蟻の姫、アリーシア
玉座の間から各地の様子を見る。
まず最初の穴はこちらが優勢だった。コボルト忍者のハンゾウが善戦していた。風魔の小太郎がやってくると圧倒する。
風のように蟻を斬り、鬼のように脚をねじ伏せる。戦国の忍者の貫禄を見せつけてくれた。
このまま時間が過ぎれば、彼は蟻を駆逐し、穴を埋めるだろう。
続いて北部であるが、これは押されていた。人狼のブラウデンボロは人狼の勇者であるが、蟻側も精鋭部隊を配置していた。
羽根蟻などが多数見られる。このままでは戦線が崩れる。そう思った俺は彼ら援軍を送る。
ロビンの担当する西部は、膠着しているが、やはり押されていた。彼が指揮するのは弓兵。弓兵は中距離を得意とするため、懐に入り込まれた状況で戦うのは不利であった。
さらに組織されたばかりで戦いに不慣れであった。ただ、指揮官であるロビンはさすがで、不利な状況下でも鬼神のごとき働きをする。
矢を二本、同時につがえると同時に放ち、両方命中させる。
接近戦を挑む蟻にはそのまま矢を突き立て、ショートソードで突き刺す。まるで闘牛士のように蟻を扱う。
一方、東部のジャンヌはやや優勢だった。彼女の持つ聖剣ヌーベル・ジョワユーズから放つ剣閃は次々と蟻を切り裂く。
そもそも彼女は一体多数をもっとも得意とする英雄だった。そういう意味では数を頼みとする蟻と相性がいいとも言える。
さて、ここまでは総合するとこちらが押されているが、南部戦線はどうだろうか。
魔法の映像によって確認する。
土方歳三が担当する南部戦線は互角の戦いだった、歳三の部隊は魔族と魔物、人間、亜人の混成部隊。強力な兵が多く、精鋭だった。
なので歳三が特に指揮をしなくても敵兵と戦えている。
ただ、歳三も意味もなく、指揮をサボっているわけではなかった。
歳三のいる南部戦線には強敵がいたのだ。
その強敵は人間の兵の集団を率いていた。皆、日本刀で武装したサムライだった。
その集団を率いているのは、キツネ面を付けた老人だった。
神はまるで両者を引き合わせるかのように同じ戦場に導いたのだ。
これには運命論を信じない歳三もにやりとする。
「神など信じたこともなかったが、この戦いが終わったら、自分の部屋に神棚を作る」
「おれは神社を作るよ」
両者、軽口を叩くと、そのまま必殺の一撃を放つ。
ものすごい音が響き渡ると、つばぜり合いを始める。
「すごいじゃないか、爺さん、俺の一撃を防ぐとは」
「抜かせ。若造には負けない」
ふたりの剛剣は互いに剣を砕こうとするが、実力が伯仲しているため、そうはならない。
長いつばぜり合いが続く。
その隙を見て、軍団蟻であるハイブ・ワーカーと、歳三の部下の傭兵が迫ってくるが、互いに互いの部下を同時に斬る。
「三下の出る幕じゃない!」
「勝負に水を差すな!」
両者の凜とした声が響き、ふたりの部下が血しぶきを上げると、以後、両者の勝負を邪魔するものはいなかった。
両者の戦いはまるで神話の一コマのように続く。
数十合の打ち合いが続くが、一撃として見逃すことのできない見事な剣裁きだった。
このまま永遠に観賞していたかったが、そういうわけにもいかない。各種、戦線を同時に把握し、手薄なところに兵を差し向けるのが俺の仕事だった。
しかし、俺が北に兵力を指し向けると、地下から蟻の増援が増える。
西に差し向けると西にも増える。そんな状況が延々と続く。
どうやら地下で同じような作業をしている男がいるようだ。
「華麗にして一分の隙もない。用兵学の教科書のような采配だ」
敵将に賛辞を惜しまない。俺と同じように苦虫をかみつぶしたような顔で戦況を見守る老人の姿を思い浮かべる。
「兵の采配はほぼ互角。ならばあとは兵の数と質だが――」
今のところそれも互角のようだ。一進一退が続く。しかし、わずかだが、ほんのわずかだが、向こうの方が優勢なのはやはりハンニバルが指揮しているからだろう。
このままでは負ける。素直にそう思ったが、卑下したり、嘆くこともなかった。
負けつつあったが、まだ負けたわけではない。兵の采配で敵わなければ、謀略で勝てばいいのである。
現実主義者の魔王である俺は、ハンニバル・バルカを倒す幾通りもの謀略を練った。
――その数65536種。一瞬にしてそれだけのパターンを考え尽くすと、その中から一番効果的な謀略を選び出し、それを実行することにした。
地下であぐらをかき、地上の様子を確認するのはハンニバル・バルカ。異世界最強の将軍と恐れられた男。
彼は魔法の映像を見ながら、的確に増援を送っていた。
蟻の軍団は精強であるが限りがある。一兵も無駄にしないように指揮したかった。
それにこの戦いが終わってもハンニバルはまだ戦わなければならない。
今は蟻の女王アリオーシュに従っている振りをしているが、そろそろ代替わりしてもらうつもりだった。
女王アリオーシュの娘であるアリーシアに女王についてもらうつもりだった。そのためには直属の兵を活かし、女王の息の掛かった兵に捨て駒になってもらうつもりだ。
我ながらあくどいとは思うが、それもすべて主のためであった。
その主が話しかけてくる。
人の形、無垢の結晶のような少女の姿をしたアリーシアは言う。
「ハンニバル将軍、戦況はどうでしょうか」
その姿を見たハンニバルは驚く。
「姫、なぜ、このような場所に」
「お母様の命令です。他の姉上も各地の前線に出ています」
「アリオーシュ女王がそのような命令を」
「我が娘ならば前線に立て! 蟻どもと苦労をともにせよ、とのことです」
「都合の良いときだけ娘ですか」
アリオーシュには77人の娘がいるが、その立場は羽根蟻に毛が生えた程度であった。蟻の女王に人間のような愛情はない。
「それも仕方ないこと。わたしは末娘ですし、お母様のために働かなければ」
「アリーシア様、何度も言いますが、そのような気持ちは無用。アリオーシュ陛下にはいつかその行いを悔いてもらいます」
「それは駄目です。母上の命令は絶対です」
そう言い切るアリーシアの瞳に嘘はなかった。この娘は冷酷なアリオーシュを敬愛していた。母親だと思っていた。向こうは77人いる娘のひとりとしか思っていないのだが。
おそらくは生来の優しさからくると思われるその親孝行なところは美徳だと思われるが、この世界では、いや、蟻の群れの中では不要な感情と思われた。
だがハンニバルは口にせず、ただ前線には出せないことだけを伝える。
アリーシアは従ってくれるが、その瞬間、部下から報告が上がる。
「ハンニバル様、魔王アシュタロトの本陣が動きました」
「本陣だと? 城から出たのか?」
「はい、かなりの兵を引きつれ、押され気味の北部戦線に投入するようです」
「なるほど、一気呵成に北部戦線を片付け、各個撃破する気か」
なかなかに良い作戦であったが、それは諸刃の刃でもあった。本陣から兵を割けば、その分城が手薄になるのである。
そしてハンニバルはその瞬間を見計らっていた。
「よし、今こそ、城を取るときだな。精兵を差し向ける」
「アシュタロト城にあるコアを破壊するのですね」
アリーシアが訪ねてくる。
「その通りです」
ハンニバルは無骨に微笑むと、それを実行した。




