異世界の三傑
こうしてエリゴス領への進行が決まった。
主立った指揮官を軍議の間に集める。
と、いっても我が軍団はいまだ弱小で指揮官の数が少ないが。
新撰組副長、土方歳三。
百年戦争の英雄、聖女ジャンヌ・ダルク。
土のドワーフ族族長、ゴッドリーブ。
この三人だけである。
ただ、数のほうは少なくても質は高かった。
歳三はかの新撰組で戦い続けた歴戦の猛者、
聖女ジャンヌも歴史に残るような英雄。
ゴッドリーブは幽霊であるから、武力は期待できないが、その知謀は役に立つはずだ。
そう考えていると、イヴが人数分、紅茶、それと蒸留酒、どぶろくをもってやってくる。それぞれがそれぞれの表情で飲み物を飲むが、最初に疑問を呈したのは歳三だった。
「お前さんが決めたならば反対しないが、ディプロシアのやつらは裏切らないだろうな」
「それは約束しかねるが。エリゴスを叩くのは今しかない」
「たしかにそうだが」
「やつらはドワーフの集落を襲い、大量の素材を得たはず。それを使って魔物の軍団を拡張しているはず。その軍団の侵攻先がこの城ではないとは言い切れないだろう」
「普通に考えればここじゃない?」
のんきな口調で断言するジャンヌ。
「魔王はドワーフの里でエリゴスの部下を倒したの。復讐戦を挑まれるに決まっている」
「だろうな」
「じゃあ、相手が攻めてくる前に攻めるの。この城の防備は弱い」
「その通り。どうせ俺はエリゴスを攻め滅ぼすつもりだった。それが早まっただけだと思えばいい。さらに援軍まで付いてくる」
「大将であるお前さんが決めたならばそれでいい。従うまでよ。で、作戦は?」
「俺が中央、ジャンヌが左翼、歳三が右翼を率いて北上する」
「ワシは?」
ゴッドリーブが尋ねてくる。
「ゴッドリーブ殿は居残りです。霊体であるあなたを戦場には連れて行けない」
「《除霊》の魔法で一発だからな」
と歳三は笑う。
それをたしなめるとゴッドリーブに言う。
「それにこの街には行政官が必要です。信頼できる俺の分身が」
「そこまで信頼されるとこそばゆい」
「あと、もしも敵に奇襲を受けたときは、ゴッドリーブ殿の出番です。ドワーフを率いて戦ってください」
「承知」
「それとですが、一応、ゴッドリーブ殿に作戦を伝えておきます」
「ワシだけに?」
「ええ、秘策ですから」
「役に立たなければそれに越したことはない策か」
「その通り」
と俺はドワーフの族長の耳に口を寄せるとささやく。
ジャンヌが聞き耳を立ててくるので、魔法で防壁を張る。
ちぇ、と口を曲げるジャンヌ。
別に指揮官にならば教えてもいいのだが、もしも彼らが捕縛されたとき、情報が漏れるのが恐ろしかった。現実主義者の俺は用心深い。
もっとも彼らのような豪傑を捕縛できる兵士などこの世界でも少ないだろうが。
ちなみに俺の作戦を聞いたゴッドリーブは、目を細め、驚愕の表情をし、ぽつりとつぶやく。
「……まさしく謀略の王だな。魔王殿にはこの世のことわりがすべて見えるのか」
と驚いていた。
なにも聞いてないジャンヌは、
「魔王はすごいの」
と無邪気に追従していた。
無論、そんなわけはなく、あらゆる可能性を考え上げ、布石を置いているだけなのだが、他者の目には神がかって見えるらしい。
こうして布石を打った俺は、軍の出立を宣言する。
「出立はいつですか?」
「約束ではディプロシア王国が魔王エリゴスの領土を侵攻してからだ」
「それはいつだい?」
歳三は尋ねる。
「俺が潜り込ませておいたスパイ・スライムの報告によれば、準備は整っている。明後日にはエリゴス領に進行するのではないだろうか」
「ならばその間、兵士を休ませるか」
「そうだな、鬼の副長殿は容赦がない。兵士も疲れているだろう」
「違いない。出立までのあいだ、酒を解禁してもいいか?」
「いいぞ。この街に家族がいるものは家に帰してもいい」
「そいつは気前がいい」
「一度、戦闘が始まれば、なかなか戻ってこれないからな」
「なかなか、ね……」
歳三は意味ありげに無精ひげを撫でる。
なかなかどころか永遠に戻ってこられない可能性もある、歳三はそう言いたいのだろうが、あえて言語化しなかったようだ。
歳三は妓楼に行ってくる、と、つぶやくと色町に向かった。
イヴは行政の手続きの書類、それに俺の身の回りの世話で忙しいらしく、東奔西走している。いつか彼女にも休暇を与えねば、と思った。
ゴッドリーブは留守役として、留守部隊のドワーフたちと協議をしている。
俺の秘策を実行するための『工事』の準備も指示しているようだ。
やはり彼のような優秀な行政官を得られたことは大きい。
異世界にある中国という地域。
そこに歴史上最大規模の帝国を打ち立てた『漢』という国がある。
その始祖は劉邦という冴えない親父であった。
彼はライバルである項羽の数分の一の実力もなく、将としては無能だった。
陣頭に立てば必ず負ける、と言われるくらいに。
そんな男が最終的には項羽という強力な武将を倒し、漢帝国を築いた。
それは劉邦が自身の無能を自覚し、部下に自由な裁量を与えていたからだ。
武力に関しては、国士無双と謳われた韓信を。
知略に関してはかの曹操にも一目置かれた張良を。
内政、補給に関しては蕭何と呼ばれる男を重用した。
漢の皇帝となった劉邦は、戦後、第一の功臣は誰かと問われ、上記の武将を上げたが、その中でも一番はと問われ、蕭何を上げたという。
国士無双の働きをし、国々を平定した韓信でもなく、謀略を張り巡らし、天下統一を助けた張良でもなく、城に籠もり、前線に兵糧を送り続けた蕭何こそ、功臣の中の功臣と宣言したのである。
それは補給や内政がいかに大事か、周囲のものに知らしめるための差配であったが、蕭何のような人物の価値を知っているものこそ、天下を得るに相応しい王となる。
俺が大魔王になれるかは定かではないが、俺は蕭何を得たいと思っていた。
いや、すでに得ていた。
俺にとっての蕭何は、イヴであり、ゴッドリーブであった。
彼ら彼女らが、後方にいて、城を守り、補給物資を前線に届けてくれるからこそ、俺や前線の指揮官は安心して戦えるのだ。
この城には国士無双の指揮官がふたりもいる。
あとは張良だけであるが、それは俺がなるか。
現実主義者である俺は小賢しい作戦を考えるのが大好きであった。
無論、俺ごときが謀聖と呼ばれた張良と比肩するとは思えないが、それでもその分、部下が優秀だ。漢の高祖にはなれないにしても、この世界において一花咲かせるくらいできるのではないか、そう思っていた。




