知恵比べ
地中海世界一の天才軍略家、ハンニバル・バルカから軍団蟻の長の名前を聞いた俺。
それを城に持ち帰ると、軍議の間で仲間たちに伝える。
幹部たちはそれぞれの表情を浮かべると、それぞれに口にした。
「蟻の軍団は魔王の眷属だったのですね」
イヴの率直に総括する。
「一言で言うとそうなるな。アリオーシュという蟻の姿をした魔王が率いているようだ」
「ならばその女王を倒せば蟻の軍団は壊滅するのですね」
「ああ」
その言葉に人狼のブラウンデンボロが吐息を漏らす。
「それは良かった。今、イスマリアの城はひどいことになっているらしい。ほとんどの住人は城の中に連れて行かれて農奴にされるか、戦奴にされるか、食料にされているらしい」
痛ましいことだ、とスライムの幹部も続ける。
「ハイブの中で強制労働か。彼らを救ってやりたいが、まずはアシュタロト城の防備を固めたい」
「それなのですが、アリオーシュはこのアシュタロトにも攻めてきますでしょうか」
「確実に攻めてくるだろうな。やつらの食欲と繁殖力は旺盛、イスマリアだけでは足りない」
「ならば戦争は避けられませんね」
「ああ、ハンニバルとキツネ面の爺さんがきたことがなによりもの証拠だ。もはや戦争は避けられない」
問題は――と、続ける。
「問題とは?」
スライムのスラッシュが尋ねてくる。
「問題なのは、いつ、どこからやつらが攻めてくるか、だ。やつら街の地下に巣を作ってそこから攻め寄せるのが常套策と聞く。すでに地下に広大な巣が張り巡らされている可能性がある」
「いや、まさか、そんな、そのような大規模工事、気がつかぬわけがない」
「そうです。振動で気がつきましょう。心配しすぎです」
「同じ台詞をイスマリア伯爵も口にしていたはずだが、彼は今や冥界の住人だ。俺としては同じ轍は踏みたくないな」
俺の不吉な予言に皆が静まりかえるが、しばらくするとその予言は成就する。
してほしくはなかったが――。
忍者である風魔小太郎が、大扉を開け、部屋に入ってくる。
「珍しいじゃないか、正面からくるなんて。いつもなら変装して忍び込んでいるのに」
俺の皮肉に小太郎はものともしない。淡々と事実を口にする。
「アシュタロトの城下町に穴を見つけた」
「穴とはまさか、蟻の穴ですか?」
イヴは慌てふためく。
「この期に及んで別の穴のほうが驚きだよ。なるほど、どうやらアリオーシュはイスマリア攻略と同時にこの城も狙っていたようだな」
「ああ、穴からは蟻が大量に出てきた。今、俺の部下が抗戦している」
「ならばそこに兵を送って増援を。そしてすぐに塞ぎましょう」
「それは無駄だ。俺の部下は強い。蟻ごときには負けない」
だが――と小太郎は続ける。
「今、蟻の穴は城下町各地に開いている。そこから同時に蟻が出てきている」
「ならば同時に兵を割かねば」
俺が言うとイヴが反対する。
「なりません! 御主人様、やつらの狙いは御主人様の首です。おそらくやつらは我らが兵を分散させ、その隙にこの城にあるコアを破壊する気かと」
その言葉で幹部たちは俺の玉座の前にあるコアに改めて思いをはせる。
あれを破壊されれば俺は魔力を失うのだ。そうすればゲームオーバーだった。
しかし、俺は気にした様子もない。
「イヴの言葉はおそらく正しい。……いや、疑いようもなく正しいだろう。しかし、俺は不利を承知で兵を分ける」
「なぜです」
「それは民のためだ。今、この瞬間、彼らは俺に助けを求めている」
耳をすませば市民たちの叫びが聞こえてくるような気がした。
「敵の作戦、ハンニバルの作戦は明らかに陽動にある。俺が兵力を分散すると確信しているのだろう。俺の性格を熟知しているのだろう。小賢しいとは思うが、卑怯だとは思わない。俺が彼と同じ立場なら同じ作戦を採るからだ」
「……御主人様」
「民が俺のような新参魔王を信頼してくれるのは、俺が民を守るという意思を明確にし、それを有言実行しているからだ。ここで彼らを見捨てれば、遠くない未来に俺は彼らに見放されるだろう」
その言葉でイヴは心を固めたようだ。それ以上、抗議しなかった。
それを愛おしげに感謝すると、俺は策を部下に披露する。
「迷っている暇はない。街の北部は人狼のブラウンデンボロが向かえ」
「御意」
と人狼は立ち去る。
「西はロビン・フッド。部隊を組織したばかりで悪いが」
「悪いものか。訓練した兵の成果を見たい」
ロビンもすぐに向かう。
「東はジャンヌに頼もうか」
ジャンヌは「承知なの」と即座に向かった。
最後に残った歳三は、
「ならば俺は南だな」
と自主的に向かった。
風魔の小太郎は最初に見つけた穴を塞ぐため動き出したから、これで軍議の間には誰もいなくなった。正確にはイヴとスライムのスラッシュだけが残っているが、彼らが中央、つまりこの城を守る最後の砦だった。
さて、ここまではハンニバルにいいようにやられているが、それも永遠ではない。
ずっと彼のターンというわけではなかった。
俺は残った兵を城の要所に配置すると、ハンニバル将軍と知恵比べを始めた。




