卒を連れていかねばならない。
ゴブリンのような気の利かない従卒を使うくらいならば、彼女を連れて行ったほうがいいだろう。
そう思ったのでこれ以上、突っ込まないことにした。
仕事モードになる。
「エリゴスの本城には何人くらいの兵がいる?」
「普段ならば千を超えますが、今回は西からディプロシアが。南からは我が軍。そして東からも侵攻を許しております。本城は手薄でしょう」
「東からも?」
「どうやら東にある魔王にもちょっかいをかけていたようです」
「なるほど、それにしても戦略眼のないやつだな。馬鹿なのではないだろうか」
「ドワーフの集落を襲い、大国ディプロシアを怒らせ、南と東の魔王を同時に怒らせる。正直、無能です」
「エリゴスはそこまで愚かな魔王なのか?」
「いえ、以前は聡明な魔王として知られましたが、軍師に死霊魔術師シャールタールを登用してからこうなってしまったようです。たしかにシャールタールは一時的には領土を拡張し、エリゴス軍に富をもたらしましたが、同時に周辺の怒りも買いました」
「商売の天才だな。買うほうに関しては、だが。なけなしの信用を切り売りして、結局最後は追い詰められる愚かさ。反面教師にせねばな」
「その通りです。頼みのシャールタールもいません。今が攻めどきかと」
「それが正解かな。拡張されたとはいえ、我が軍団の戦力はまだまだ小規模。このような事態でなければ城取りなどできない」
そのような話をイヴとしていると、土方歳三が割り込んでくる。
彼も馬に乗っているが、あまり上手くない。
生まれついての武士ではないため、馬は苦手のようだった。
農民の娘であるジャンヌのほうがまだ上手いくらいだった。
「ところで魔王の旦那、エリゴスの城を攻めるのはいいが、なにか策はあるのか?」
「策とは?」
「秘策のことさ。魔王サブナクを倒したときのような鮮やかな手腕をみたい」
「毎回、あのときのような奇跡を求められても困るが、まあ、無策には挑まない」
「さすがは旦那だ。拝聴してもいいか?」
「もちろんだ」
と俺は作戦を披瀝しようとしたが、それはイヴに制止される。
「魔王様、悠長に語っている暇はないようですよ」
どういった意味だ?
とは尋ね返さなかった。イヴは無駄口を叩かないし、意味もなく男の会話に口は差し出さない。
彼女のやることには全ておしなべて意味があった。
俺は彼女の視線の先を見る。
そこには黒い影が見えた。
それがゴブリンの大軍だと分かったのは、《遠視》の魔法を使ったときだった。
ついでに数を数えてみるが、その数は100はくだらないだろうか。
彼らが親善を結びにここまできたとは思えない。
魔王エリゴスの尖兵とみるべきだろう。
しかし、それにしては数が少ないが。
こちらの兵力よりも遙かに少ない。
舐められているのか、それとも四面楚歌で割ける兵士が少ないのか。
判断に迷うところであるが、歳三が提案してくる。
「ゴブリン百匹か、ちょうどいい、魔王の旦那、俺に一番槍を任せてくれないか?」
「それはかまわないが」
「それと苦戦するようなら別だが、俺の部隊だけでやれるのならば手出しはしないでほしい」
「舐めプレイは感心しないな」
「舐めプレイ? 知らん言葉だが、全力を出すよ。それに勝算がある」
「ならば許可する」
「有り難い。いや、ジャンヌが人間、俺が魔物を率いる、という役割分担には今さら文句は言わないが、魔物と人間はかってが違ってね。なるべく多くの実戦を経験しておきたい」
「そういうことか、ならば頼む」
「あいよ」
と歳三は馬を降りる。
普通に乗馬するのも難儀する男だ。徒歩のほうがやりやすいのだろう。
それに魔物の多くは徒歩である。大将が馬で突出しても孤立化し、そこを叩かれるだけだった。
歳三が無双の勇者でも数には勝てない。
少数をもって多数を制するなど、現実的ではないのだ……。
と思ったのだが、世の中には例外があるようで。
歳三は突出こそしなかったが、魔物たちよりも前に出て戦った。
まずは自身で血路を切りひらく、その次に人狼の部隊、その次にオークと、強いものから順に戦わせた。
その作戦は有用だろう。
勇敢な人狼はともかく、オークは臆病だ。
不利な戦況になればすぐ浮き足立つ。
実際、オークと似たような性質の敵軍のゴブリンはすでに浮き足立っていた。
歳三が一歩足を進めるごとに敵軍の陣形を切り裂き、二歩進めると散り散りになった。
このまま余裕で勝てるかな、観察者は皆、そう思ったが甘くはなかった。
敵軍のゴブリンの奥からひときわ大きなゴブリンが出てくる。
ホブ・ゴブリンと呼ばれる大型種の魔物だった。
二つ名と知性まであるような強力なゴブリンがやってきた。
血だるまの小鬼の異名を誇ると豪語するホブ・ゴブリンは鉄球を振り回しながら名乗りを上げる。
まるで三国志演義のワンシーンのようだ。
「やあやあ、我こそは魔王エリゴス様の配下の中でも一番の勇者、血だるまの小鬼の異名を誇るガバク!!」
土方歳三もこの手の演出は嫌いではないようだ。
同じように名乗りを上げる。
洒落者である。
「俺の名は新撰組副長土方歳三。人呼んで鬼の副長、今は訳あって魔王アシトの配下だが、その実力は日の本でも有数よ」
その言葉を聞いたガバクは豪快に笑う。
「聞いたことがない名だ、出身国もな。それにどうせ名乗るなら有数などではなく、一番を名乗らないか」
それに対する答えも洒落が効いていた。
「日の本という国は奥深くてね。歴史も深い。俺などよりも上の剣豪はいくらでもいるだろう。剣聖上泉信綱、剣豪将軍足利義輝、牛若丸源義経、数えたら切りがない」
「殊勝なことだな」
「ああ、だが、有数でも、ゴブリンごとき一刀のもとで倒せるわ。日の本を舐めるなよ」
「俺はゴブリンではない! ホブ・ゴブリンだ!!」
と激怒した瞬間、ホブ・ゴブリンの言葉は止まる。
二度としゃべれぬ身体になったのだ。
見れば彼の首は空中に飛んでいた。
歳三はそれを空中で掴むと、残ったゴブリンたちに見せる。
「敵将、ガバク、討ち取ったりぃ!」
威圧するかのように大声で叫ぶ。
その声、そして最強の大将が死んだことにより、ゴブリンたちの戦意は急速に衰える。
皆、我先にと逃げ出す有様であった。
こうなればもはや戦闘はお終いだった。
逃げていく様を見届ける。
「追撃はされないのですか?」
とはイヴの質問であったが、答えはNOだ。
理由を話す。
「追撃すればさらに兵を減らすことが可能だろうが、歳三の武勇にびびったあいつらがエリゴス軍に戻れば、士気は大いに下がるだろう」
「なるほど、深慮遠謀、恐れ入ります」
頭を下げ、メイドの飾りを見せるイヴ。
「さて、緒戦はこちらの圧勝だが、今後はどうなるかな。できれば勝ち続けたいが……」
俺はそう漏らすと、陣容を整え、軍を北上させた。




