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坑道に広がる地下街

 ドワーフの族長ゴッドリーブに案内され、ドワーフたちの避難所に向かう。

 隠し扉に、隠し岩戸、縦穴横穴を駆使し、進んでいく。


 途中、落とし穴や罠が仕掛けられており、それにはまって死んでいる魔物を多く見かけた。


「ここはドワーフたちの庭。ここならばどんな魔王にも負ける気はしない」


 ゴッドリーブは立派な顎髭を触りながら自慢したが、こうも続ける。


「しかし、その最強の陣地も食料がなければ砂上の楼閣よ。エリゴスの部下、この里を襲った死霊魔術師もそのことに気が付いて、力押しから封鎖作戦に切り替えた」


「死霊魔術師?」


「魔王エリゴスの副官、死霊魔術師のシャールタール。我が里を急襲した張本人よ」


 苦々しい表情で言う。


「あの男は最初、交渉にやってきた。この里で採れる鉱石を人間たちの倍の値段で買うと言ってきたのだ。それで喜び勇み、交渉場所に出掛けると、やつらは剣を出してきた」


「なんと卑怯な」


 俺は非常家ではあるが、残忍でも恥知らずでもない。

 ときに人は騙すが、そのような卑劣な真似はしない。

 純朴なドワーフを騙し討ちし、里を占領したところで長くはもたない。

 いつか反乱を起こされるか、徐々に逃亡され、離散されるか。


 あるいはシャールタールという男ならばドワーフを皆殺しにするかもしれないが、そのような暴挙は必ず他者に伝わる。


 魔王エリゴスは残忍にして恥知らず、という風聞が立てば、魔族以外の種族は寄りつかなくなる。


 食料や鉄鉱石や武器などは人間から仕入れることも多いのだ。

 補給なしに戦えると思っている魔王がいるならば、それはよほどの愚物である。

 禁を犯したエリゴスは愚物といえる。

 長期的に見ればエリゴスなど恐れるに足らない魔王であろう。


 だが、短期的にはどうか。

 ドワーフの里を襲撃し、住民をゾンビ化。鉱石も奪い取ったはずだ。

 なかなかに戦力が増強されているとみていいだろう。

 そんな魔王をどうやって倒すべきか。

 その前にこの四面楚歌の窮地をどうするべきか。


 迷うところであったが、迷っていると避難場所に着く。

 そこはなかなかに広い場所であった。

 それに想像したよりも街っぽかった。


「ここは我らの先祖がかつて住んでいた地下都市。今は鉱山夫たちが住んでいるが」


「なるほど、それにしても薄暗いな」


「我らドワーフは夜目が利くからな」


 と、ゴッドリーブは言う。


 お前さんたちには辛かろう、と街の広場まで行くと、街灯をともした。

 中央広場にある街灯は皓々と光る。

 魔力ではなく、炎のようだ。

 いったい、どういう仕掛けなのだろうか。

 聖女ジャンヌが疑問を口にする。

 ゴッドリーブの代わりに俺が答える。


「おそらくは地下から湧き出るガスに火を付けたのだろう。ガス灯というやつだな」


 そうですよね、族長?

 と尋ねると、彼は驚きの表情を浮かべ「そうだ」と言った。


「魔王は物知り。強いだけじゃないのね」


「前世では研究ばかりしていたからな」


 このような地下にはガスが溜まっている場合が多く、このようにガス抜き代わりにガス灯を設置することは多い。人間たちならば街まで配管を敷いて街灯にするところだが、地下の街に街灯を設置するのはいかにもドワーフらしかった。


「ガスは無限に湧き出るが、念のため、切っておった。いつエリゴス軍に発見されるか分からないからな」


「今ならば大丈夫よ、お爺ちゃん。魔王と私がいるから」


 不敵な笑みを浮かべるジャンヌ。


 なかなかに頼もしいが、正攻法では勝てない、と思った俺は族長に奇策を提示する。


「族長、これから俺は奇策を提示します。かなり兵法の常道に反し、一歩間違えば大変なことになりますがよろしいか?」


「このままでは飢え死にをする。飢えて死ぬよりはましだ」


 見れば明かりにつられて集まってきたドワーフたちは皆、衰弱していた。

 ビール樽のような腹もへこんでいるし、筋肉も衰えているようだ。


 そしてなにより、ここ最近生まれたと思われる新しい生命。ドワーフの赤子が困窮していた。


 母親に栄養が行き渡らないので、乳が出ないのだ。


「このままでは遠からずこの里は滅ぶ」


 と断言する。

 悲痛な声で訴えるゴッドリーブ。


 聖女ジャンヌは哀れに思ったのだろう。持っていた干し肉を分け与えていた。

 イヴも魔族なのに人の心がある。

 あとで俺に食べさせようと思っていたクッキーを子供たちに与えていた。


 イヴは戻ってくると、

「申し訳ありません。御主人様のための茶菓子を与えてしまいました」

 と頭を垂れた。


「いいや、ここで俺に出されても困る。俺たちはまだ飢えていないし、子供の笑顔を見るのは嫌いじゃない」


 ドワーフの子供にはうっすらひげが生えているが、それでもクッキーを受け取り、食べたときの顔のなんと愛らしいことか。


 子供というものは種族問わず、尊いものであると思い出す。


 それにドワーフの子供たちは飢えているにも関わらず、小さなクッキーをきっちり等分すると、喧嘩することなく、皆でクッキーを分け合った。


 中には年端もいかない妹にすべて分け与えている兄もいる。


 そんな光景を見せられてしまえば、のんきにしている訳にもいかないし、早くこの困難な状況を脱したくなる。


 なのでゴッドリーブにドワーフの若者を集めさせる。

 作戦の概容を話すのだ。

 ドワーフの若者たちが集まると、自然と酒盛りが始まる。

 ドワーフたちはどのようなときでも酒をたしなむのだ。


 たとえ、明日、自分が死ぬとしても、いや、明日、自分が死ぬからこそ酒を楽しむ。


 それが彼らの流儀だった。

 その流儀はとても真似できそうになかったが、半分だけ真似をする。

 酒が飲めないジャンヌに紅茶を注いでいるメイドにこんな注文をする。


「俺の紅茶には砂糖ではなく、蒸留酒を入れてくれ」


 その急なオーダーにもイヴはしっかりと答えてくれる。


「わかりましたわ。御主人様」


 とドワーフたちからラム酒を分けてもらうと注いでくれた。

 紅茶の香りとラム酒の香りが入り交じり、なんともいえない香りになる。


 激闘を繰り広げ、地下迷宮をさまよったあとに飲むそれは、なによりものご馳走だった。


 願わくはエリゴス軍を駆逐したあともこのように旨い酒が飲みたいものだ、と思った。

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