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ドワーフ族の族長ゴッドリーブ

 穴に入ると、老人は懐から円形の黒い瓶のようなものを取り出した。


「これは火薬といってドワーフ族のごく一部しか製造法を知らない秘薬よ。これを筒に詰めて火を付けると爆発する」


「爆弾というやつだな」


「詳しいな、おぬし」


「色々と研究好きだったものでね」


 イヴからこの世界にはまだ銃はないと聞いていたが、火薬はあると思っていた。


 錬金術が発達しているようだし、火薬はとうの昔に発明されていてもおかしくない。


 ただ、それが発展し、銃という形にならなかったのは、やはり魔法が発達しているからだろうか。


 銃の強力な一撃を再現できる魔法は、科学の発展を大いに遅らせているようだ。

 そんな考察をすると、老人は爆弾に火を付ける。

 導火線がちりちりと鳴った。


「離れろよ、すぐに爆発する」


 爆弾の威力は想像が付く、ジャンヌとイヴを下がらせると、彼女たちを外套で守る。

 数秒後に爆発した爆弾は想像通り爆風と粉塵をもたらした。


 土煙によって彼女たちを汚さずに済んだが、老人はなぜか俺の前にいて、もろにかぶっていた。


 彼は土埃にまみれた顔をこちらに見せるとにかりと笑った。


「どのように爆発し、どのように穴が崩れ去るか、見ておきたかった」


 と、頭に付けたゴーグルを外す。

 そこで初めて彼は挨拶する。


「初めまして、かな。ワシの名はゴッドリーブ。土のドワーフ族の族長だ」


「ドワーフの族長!?」


 これは驚いた。願ったり叶ったりとはこのことだ。

 ここまでやってきたのは彼と会うためなのだから。

 改めて彼を観察する。

 白髪の髪に立派な白いひげ。それにビア樽のような体型。

 たしかに童話に出てくるようなドワーフにそっくりな姿形をしている。

 しかし、腹が出ていることと、手足が短いこと以外、人間と変わらない。

 ドワーフと人間を見分けるのはなかなか難しそうだ。

 ゴーグルをかぶったドワーフは、ゴーグルを頭にやると言った。


「ところでおぬしとそこのメイドは魔族、金髪の嬢ちゃんは人間のようだが、おぬしたちは魔王軍のものか?」


 ここで隠し立てするのは不義理だし意味はない。


 そう思った俺は、

「その通りです。ですが、俺たちが望んでいるのはエリゴスのような支配ではない。協力です」

 と正直に目的を伝えた。


「協力?」


「ただいま、俺の城は拡張中なのです。世界中からあらゆる種族が集まるような街を建設中です。その街作りにドワーフたちに参加してもらいたく、協力を願い出にきました」


「なるほど、そういうことか。素晴らしい案だな。この世界に魔王が途絶えたことがないが、おぬしのように人間や亜人と共存を望む魔王は少ない。気に入った。是非、協力させてもらおう」


 老人は破顔するが、すぐに肩を落とす。


「……と言いたいところだが、おぬしも見てわかっているだろう。この土の集落はエリゴスの侵略を受けている。やつらに奇襲され、多くの仲間が殺された」


「全員亡くなったのですか?」


「半分、この坑道に逃がすことに成功した。この坑道は迷路、それに先ほどのように爆弾もあるから、奥まで立ち入ることはできないが、問題がある」


「問題とは?」


「それは食料だ。水は地下水があるから大丈夫だが、食料の備蓄がな。元々、この坑道はドワーフの仕事場。籠城は想定されていない」


「なるほど」


「だから時折、抜け道を使って外に出て食料を集めているのだが、それにも限界はある」


「あと、どれくらい持つのでしょうか?」


「そうだな、一週間といったところか」


「ドワーフの戦士は何人残っていますか?」


「土のドワーフは温厚な種族。専属の戦士はほとんどいない。ただ、鉱夫ならばいる。彼らのツルハシは竜の鱗さえ通すだろう」


「力持ちということですね」


 イヴがまとめる。


「そのようだ。実戦経験がないのが気になるが、この際、贅沢は言っていられない」


「たしかに」


 俺はイヴとジャンヌを交互に見つめると、彼女たちに確認する。

 この老人の、いや、ドワーフ族の味方をし、戦うが、いいか?

 彼女たちに目線で尋ねると、それぞれに了解してくれた。

 イヴは慎ましやかに頭を下げる。

 ジャンヌはこくりとうなずく。

 イヴは忠誠心、ジャンヌは神に仕えるものとしての慈悲が賛同の源となっていた。


 こうして方針は決まったが、問題はそれをこの老人が受け入れてくれるか、である。


 いや、受け入れてはくれるだろうが、問題なのは、俺の指揮下に入ってくれるか、だった。


 エリゴスの尖兵どもを蹴散らすのは可能であろうが、それはドワーフの男たちが協力してくれる、という前提が必要であった。


 この老人、ドワーフの族長ゴッドリーブは俺に指揮権を委ねてくれる度量があるだろうか。


 俺を信頼してくれるだろうか。

 それが気になる。

 気になるが、気になっているだけでは物事が進まない。

 彼に直接尋ねることにした。

 単刀直入に。


「ゴッドリーブ殿、失礼を承知で申し上げます。俺はこの危機を、ドワーフ族の民を救う自信があります。それにはドワーフ族の男たちが一致団結して俺に従ってくれる、という条件が必要です。これから提示する作戦に従ってくれますか? 族長であるあなたも」


 伝承ではドワーフ族の自尊心は高く、花崗岩よりも頑固であるとのことだが、この老人はどうであろうか。


 難色どころか、言下に断られる可能性もある。

 その場合はあっさりと見切りを付け、ここを去るのも手である。

 俺は現実主義者だ。

 頑固な老人を介護するのが仕事ではなかった。

 柔軟な発想を持てないような族長と協力してもなにも益はない。

 そんな冷徹なことを考えたが、ドワーフの族長は有能な男だった。


「先ほどの悪魔との戦い。見事であった。もしも貴殿が指揮を執ってくれるのならば、ワシの指揮権をすべて譲ろう。もしも若いドワーフどもが従わないのならば、鉄拳制裁を加えるので、遠慮なく申し出てくれ」


「……それはありがたい」


 言葉が遅れたのはこの老人のことを一瞬でも疑ってしまったことを恥じたのだ。


 ゴッドリーブというドワーフの族長は、エリゴスの奇襲を受けたあとも冷静に民を誘導し、坑道に逃がし、その後、何週間も侵攻を食い止めるような男だ。


 見事な戦略眼を持っているのだろう。


 そのような男が協力してくれるというのであれば、エリゴスの尖兵を倒すのも不可能ではない。


 そう思った俺は、さっそく、戦略や謀略を練り始めるが、ゴッドリーブに笑われる。


「戦略を練るのは結構だが、このような狭いところでは窮屈だ。ドワーフの民に援軍がきてくれたことも説明したいし、坑道の奥にある集落を案内しよう。最強の魔王を民に紹介したい」


「恐縮です」


 失念していたが、このような真っ暗で土埃が舞う場所に、うら若き乙女を置いておくのも紳士的ではないだろう。


 灰燼は人体に悪影響があるのだ。


 魔王である俺は耐えられても、人間であるジャンヌ、か弱いイヴにはきついはず。

 それに先ほどの戦いで疲れを感じている。


 ドワーフの集落は食べ物は豊富ではないらしいが、水はたっぷりあるという。

 それを沸かしてイヴが持ってきた茶葉で紅茶を飲むのも悪くない。

 そう思った俺は、ドワーフの族長に案内されながら、坑道を潜った。

 坑道はまるで迷路のようである。

 エリゴスが攻めあぐねている理由が分かったような気がした。

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