警告
犯人に目星をつけたはいいが、外れていたら困る。
それに犯人が単独犯という保証はなかった。
ロビンに盗賊ギルドの内定を頼む。上がってきた報告は盗賊ギルドの潔白を示すものだった。
ロビンいわく、そもそも盗賊ギルドには動機がないと言う。
「盗賊ギルドにも郵便制度はあるが、冒険者ギルドや商人ギルドほど重要ではないというか、身内の連絡用で公的な郵便制度にとって変わられるものではない」
とのこと。
冒険者ギルド以上に早く公的郵便制度の拡充を願っているようだ。
さらに言えば容疑者であるミキは典型的な蓬莱人で暗殺のたぐいを最も嫌うという。朝まで酒場でのみ明かしたロビンが断言してくれる。
この男の人を見る目はたしかで一流の犯罪捜査管よりも信頼できた。というわけでこのミキは容疑者から外す。
その主である盗賊ギルドのマスターも信用する。犯罪者集団である盗賊ギルドの長を信用するとは変に聞こえるが、この街の盗賊ギルドは畜生働き厳禁で有名だった。
「殺さず、犯さず、必要以上に奪わず」をモットーにしており、その頭目であるギルドマスターも昔気質の義賊として知られていた。まだ会ってはいないがミキ同様に信頼できる人物に思われた。
そうなればやはり犯人はルカクに絞られるというものである。
その後、ロビンからもたらされた証拠はすべてがルカクの犯行を証明していた。特に重要な情報は、馬を盗んだ貴族と敵対していたことを突き止めたことだった。
ルカクは面談のときに俺が強硬手段に出なかったことで増長したのだろう。二匹目の馬の死骸をほかの郵便局に投げ捨てる。馬好きの俺は頭にきた。
さらにルカクは調子に乗る。俺が手を出さないと思いこんでしまったのだろう。俺の暗殺まで計画を始めたという。
流石にこれ以上は放置できない。
仮に放置をすればイヴあたりが暴走し、商人ギルドを焼き討ちしかねないので、俺はルカクに辞表を書いてもらうことにした。
ロビンを呼び出すと彼に依頼をする。
「ロビン、お前の弓の腕はイングランド一だよな」
「そういうものもいる」
「謙遜だな、この世界でも右に出るものはいないだろうに」
ロビンの奥ゆかしさに感心すると尋ねる。
「郊外にあるルカクの別荘に広大な庭がある。その隣の家の貴族はとても気前がよくてな。一週間、滞在してもいいそうだ」
俺の遠回りな表現に横にいたジャンヌがきょとんとしている。
ロビンは逆に俺の言っていることがわかっているようだ。察しがいいというか、明敏である。
俺はジャンヌを気にせず続ける。
「貴族が屋敷を貸してくれる期間とルカクが滞在する期間は偶然にも一致する。そして貴族の庭にある大きな木、楡の木からルカク邸は丸見えだ」
俺はひと呼吸置くと肝心なことを言う。
「その楡の木からルカクの庭にあるサンテラスまでの距離はおよそ300メートル。イングランド一の弓使いは300メートル離れた先にいる雄鹿の眉間を射抜くことができる。あとは言いたいことが分かるな?」
俺がそう言うとロビンはこくりと頷くが、ジャンヌはいつまでもきょとんとしていた。
ルカクの別荘――
商人ギルドの長、ルカクは上機嫌だった。
気に入らない街の統治者、魔王アシュタロトに嫌がらせをできたことが嬉しかったのだが、それ以上に魔王が手も足も出ない姿が滑稽で仕方なかったのだ。
魔王アシュタロトは謀略の王、表裏比興のものと言われているらしいが、その実はただの臆病者のようだ。
大義名分や証拠がなければなにもできない小心者である。
これは楽というか、つけ込む甲斐がある。
このままやつの懐に飛び込み、既得権益をすべて奪ってしまうつもりだった。
「……いや、いっそ、やつを暗殺してこの街の支配権を奪ってしまうか」
という考えもあった。
このアシュタロトの街は大分、発展したし、またこれからも発展する。この街の支配者になれば連日のように酒池肉林の宴を開けるだろう。
それに魔王の横に控えていたイヴとかいう魔族の娘も自分のものになる。
彼女の美しさは至極の宝石にもたとえられる。是非、自分のものにしたいところであった。
ルカクは妄想で頬を緩める。
元々、贅肉たっぷりの頬はだらしなく垂れ下がっており、ブルドックのようであった。
女性にもてる要素はゼロであるが、ルカクの別荘には一ダースほどの愛人がいる。
皆、金で買った女であるが、あのイヴとか言う娘は権力と暴力でねじ伏せるつもりだった。
「おれを汚物のような目で見た女は、汚物を喰らわせてやる」
首に鎖を付け、豚以下の餌を犬のように食べる美しい娘を想像し、性的興奮を高めたルカクは、横にいる執事に、女の手配をさせる。
連れてきた女ではなく、魔族の女を新たに手配するのだ。
「ショートカットの娘がいい。気の強い娘がいいぞ」
そんなオーダーにも執事は快く答える。この主への回答に「NO」はないのである。
うやうやしく頭を下げでその場を辞すると、ルカクは女がやってくるまでの間、酒を飲むことにする。
ドワーフの王も愛飲するという強烈な蒸留酒を水と氷で割ると、口に運ぶ。とても熱い。胃が焼けるようであったが、それが心地よかった。
「最高の酒に、最高の女、人生にこれ以上の幸せがあろうか……」
ルカクがそう漏らし、グラスを下げた瞬間、そのグラスに目掛け、矢が飛んでくる。
彼の持っていたグラスは粉々に砕ける。
辺りに硝子の破片と氷の残骸が散開する。
ルカクは慌てて周囲を見回すが、辺りに人の気配はなかった。
隣の家の貴族の家の庭に楡の木があるが、まさかあの距離から狙撃は不可能である。
ここは安全な別荘、だから購入したのだ。警備も万全であるし、どうやって矢を撃ち込んできたのだ!?
ルカクが冷や汗を掻いていると、その楡の木が光った。わざわざロビンが存在を知らせるために手鏡を太陽に反射させたのだ。
「な、なんだと!? あの距離からここまで矢を飛ばしたというのか?」
し、信じられない、と続けるが、ルカクは矢に文が付いていることに気が付く。
ルカクは文を取り外すと読む。
文にはこう書かれていた。
「今回は警告だけだ――。命までは取らない。しかし、一週間以内に商人ギルドに辞表を提出し、アシュタロトの街から出ていかなければ、今度はグラスではなく、貴殿の額に矢が刺さることになろう」
その文言を読み、絶句するルカク。
「ま、まさか、あの暗殺者はあの距離からグラスを射貫いたというのか……」
ば、化け物か。
思わずそう漏らすと、異変に気が付いた護衛がやってくる。
その護衛はいつもとは違う護衛だった。
「ミ、ミフネはどうした?」
そ、そうだ。ミフネがいればいい。あの神業のような抜刀術の使い手がいれば、暗殺者など恐るるに足りない。
すがるような思いでミフネの居場所を尋ねたが、護衛は無情にもこう言うだけだった。
「ミフネ様は今朝、出奔しました。恐ろしくてこの街にはもういられないそうです。なんでも自分より凄腕のサムライに出会ったとか」
それは土方歳三のことで、辻斬りのように勝負を挑まれ、刀を真っ二つに切り裂かれたという事情があるのだが、ルカクは知らない。
ただ、ミフネにも見放されたことを知ったルカクは、諦めの境地に至った。
「……さすがは謀神と呼ばれた男だ。結局、俺はあの男の手のひらの上で踊っていたに過ぎない。もはやこの街に居られぬ。財産を処分し、田舎に引き籠もろう」
ルカクは観念すると、商人ギルド長の辞任、財産の処分を一週間以内に終え、宣言通り故郷の山岳地帯に帰っていった。
以後、ルカクはアシュタロトの勢力圏内に二度と足を踏み入れなかったという。
馬殺害事件はこのように終結したわけだが、事件が解決すると、ジャンヌは大喜びで俺のもとにやってくる。
「魔王はすごいの! 天才なの!」
どうやら先日の会話の意味がやっと分かったらしい。
「魔王はあえてルカクを殺さないで、凄みを見せるだけで平和的に解決したの」
「まあ、悪党とはいえ、殺すのは忍びないからな」
「でも、すごいの。あんな方法を考えつくなんて」
「実行したやつが一番偉いよ。ロビンの弓の腕は世界一だ」
「本当にそうなの。私もロビンに弓を習おうかな」
「剣士からジョブチェンジか」
「剣士だけでは先がないの。セカンダリー・ウェポンとして弓を採用したいの」
「まあ、聖女様に弓というのもなかなかオツだ。今度ロビンに習うといい」
「うん、でも、その前に魔王に基本的な使い方を教わりたいの」
「俺に?」
「弓の名人のロビンに弓の握り方から教わるのは恥ずかしいの。基本を抑えてから師事を受ける」
「まあ、構わないけど」
と、その後、数時間弓の握り方を教える。
俺は前世で貧乏貴族をしていたから、鳥や獣を自分で狩ることもあった。趣味ではなく、生きるために。
なので簡単な弓の扱いならば知っていた。
それをジャンヌに教え込むが、彼女は一週間、弓を習いにきた。なかなか上達しないのだ。
剣の天才は弓の劣等生ということだろうか。
ある日、執務室でイヴに嘆くと、彼女は可笑しそうに言った。
「御主人様は、それは女の手練手管でございます」
「手練手管?」
「はい。ジャンヌ様はわざと上達しないことで、御主人様と毎日会う口実を作っているのです。ましてや弓の鍛錬は密着して教えますでしょう。胸や臀部を押し当ててくるのではありませんか?」
「…………」
軽く回想するとたしかにそうだった。
呆れた俺はジャンヌの弓の初級講座は終わり、と告げると、あとはロビンに一任した。
結局、ジャンヌはその後、弓の鍛錬を行わず。剣一本で戦うことにしたようだ。イヴの推察通りであった。
まったく、この魔王軍で一番の知恵ものは、彼女なのかもしれない。そう思った俺はその知恵を分けてもらうべく、今日も彼女に紅茶を注いでもらった。




