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偏屈な武器屋の老人

 難民キャンプとは反対の区画にある城下町。

 そこは古くからある区画で、俺がこの世界に誕生した瞬間から存在した。

 いや、イヴに言わせれば先代の魔王の時代からある由緒ある古都だそうだ。


 そんな古都の一角にある古い武器屋、そこにかつてゴッドリーブが鍛えた火竜の尻尾。ファイア・ドラゴン・アックスがあるらしい。


 そんな情報を持ってやってきたのだが、その武器屋はうらぶれていた。

 かつては流行(はや)っていただろう面影は、店の大きさしかない。


 看板は黒ずみ、文字を読み取れないし、店の扉は軋んでいるし、店に入るとかび臭い匂いがした。


 そんな中、出迎えてくれたのは10歳くらいの少女だった。

 彼女は店のカウンターの奥から声を掛けてくる。

 小さい少女なのでカウンターの下から聞こえてくるようだった。


「いらっしゃいませ。お客様!」


 と、やけに愛想はいいが、カウンターの下なので顔は見れない。

 カウンターの前に立ち、のぞき込んでやっと顔が見れた。

 やはり小さな女の子だった。

 お下げをふたつ下げた亜麻色の髪の少女だった。

 彼女が店番なのだろう。店主に取り次ぎを頼む。

 頼んだが、彼女は難色を示す。


「店主とはおじいちゃんのことですよね? それは難しいかも」


「どうしてだ?」


「それはですね。うちのおじいちゃんは病に伏せていまして」


「なるほど、それはいたわしい」


 と同情を口にするが、それがよくなかったのだろうか、店の奥から怒声が聞こえる。


「誰がいたわしいだ。俺は病人じゃない!」


 と、杖をついて身体を震わせながらやってくる老人。

 どこからどう見えても病人にしか見えなかった。

 老人は俺たちをうさんくさそうな目で見つめる。


「なんだ、お前たちは」


 その言葉を聞いたジャンヌは、少し怒り気味に言った。


「このお方をどなたと心得る。このお方はなにを隠そう、この魔王城――」


 俺はそこでジャンヌの口を物理的に封じ黙らせる。


 城主であると明かした上で交渉するのも悪くはないが、あまり権道は用いたくない。


 穏やかにことを運びたかった。


「――俺の名は、アシトといいます。このふたりは旅の仲間。実はこの店に、火竜の尻尾と呼ばれる名工が鍛えた斧があるとか。是非、譲ってもらいたいのですが」


「なんだと、火竜の尻尾を知っているのか」


「ええ、噂に聞きました」


 老店主はうさんくさげに見つめてくる。

 しばらくなにか考え事をしたようだが、すぐに首を振る。


「駄目だ、駄目だ。お前たちに扱えるわけがない」


 と、首を振り、追い出そうとする。


「そこをなんとか譲ってくれませんか。金に糸目をつけない、とは言いませんが、市価よりも高く買います」


「金の問題じゃない。俺は武器の持ち手を選ぶ。その武器のポテンシャルを最高に引き出せるものにしか売らない」


「俺の連れは最高の戦士です」


「そんなの見れば分かる。でも、そっちの東洋人は刀の使い手だろ。それ以外、持ったことがないだろう」


 そうだな、と首肯する歳三。


「その華奢な身体であの大斧を使いこなせるわけがない」


「道理だ」


 と、あっさり納得する歳三。


 なんでも腰の銘刀和泉守兼定も、刀匠のところに通い詰めてやっと拝領した一品で、この老人の気持ちが分かるのだそうだ。


 お前は一体どっちの味方だ、そう言ってやりたかったが、沈黙によって節度を守る。


 すると攻撃がジャンヌに移る。


「そっちのお嬢ちゃんはもっと論外だね。あんたも剣使いだろう。斧は不得手のはず」


薪割(まきわ)りにしか使ったことがない」


 えっへん、と胸を張るジャンヌ。


「筋力もそっちのあんちゃんよりもない。絶対に使いこなせないね」


 あっちへいけ、というジェスチャーをする。

 ジャンヌはそれを受け入れるが、俺の背中に隠れる瞬間、老店主に舌を出す。

 こういうところは子供っぽい。


 英雄クラスの戦士が断られてしまったあとに自分が名乗り出るのは恐縮だが、俺に譲ってくれないか、と尋ねる。


 その言葉を聞いた老店主は、本日一番の不快な顔をした。


「……お前さんは戦士どころか、魔術師だろう」


 正確には魔王だが、これでも一応、武具も扱える。


「もしもその大斧を扱いこなせるようならば譲ってください。駄目ならば二度ときません」


「しゃらくさいことを言うじゃないか。いいだろう。チャンスは一回、俺の前で見事に斧を振れば譲ってやろう」


 と老店主は斧を持ってくる。

 ……ことはできないので、孫娘と土方、それにジャンヌが運んでくる。


「なんで俺がこんなことを……」


 と愚痴を吐く土方だが、こうも言う。


「この斧の重さは尋常じゃないぜ。普通の人間では持ち上げられない」


 老店主が譲らない、という理由も分かるそうだ。


「たしかに普通の人間には無理だろうが、俺は魔王だぞ?」


 歳三だけに聞こえるようにそう言うが、持ち上げる前に気になることがあったので、老店主に尋ねる。


「先ほどから気になっていたのだが、店の周りにゴロツキがいるぞ?」


「ゴロツキ? は!? まさか!?」


 老店主は店の入り口を確認する。

 するとそこにはいかにもといった商人と冒険者たちがいた。

 肥え太った商人は入ってくるなり、俺たちを無視して言う。


「おい、武器屋のじじい、いつになったら借金を払うんだ」


 老店主は言い返す。


「借金などない。少なくともお前には」


「だが俺の親父にはあっただろう。親父は返すのはいつでもいい、と言ったが、それは親父だけの話。俺の代になったからには耳をそろえて返してもらう」


 お前のようなじじいはいつ死んでもおかしくないからな、と、せせら笑う商人。

 物語に出てくる典型的な悪人に見えた。


 しかし、借金があるのは事実のようで、孫娘は震えながら、どうしよう、と言っている。


 俺は彼女に近寄ると、借金の額を尋ねる。


 孫娘は最初、言っていいのか迷ったようだが、ジャンヌが膝を折り、彼女と同じ目線になって話しかけると心を開いてくれた。さすがは聖女だ。


「……金貨200枚です」


「法外じゃないか」


 俺が驚くと、孫娘は抗弁する。


 「最初は金貨数十枚だったのですが、利子がかさんでしまって……。それに最初は本当に利子なしでいつでも返せばいいという話だったんです」


 孫娘は涙目で訴える。


「悪徳商人そのものだが、借金は借金だ。いいだろう。俺が払う」


 俺がそう言うと、歳三は懐から金貨を取り出し、それをカウンターの上に置く。


 用意してきた金貨は300枚であるが、それをすべて置くところは歳三の粋なところだろう。この少女と老人には借金を返してもその後の生活があるのだから。


 ただ、目の前にいるのは頑固老人、商人どもがその金貨に手を付けようとしてもきっぱりと断る。


「てやんでい。他人の世話にならない」

 

 さすがに腹が立ってきたので、声を張り上げる。


「これは商品の代金だ。正当な取り分だよ。火竜の尻尾は名工ゴッドリーブの遺作。金貨300枚の価値がある」


「…………」


「商品の価値は客が決めるもの。相場よりも高く買ってもいいだろう。それにこのままだとお前の孫娘は身売りだぞ」


 老店主は孫を見る。

 偏屈なじじいであるが、孫娘は可愛いようで、彼女を見ると改心したようだ。

 ただ、それでも装備できないものに売っても、といまだに未練たらたらのようだ。

 面倒な老人である。


 これはひとつ芸を見せるしかないな、そう思った俺は、火竜の尻尾を右手一本で持ち上げる。もちろん、魔法で筋力を強化してるが。


 それを見た悪徳商人たちは呆然としている。

 老店主にその孫娘も。


「店主よ、人を見かけで判断するのはよくない。俺だってこれくらいできる」


 そう言い切ると、俺はそのまま大斧を振り下ろす。

 悪徳商人めがけ。

 もちろん、彼らの足下だが。

 そこに大穴が開くと、商人は腰を抜かし、失禁していた。


「ひいっ」


 と鳴き声を漏らす。

 取り巻きもびびっているようなので、追撃する。

 にゅう、っと顔を近づけると、彼らに言った。


「ここは魔王アシュタロトが支配する地だ。彼は慈悲深く、不正を憎む王。お前らのような高利貸しが一番嫌いだ。悪いことは言わない。明日までに荷物をまとめてこの城下町から去れ」


 その言葉を聞いた商人の取り巻きは、剣を抜こうとするが、歳三が抜刀し、彼らのズボンのベルトを破壊すると大人しくなった。


 彼らはずり落ちるズボンを押さえながら逃げ出した。雇い主である商人を置いて。

 商人は泣きながら彼らの後ろに続く。


「……またつまらぬものを斬った」


 歳三は嘆くが、彼の剣技によってこの町が少し浄化されたのだ。

 それは誇ってほしいところだった。

 こうして俺は偏屈な老店主から火竜の尻尾を買い取った。


 偏屈な老人であったが、彼は別れ際に、

「……ありがとうよ、魔王様」

 と言った。


 正体に気が付かれていたようだ。それに最後の最後で少しデレてくれたことは嬉しかった。

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