ドワーフの里に到着
アシュタロト城から西方に歩くこと数日、ドワーフの里が見えてくる。
遠目から眺めると、そこは町というより集落だった。
粗末な石積みの家が数軒見える。
皆、藁葺き屋根か、トタン屋根だ。
町ではなく村かな、そんな感想が漏れ出るほど貧相な町並みだった。
「ドワーフには優秀な建築士が多いんじゃなかったのか?」
医者の不養生、紺屋の白袴、ということわざを思い出す。
「あのドワーフの集落はあまり裕福ではありません。それにドワーフは自分たちを飾り立てるのに興味がない人種です」
「なるほど」
「それにこの集落は鉱山が産業。家にはあまり帰らないようです。鉱山の中に別宅があるのでしょう」
「なるほどね。でも、鉱山まで出向くのは面倒だ。外にある住居に尋ねたいが……」
「どうかされましたか? 御主人様?」
「いや、奇妙だと思ってな」
「奇妙、でございますか?」
「ああ、いくら鉱山夫が多くても、女子供はあの家に住んでいるのだろう?」
「おそらくは」
「昼時だというのに家から煙が出ていない。ドワーフの女は竈を使わないのか?」
「まさか、ゴブリンではありませんし」
「ならばあの町はもぬけの殻と言うことになるが、……ん?」
最初に気が付いたのは俺の目であったが、最初に行動に移したのはジャンヌ・ダルクであった。
彼女は背中から剣を抜くと言った。
「魔王、どうやらあの集落はすでに滅んだみたい」
「それは早計だが、敵が出てきたのはたしかなようだ」
見れば悪魔と呼ばれる下位のレッサー・デーモンが二体、こちらに飛んでくる。
彼らの足下には力なく歩く死体がいた。
いわゆるゾンビだ。
しかもただのゾンビではなく、ドワーフのゾンビだった。
「……下衆なことをする」
思わず唾を吐きたくなったが、我慢をし、状況を推測する。
「どうやら、ドワーフの集落はなにものかに襲撃されたようだ。住人は殺され、ゾンビにされた、というところだろうか」
「むごいことをする」
とジャンヌは心を痛めていた。
「それには同意だが、祈りを捧げるのはあとにしてくれないか。今、必要なのはあの悪魔どもを駆逐することだ」
「同意」
とジャンヌは言うと、剣を握る拳に力を込める。
イヴはやや後方に下がり、いつものように短剣を取り出す。
もしもなにかありましたら即自害します!
御主人様には迷惑を掛けません!
とは立派な心がけであるが、些細なことでいちいち自害されてはかなわない。
ただ、言っても聞かないタイプなので実力によってどうにかする。
つまり、イヴに被害が及ばないうちにデーモンとゾンビを倒すのだ。
デーモンは2体、強力な魔物であるが、俺とジャンヌならばどうにかなるだろう。
ゾンビの数は10体ほどいたが、これしきの数に後れを取るならば、俺は大魔王になるどころか、半年も魔王城を維持できまい。
こんなところで苦戦するわけにはいかないのだ。
短縮詠唱で《火球》の魔法をふたつ同時に作り上げると、それを交互に投げた。
デーモンとゾンビの一団に。
デーモンの一匹はそれによって撃墜できたが、命までは奪えなかったようだ。
憤怒の表情をし、復讐を誓っている。
一方、ゾンビの集団に着弾した火球はよく燃え上がっていた。
さすがゾンビはよく燃える。
ドワーフの脂肪が格好の燃料となっているのだろう。
もしかしたら死の直前に飲んだ蒸留酒が燃料になっている可能性もあるが。
そんな不謹慎な感想を漏らすとジャンヌは颯爽と走っていた。
ゾンビの集団を斬り伏せながら、地に落ちた悪魔を狙うようだ。
彼女は魔法が使えないから、空に逃げられる前に翼を切り裂いている。アホの子に見えてなかなか頭が回るようだ。
ならば俺は、空を飛んでいるデーモンを相手にすべきか。
《浮遊》の魔法を唱えると、上空にいる悪魔と対峙する。
一応、共通言語で語りかける。
「貴様らはなにものだ。ドワーフの集落になにをした」
悪党ほど語る。
悪魔は共通言語で答えてくれた。
「我々は魔王エリゴス様の配下。ドワーフの集落は我々が支配している」
「支配? 破壊の間違いではないのか? 住民をゾンビにしやがって」
「抵抗するものは殺し、死霊魔術師のシャールタール様にゾンビにしていただいただけよ」
「それを悪党、というんだよ」
腹が立った俺はこいつを瞬殺することにした。
呪文を唱える。
この魔法は強力であるが、呪文の詠唱に時間が掛かるのが玉に瑕だった。
その間、無防備になるが、それはなんとかする。
体術もそこまで不得手ではない。
「闇に生まれし精霊の吐息、
凍てつく風の刃となり、相手を封じよ!」
《吹雪》の魔法を唱える。
俺がこの呪文を詠唱できたのは、体術によって相手の攻撃をかわしたということもあるが、部下のお陰でもあった。
見れば地上のゾンビを掃討し、デーモンの首を打ち落としたジャンヌが、地上から援護してくれていた。
彼女は討ち取ったデーモンの首を容赦なく上空に投げる。
デーモンの首自体には威力はないが、生き残ったデーモンを怯ませる効果があった。
悪魔のような姿をしたデーモンであるが、同族を殺されるのは恐ろしいと見える。
ひい、と表情をゆがませ、おののいた。
俺はその瞬間を見逃さず、呪文の詠唱を完結させ、《吹雪》の魔法を喰らわせる。
純度の高い魔力、正確な詠唱によって作られたブリザードの嵐は、一瞬でデーモンを包み込み、黒い肌を白くさせる。
デーモンはそれから逃れようとするが、俺の魔法の追尾性能は尋常ではない。
翼はすぐに凍り、デーモンは地面に落ちる。
そのままデーモンは氷付けとなる。
氷壁によって封じ込められたのだ。
それを見てジャンヌは感嘆の声を上げる。
「魔王はすごい……、最強の魔術師だ」
この氷は永久氷壁でないのでいつか溶けるが、それでもそのころにはデーモンの細胞は完全に壊死し、死に絶えていることだろう。
ドワーフを襲い、彼らの生命を弄んだ悪魔には丁度いい最後である。
もしもドワーフの生き残りがいれば、唾でも吐いてもらいたいところであるが、それは実現しなかった。
悪魔と動く死体を倒した俺たちであるが、ド派手に戦いすぎた。
俺は魔法を連発してしまったし、ジャンヌは地面をうがつほど剣を振るった。
敵がこの騒ぎを見逃すはずがない。
見れば奥のほうからぞろぞろとゾンビが湧いてきた。
それを指揮する魔術師と悪魔の姿も十数体見える。
「これは多勢に無勢だな」
俺の魔力とジャンヌの剣技が揃えば、一騎当千であるが、それでもあの数には勝てないだろう。
そう思った俺は引くことにした。
それを見たジャンヌは不服そうに言う。
「魔王、逃げるの?」
「逃げるのではない。戦略的撤退だ」
「よく分からない」
「ならば俺を信じろ。異世界の東洋には三十六計逃げるにしかず、という言葉がある」
「分かった。でもどうやって逃げる?」
「そりゃあ、来た道を反転して、すたこらっさっさ、と――」
言いかけた言葉をとめる。
振り返るとそこにはすでにゾンビの大軍がいた。
俺としたことが戦いに夢中で気が付かなかったようだ。
イヴが襲われ掛けているので、《火球》の魔法で焼き払うが、焼け石に水だった。
それくらい数が多いのだ。
これはやばいな。
俺だけならば突っ切って逃げられるが、ジャンヌやイブがいれば話は別だ。
これは詰んでしまったかもしれない。
チェス盤に無限に湧く兵士、こちらは王と女王と僧侶しかいない。そんな状況だ。
さて、どうするべきか、と悩む。
俺が血路を開いて婦女子ふたりを逃がすのが順当だろう。
というかそれしか方法がないと思ったが、救いの手は思わぬところから現れる。
先ほどまで小岩だと思っていた岩が、ぱかりと開くと、その中から白髪の老人が顔を出してきた。
彼は言う。
「お前たちがエリゴスに敵対するものだとは分かった。そして強大な力を持っていることも。ここでその命を散らすのは惜しい。是非ともワシと一緒に地下に潜り、協力してやつと当たってほしい」
「命を助けてくれるのか?」
「タダではないがな」
老人はうそぶく。
気に入った。この期に及んで善人面して助けられるよりも何倍も良い。
それに魔王エリゴスと敵対するのは決まったようなものだ。
この老人の助けを借りてもなんの問題もないだろう。
そう思った俺はまずはイヴ、次にジャンヌを穴に入れると、そのまま地下に潜った。




