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大国ディプロシアからの使者

 人間の兵士たちの訓練が始まると、その熱気が伝わってくるかのように熱くなった。


 そのことをイヴに話すとくすくすと笑われる。


「御主人様、それは熱気ではなく、夏が近づいてきたのでございます」


「ああ、そうか。この世界にも季節はあるのか」


 四季のない世界や地域もあるから失念していたが、もうじき夏か。


 ということは城外の農場で採れた作物が市場に出回るころだな、と口にすると、イブはさっそくそれを持ってきてくれた。


 メロンである。


 イヴはメロンを半分に切ると、種を取り、くぼみに練乳を入れてくれる。

 なんという甘露だろうか。


 氷魔法で冷やしたのだろうか、ほどよく冷えている。


 とても旨い。


「イヴは料理の天才だな」


「お世辞がお上手ですね」


「お世辞ではない。真実だ」


「そう言って頂けると腕の振るい甲斐があります」


「しかし、毎日美味しい料理を食べさせてもらっているが、それも農場あってこそだな」


「農夫たちの労働の結晶です」


「その結晶をさらに増やしたいな」


「それは良い考えかと」


「この世界には二毛作はあるのか?」


「二毛作とは同一の耕地に二種類の作物を植えて、畑が疲弊しないようにするのですよね」


「その通りだ」


「ならばあります」


「それでは四圃輪栽式農法は?」


「それは聞いたことがありませんね」


「ならば新しい農場で実験をしよう」


 と提案する。

 四圃輪栽式農法とは、ノーフォーク農法と呼ばれている異世界の農法だ。

 イギリスのノーフォークという場所で発明されたらしい。


 二毛作の上位版で、畑を四つの区画に割り、それぞれに、小麦、カブ、大麦、クローバーとローテーションをさせ植える。


 その方法を聞いたとき、イブはきょとんとする。


「麦はパンに。カブはそのまま食べられますが、クローバーは食べられませんよ?」


「人間はな」


「と申しますと?」


「家畜の餌にするんだよ」


「なるほど、牛、豚、羊に食べさせるのですね」


「そうだ。そうすればよく肥えた肉が市場に流通するぞ」


「さすがは御主人様です。さっそく、試しましょう」


 とイヴは実験農家と契約をし、試す。

 食物の生育が早まる秘薬を使うから、効果を確認するのは通常よりも早い。

 数ヶ月後には有意なデータが出るだろう。

 もしも有意なデータが取れたら、この農法を農場全体に広めるつもりだった。

 さらに税収がアップするだろう。

 今から楽しみであるが、それはイヴも同じようだ。


「御主人様はカブはお好きですか? わたくしは大好きです。ああ、早く御主人様のためにカブのスープを作って差し上げたい」


 それは楽しみである、と彼女に伝えると、内政モードから切り替わる事態が訪れる。


 ゴブリンの伝令が血相を変えて飛び込んできたのだ。


「どうしたのだ? ゴブリンよ」


「魔王様、大変です。隣の大国、ディプロシア王国からの使者がきました」


「そいつは大変だ」


 と、あまり大変じゃなさそうに言うと、使者を謁見の間に通すように指示した。

 ゴブリンが去るとイブがささやいてくる。


「ディプロシア王国は西の大国です。そのような国がなに用でしょうか、嫌な予感がします」


「吉報ではないだろうが、だからこそ話を聞かねば」


 吉報は先延ばしできるが、凶報は待ってくれないのである。


 ここで使者を追い返してもなんの解決にもならないどころか、外交的にも戦略的にも最悪の一手となるだろう。


「というわけで、使者をもてなす準備をはじめてくれ」


「かしこまりました。もてなし度はどうされますか?」


「そうだな、取りあえずBくらいで」


「御意」


 もてなし度とは、もてなしのランクで、Bが通常のもてなしだった。

 Aはサキュバスなどを使っての接待もするもてなし。

 Sは国賓として都市総出でもてなす。

 ディプロシアは大国であるが、最初から下手では舐められる可能性もある。

 まずは相手の真意、なにを求めてるのか探るべきだろう。

 もしも敵対するのであればそのまま帰す。

 ただ様子を見にきただけならば、サキュバスなどをあてがって籠絡すればいい。


「さて、ディプロシアの王はなにを考えているのかな」


 そうつぶやくと、外交用の衣服に着替え、謁見の間へと向かった。





 外交の間にはすでに使者がいた。

 若い騎士だ。

 これはやりやすい、と思った。

 若い騎士ならばサキュバスで籠絡しやすいと思ったのだ。

 ただ、今回はその必要はなさそうであった。

 ディプロシアは敵対ではなく、協力を求めていたからである。

 若い騎士は得々と語る。


「昨今、西域に根を張り、住民を捕まえ、死霊魔術の実験に使っていた悪の死霊魔術師がいるのをご存じか?」


「…………」


 一瞬、沈黙したのはシャールタールを倒したことを宣言してもいいか迷ったのだ。

 しかし、悪逆非道の魔術師を倒したことを隠す必要はない。

 ここで嘘をつけば俺も魔王エリゴスのような男と思われかねない。

 正直に言う。


「その死霊魔術師は俺が倒した。なにか問題でも」


「問題などはありません。あの魔術師は我が国の元宮廷魔術師、同僚を殺して魔王エリゴスに寝返った大罪人。よくぞ倒して頂きました」


 騎士は深々と頭を下げる。

 大国の騎士らしからぬ謙虚さであった。

 清廉そうな人柄でもある

 このものにはサキュバスの接待は効かぬかもしれない。

 そんなことを思っていると、騎士は単刀直入に尋ねてきた。


「我が王はシャールタールを討つおつもりでしたが、先に魔王アシュタロト殿が討ち果たしてしまった。王はそのことを喜んでいますが、王の怒りは収まりません。ですのでシャールタールを操っていたエリゴスを討伐しようという話が持ち上がりまして」


 その言葉を聞いてイヴはほっと胸をなで下ろしているようだ。

 少なくともディプロシア王国との対立は避けられそうである。


「そこでお願いなのですが、魔王アシュタロト軍にも共同でエリゴス攻めに参加してほしいのです」


「……我が軍にですか?」


「昨今、隆盛の勢いを誇る魔王軍に参加して頂ければ、エリゴスとて敵ではありますまい」


「たしかにそうかもしれませんが」


 ここで安易に首を振るのは三流の王だろう。


 もしかしたらディプロシアの王は、以前、俺がサブナクとイスマリア伯爵を共闘させ、弱らせた作戦をそっくりそのまま再現する気かもしれない。


 そうなれば俺はこの世界の笑いものになるだろう。

 かといって大国の願いを安易に断るわけにも行かない。

 ここは折衷案としてこうすることにした。

 俺は平身低頭に下げ、窮状を訴える。


「我が軍はたしかに倍増いたしましたが、まだまだ弱卒。エリゴスにはかなわないでしょう。ですが、ディプロシアの騎士団が西域から彼の領地を突いてくれればなんとかなるかもしれません。その隙に敵の城を攻略いたします」


 その提案をしたとき、言下に断られるかと思ったが、そうはならなかった。


「よろしいでしょう。その代わり西域の領地はいただきますよ」


「結構です。我々は魔王城と素材さえいただければ」


 こうしてディプロシア軍との共闘作戦が決まった。


 同盟文書は作らず、口頭での約束であるが、若い騎士は、自身の名誉にかけて約束を履行すると誓う、と言ってくれた。


 この若者の言葉は信頼できそうであった。

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