ハイブ・ワーカー
イスマリア城から逃げ出す兵士たちを掻き分けながら城の中に入っていく。
兵士たちにすでに戦意はなかった。
皆、恐慌状態で命惜しさに逃げ出している。
「いったい、どんな化け物に襲われたらこんな顔になるんだ?」
ロビン・フッドは真剣な表情で問うてきた。
「地下から湧いたのだから、人間や魔族の兵ではないと思う」
「ならばモグラの化け物かな」
ロビンはうぞぶくが、当たらずとも遠からずであった。
城の奥に入ると、兵士を捕食している化け物の姿を確認する。
「なんだあれは……?」
不快感を隠さないロビン。いや、それは俺も同じか。人間が食われる様を見れば誰だってそうなるものである。
見れば巨大な蟻が人間に覆い被さり、巨大なあごで四肢を切断していた。奥には手足を運ぶ働き蟻のような蟻が見えた。
「どうやら地下から湧いたのは蟻のようだな。二足歩行し、武器を持つありのようだ。旦那、知っているか?」
歳三が訪ねてくる。
「知っている。書物で読んだことがある。この大陸には巨大な蟻の種族がおり、名を軍団蟻と言う」
しかし、と続ける。
「このように武装した蟻がいるとは聞いたことがない。なにか裏があるのだろうか?」
頭をひねっていると、横から金髪の少女が飛び出す。
真剣な表情、いや、怒りに満ちた表情をしていた。敵兵とはいえ、人間を捕食する化け物に嫌悪感を感じているのだろう。ジャンヌは無言でハイブ・ワーカーを切り捨てる。
「悪魔め。地獄に落ちて苦しむの」
聖女様の目は怒りに満ちていた。ジャンヌは何匹ものワーカーを斬り捨てる。
それに触発される歳三、彼も和泉守兼定でハイブ・ワーカーに斬り掛かる。
足に腕とワーカーを斬り捨て、血路を開く。
ロビンは彼らの後ろから弓で援護をする。ハイブ・ワーカーの眉間に的確に矢を命中させる。
次々と倒れるハイブ・ワーカー。あまりの速度に彼らが弱卒に感じられるが、そうではない。英雄たちが強すぎるだけである。
それを証拠に、城の中心に近づけば近づくほど、兵士の死体の山が増えていく。
「こいつらは伯爵を守るために命がけで戦ったようだな」
「俺たちには善い男ではなくても、部下に対しては気前が良かったんだろう」
「まだ生きていてほしいが、さてどうなるか」
歳三が総括すると、奥の間から音が聞こえる。
なにものかが戦っているようだ。すぐにその場に向かうと、伯爵と老騎士が剣を持って戦っていた。伯爵の娘を守るような形で剣を振るっていた。
「まだ生きていたようだぞ」
歳三は喜ぶが、いつまでも笑ってはいられなかった。この部屋にいたハイブ・ワーカーは先ほどのやつらと違った。
廊下にあふれていたハイブ・ワーカーはまさしく働き蟻のようであったが、ここにいる蟻は羽があった。より大きく、強そうであった。
事実、この部屋には兵士の死体が山のように転がっていた。
主を守るために戦っていたのだろう。志なかばで散った彼らに報いるため、伯爵に声を掛ける。
「イスマリア伯爵、お助けに参りました」
伯爵はこちらをちらりと見るとこう言った。
「……貴殿は魔王か」
「ええ、あなたが殺したかった男です」
「残念ながら殺せなかったようだが。して、お前を殺そうとした俺をなぜ助ける」
「それは魔王として一方的な虐殺を見過ごせないからです。それにあなたは根っからの悪人でもなさそうだ」
「それはどうかな。客を迷宮に落とす男ぞ」
「ですが、ここで死んでいる兵士はあなたを守るために死にました。クズならばそのような真似はしますまい」
「…………」
俺の回答に沈黙すると、伯爵は羽根つきハイブ・ワーカーを斬り伏せ、その隙に娘をこちらに渡す。
「魔王アシュタロト殿、申し訳ないが娘を頼む。娘を連れてこの城から逃げてくれ」
ジェシカが俺の胸に飛び込んでくる。
「もとよりそのつもりでした。伯爵家一家を救うためにやってきたのですから」
「ならば娘だけ助けてくれればいい。俺はもう駄目だ」
「なにをおっしゃいます」
と言うと伯爵はマントを開く。そこには血だらけの腹があった。どうやら先ほど、ハイブワーカーに槍を突き刺されたらしい。
「俺の首をくれてやるのは気にくわないが、これもいくさのならいだ。ただ、娘だけはなんとか頼む。知っての通り、とんでもない我が儘娘だが、たったひとりの娘なんだ」
伯爵は武人と父親の顔、両方を浮かべる。
「お父様!」
声を上げるジェシカ。
同時に後ろからハイブ・ワーカーの増援がくる。
「旦那! このままでは退路が塞がれる」
歳三の声で現実主義者であることを思い出した俺は決断を下す。ジェシカに眠りの魔法を掛けると、歳三に彼女を担がせる。
部下たちをそのまま反転させ、きた道を戻るように指示する。
この状況だ。部下たちは素直に指示に従ってくれた。
最後に残った俺はイスマリア伯爵に声を掛ける。
「思えばあなたとは面白い出会いをした。俺があなたを利用し、素材を得たことによって魔王軍の基礎が固まり、今の俺がここにいる」
「あのときは本当に腹立たしかったが、今にして思えば神々の導きかもしれんて」
「そうかもしれません。達者で、またいつか、そんな言葉は使えませんが、せめてあの世で再会したとき、もう一度酒でも飲みたいものです」
「それは無理だな。俺は天国、貴殿は地獄だ」
にやりと笑う伯爵。
「……では、天国から蜘蛛の糸でもたらしてください」
俺はそう言うと、そのままきびすを返した。
振り向かないように自分の身体を押さえつけるのは、思った以上に大変だった。




