冒険者ギルド
冒険者ギルドは王宮の側にあった。
そもそもアシュタロトの街は王宮を中心に発展しているのだ。各種ギルドも同じような立地にあった。
冒険者ギルドのカウンターでギルド長との面会を願う。
美しいギルド嬢は取り次ぎを行ってくれる。
「それにしてもどうしてギルドの受付嬢は美しいのだろうか」
イヴに尋ねてしまうが、彼女は「知りません」と言う。歩くデータベースのイヴが知らないのならば誰も知らないかな、という感想を漏らすとロビンは笑う。
「魔王は権謀術数を極めているが、こと女心に関しては凡人以下だな」
どういう意味か尋ねてると、女性に他の女性が美しいというのは愚か者のすることらしい。
なるほど、たしかに一理あるが、イヴに関しては心配ないのでは、と返すと「若いな」と笑われた。
まあ、実際に生まれたばかりなので気にせず受け流すと、ギルド嬢がやってくる。
彼女にギルド長のいる部屋に案内される。そこは豪華な調度品が並ぶ応接間だった。座り心地のいい椅子に腰をかける。
そのまま眠りたくなるが、眠気を振り払うと、やってきたギルド長に挨拶する。
冒険者ギルドの長は昔、有名な冒険者だったらしく、凄みを感じさせる。今でもオークならば片手10匹は倒してしまうだろうと思った。
その感想は正鵠を射ていて、ギルド嬢から耳打ちされる。
「うちのボスは今でも現役に復帰できるくらいなんです。毎朝、剣で素振りを100回、10キロはジョギングします」
それはすごいな、と褒め称えると、お茶を注いでくれた。
四人が同時にお茶をすすると、ギルド長が切り出した。
「この街の支配者にして新米魔王であるアシト殿が何用かな」
「俺ごときの名を知っていただいているとは光栄だ」
「なにを謙遜を。この街に住んでいる人間で貴殿の名を知らぬものはいない。謀略の王の名は市民の誇りだ」
その言葉には偽りはないのだろう。
冒険者ギルドの長の目はまっすぐだった。一点の曇もない。
このような男に駆け引きは無用と思った俺ははっきり言う。
「今朝、俺が作った郵便局の裏庭で馬が殺された。俺の郵便制度に反対するものの仕業だと思うが、心当たりはあるか」
「その物言いは俺たち冒険者ギルドが容疑者なのか」
「正確にはひとつだな」
「はっきりと物を言う男だな。たしかに俺たち冒険者ギルドは独自の郵便制度を持っているが、配達の仕事などFランクだ。なくしたほうがいいと主張する幹部もいるくらいだ。Fランクの仕事など誰もやりたがらないからな」
「ならばお前たちの手は白いのだな」
「少なくとも俺とその部下はな。もしも犯人がギルドのものならば内規に照らし合わせて厳正に処分する」
断固とした口調だった。そもそも彼は嘘をつくような男にも見えなかった。謀略とも縁遠い男のように思われた。
この男は信頼できる。そう思った俺は彼に謝罪すると知恵を借りることにした。
「貴殿を疑ったことは後日、改めて謝罪する。しかし、容疑者が高跳びする前にこの事件を解決させたい。協力願えるか?」
「勿論だとも。魔王アシトは俺たちに住みよい街を作ってくれている王だからな。市民として協力する」
「ならばこの街にいる抜刀術の心得がある戦士を教えてくれないか? 日本刀の使い手を」
「下手人が日本刀の使い手なのだな。我がギルドに所属しないものではそうだな、やはり一番は土方歳三」
「そいつは抜きで」
「ならばあとは商人ギルドの傭兵ミフネと暗殺ギルドのミキという男が有名だが」
「変わった名だな」
「どちらも東方にある島国からきた男だ」
「なるほど、蓬莱の国出身か」
ならば得心できるが、はてどちらが下手人であろうか。考察してみたが、考えているだけでは判明しない。
ここは直接おもむいたほう早いだろうと思ったので、冒険者ギルド長に別れを告げる。
彼は立ち上がると握手を求める。
力強い握手に応えると彼は言った。
「なにか分かれば部下を使いに出そう。事件の解決を祈っている」
「ありがとう」
と礼を言い残すと俺たちは冒険者ギルドをあとにした。
続いていったのは商人ギルドであるが、冒険者ギルドが、爽やかな春の風ならば、商人ギルドは蒸し暑い真夏のかぜだった。日本の京都のような蒸し暑い風である。
清涼感ゼロなのは商人ギルドは蒸し暑いの長であるマークスという男が巨漢で肥満だからだろう。
面会したときも芋フライにラードとマヨネーズをまぶして食べていた。
油ギッシュでギラついた目、この世の快楽をすべて知り尽くしたかのような容姿をしていた。
イヴは彼を見るなり、
「有罪」
と、つぶやく。
たしかに見た目はどこからどう見ても悪役なので弁護に困ってしまうが、法のもとでの平等、疑わしきは罰せずの精神にもとずき、聞き取り調査を始める。
商人ギルドの長ルカクはにやにやとイヴを眺めながら言う。
「それにしても魔王様は素晴らしい秘書官をお持ちですな。このような美姫と毎日ベッドをともにできるとは羨ましい」
ゲスの勘ぐりに怒ったのは俺ではなくイヴだった。
彼女は無礼者! と怒りの声を上げる。
「魔王様はそのよう方ではない! 自分のあさましき知恵で魔王様を図るとはなんと根性薄汚い! このイヴの短剣の錆にしてくれるわ」
イヴは懐から短刀を取り出そうとするが、俺は慌てて止める。
怒りの収まらないイヴをなんとか収めると、ルカクに尋ねる。
「貴殿の部下にミフネという男がいるらしいな」
「たしかにいる。この大陸の遥か東にあるホウライという国の男だ」
「東洋人だな」
ルカクは二重あごでうなずく。
「ならばその男と会いたい。面会願えないか」
「それはできない」
「どうしてだ」
「その男が故郷に帰ってしまったからだ。だからもう会えない」
「いつ帰ったのだ?」
「今朝早く」
「あまりにも都合が良すぎる」
そう叫んだのはイヴその人だったが、叫んだからといってルカクは怯むようなたまではなかった。
「というわけそのものに二度と会えませぬ。私はこれでも忙しい身でね。そろそろご退出願えるか」
と言ったタイミングで秘書官が東方の珍味、お茶漬けを持ってくるのはムカつく演出だった。
お茶漬けを客に出すのは異世界の日の本という国の風習で、「もうお帰りください」ということだった。
怒り心頭になるイヴを抑えるが、内心俺は下手人を特定していた。
目の前の豚が馬を殺し、俺に喧嘩を売ってきた張本人だと直感した。
しかし、ムカつくからという理由だけでこの男を殺せば、俺も同じ穴のムジナとなるだろう。
一国の指導者として、軽々に動くわけにはいかなかった。
というわけで重々と動いてこいつに目にものを見せることにする。
ぽつりとつぶやくとイヴは嬉しそうな顔で微笑んだ。




