名探偵アシト
現場には黒い血だまりが出来ていた。
馬の死体があった場所と思われる。
「相当な出血量だな」
「そのようですね」
イヴは相づちをする。
その現場を見て一瞬で馬の殺害現場がここだと察する。
そう宣言すると、イヴが尋ねてくる。
「どうして分かるのでしょうか?」
「簡単だ。別の場所で首を切ったのなら、ここまで血が多いのは変だろう。馬をここに連れてきて、生きたまま切ったから、この出血量なのだろう」
「なるほど、さすがは御主人様です。その推理、シャーロック・ホームズのようです」
「ほお、イヴはシャーロック・ホームズを知っているのか」
「はい。コナン・ドイルという作家が書きました。彼は異世界からやってきたのですが、この世界でもシャーロック・ホームズという探偵小説を書き、ベストセラーになっています」
「なるほど、文豪がこっちにきて、同じ商売をしていることもあるのか」
考えてみれば東方見聞録の著者、マルコ・ポーロもこの世界にいたし、文豪や著述家も英雄の範疇なのだろう。
ならば是非、史記を書いた司馬遷にも会ってみたいな。そんな感想を抱くと俺は話を本筋に戻す。
「ホームズほどの推察力はないが、生きたまま馬を連れてきたと言うことは、近くの屋敷や馬屋から馬を盗んできたのかもしれない。ロビンよ、調査してくれるか?」
ロビンは「御意」とその場を去る。
「殺された場所は分かったが、あとは馬の死体をみたいな。まだあるか?」
「もちろんです」
と鳥人のオズワルドは案内してくれる。
裏庭の一角に置かれた馬の死体。特になにも触ってはいないようだ。
馬の切断面を調べる。
首の中心がすっぱりと切られていた。
しばらく無言で見つめる。
イヴが尋ねてくる。
「ホームズ様、なにか分かりましたか?」
「ワトソン君はせっかちだね」
冗談を冗談で返すと結論を述べる。
「最初は鉈や斧で首を切ったのかと思っていたが、どうやらそうでないようだ。鉈や斧ではない鋭利な刃物のあとが見える」
俺はあごに手を添えながら考察する。
「この切断面は相当切れ味のいいもので斬ったあとだぞ。魔法かと思ったが、魔力の残滓を感じないから刃物だ。しかし、この切れ味は普通の刃物ではない」
「普通の刃物ではないということは、もしかして日本刀でしょうか」
「そうだ。この切断面はどう考えても日本刀だ」
「ならば犯人はもしや土方様」
「金に困った歳三が馬を斬る、か。ありそうだが、それはないな。今朝方も白粉の臭いをプンプン漂わせながら帰ってきたが、血の臭いは一切しなかった」
「臭いを感じるまで接近しているのですか。仲がよろしいことで……」
「最近、俺と歳三をそういう関係で見る小説が城内で流行っているがイヴもか」
「知りません」
ぷい、っと鼻をあらぬ方向に。
「御主人様は土方様と仲がいいのに、わたくしとはあまりスキンシップしてくれません。ずるいです」
「そんなことないけど」
「ならば今度、お背中を流させて下さい。土方様とは温泉に入られたのでしょう」
イスマリア城の地下でのことも筒抜けか。
女の情報網は怖いと改めて思いながら、話を元に戻す。
「まあ、犯人は日本刀の使い手だが、歳三ではない。まずは性格がそぐわない。あいつは俺が気にくわないなら正々堂々斬り掛かってくる。次に能力にそぐわない。この馬の切断面は鮮やかだが、歳三の抜刀術はもっとすごい。刀ではなく、糸で斬ったかのような切り口になる」
「たしかに」
イヴは納得する。
「犯人が日本刀の所持者と分かっただけでも十分ですが、それでも範囲が広すぎます。この都市にいったい、何人いるやら」
「まあ、ここからさらに絞るよ。というか、容疑者はすでに絞られている」
「すでにですか!?」
驚くイヴ。
「ああ、ここにくる前に」
「そんなに前に。さすがは御主人様です。して誰が?」
「犯人はこの郵政事業に不満を持つもの、とは分かるな?」
「はい、さすがにそれは」
「ならば不満を持つもので、日本刀の使い手がいる組織を絞ればいい。まずは不満を持つものだが、これは当然、各種ギルドだ。冒険者ギルド、魔術師ギルド、商人ギルドだ。彼らは独自の郵便網を作り上げ、郵便事業を商売にしている」
「彼らはギルド同士のネットワークを武器にしていますからね。特に冒険者ギルドのFランク任務には手紙を届けるというものが多いです」
「そうだ。つまり、俺の郵便事業を憎む連中でもある。既得権益を侵されたというわけだ」
「なるほど、利益を独占していた組合幹部は怒り心頭ですね」
「ああ、俺をくびり殺したいだろうね。どのギルドの長もそう思っているだろうが、その中から日本刀の使い手を探すと魔術師ギルドは除外ということになる」
「馬の死体には魔力の残滓がなかったみたいですしね」
「そうだ。一番怪しいのは日本刀使いを大量に抱える冒険者ギルド、傭兵として雇っている商人ギルドかな。あとは暗殺稼業に手を染めている盗賊ギルドも怪しい」
「そのみっつを重点的に調べますか」
「ああ、もうじき、ロビンが馬の情報を仕入れてくるだろうから、それを得たら方針を決定する」
そう言うとタイミング良くロビンが戻ってきた。
彼は近くの貴族の屋敷から馬が盗まれたことを突き止めてきたようだ。
俺はその貴族の屋敷に行き、聞き取り調査と証拠集めを行う。
使用人が明け方、馬泥棒の陰を見たこと、そのものの身体的特徴などを聞く。
それと屋敷の位置、中央郵便局、各ギルドなどの立地を確認すると、犯人が通っただろう道を歩き、途中、大通りにいる乞食から情報を集める。
なにも知らない乞食には銀貨一枚、情報を持っている乞食には金貨一枚、さらに情報を隠している乞食には口を軽くするため、多くの金貨を支払うと、俺の推理の正しさが証明される。
「やはり犯人はギルド関係者のようですね」
イヴが確認するように問うてきた。
「ああ、そのようだ。問題なのは冒険者か、商人か、盗賊ギルドか、ということだが、それは一軒一軒しらみつぶしにするか」
「そうしましょうか。お供つかまつります」
イヴが深々と頭を下げると、俺とイヴとロビンはまず冒険者ギルドへ向かった。




