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いざ、イスマリア城

 野戦で勝利を納めた俺たちは、イスマリア城を包囲する。


 こちらが少数であるが、敵軍の士気は低く、城から打って出ない限り、包囲は成立するだろう。


 そのような識見を述べると、戦場から戻ってきた歳三が質問をしてきた。


「旦那よ、俺たちアシュタロト軍の目的はどこにある? このまま城を包囲し、兵糧攻めにするか。それとも力攻めし、このまま落とすか。どちらだ?」


「城下町に火を放ち、略奪する、という選択肢もあるぞ」


「それはないな、旦那はそんな玉じゃない」


「まあ、たしかに。乱取りは俺の趣味じゃない」


 冗談めかして返すと、俺は戦略を述べる。


「このまま城を包囲すればたしかに兵糧攻めできるだろう。しかし、それでも三ヶ月は粘られるものさ。その間、他の魔王が俺の領地を狙ってくればおじゃんだ。それに人間の国が救出にくるかもしれない」


「たしかに状況は予断を許しません」


 イブは首肯する。


「ならば強攻するか? こちらもあちらも被害甚大だが」


「イスマリア城が戦略的な要地ならばそれもいいだろうが、そこまでの価値はない。アシュタロト軍は手薄だから無理に取っても維持できない」


「ならばどうするのだ?」


「イスマリア城はイスマリア伯爵に預けるのさ。利子が付かないのが残念だが」


「つまり?」


「これから交渉にいってこちらが有利な条件を相手に呑ませる。そうだな、不戦条約と国境の開放、それに素材や金貨の提出かな」


「平和的に話し合うということか」


「そうだな。城下の盟というやつだ」


 俺がそう言うと、イヴが反論してくる。


「城下の盟を強いるのはいいことだと思いますが、御主人様が交渉に行くのは反対です」


「待て、どうして俺が行くと思うんだ」


「だって行くのでしょう?」


「そうだけどさ」


「わたくしは反対です。イスマリア伯爵は追い詰められています。正常な判断が出来ずに御主人様を斬るかも」


「かもしれないな。しかし、使者が斬られる可能性は高い」


「ご自身が斬られてもいいのですか」


「イヴよ、こんな新米魔王である俺のために命を懸けてくれるのは、俺が常に前線で戦うからなんだ。危険な任務を買って出るからなんだ。この期に及んでその大原則は崩したくない」


「分かりました。では、このイヴもお供に」


「それはできない。ただ、危険だと言うことは分かっているので、歳三にジャンヌ、それにロビンも連れて行く。皆、一騎当千の猛者ばかりだ」


「しかし……」


 と、それでも難を示すイヴにジャンヌは言う。


「メイドは我が儘なの。私なんて魔王に放置プレイを食らったの。イスマリア城に連れて行ってもらえず、結局、合流できたのはさっきだし」


 ジャンヌはお怒り満載で頬を膨らませる。


「すまない、すまない」


 ジャンヌのことはすっかり忘れていた、と口にするのはアホのすることだろう。機嫌を取る。


「ジャンヌが外で暴れてくれたから、警備が薄くなったのだ。助かった」


「そうなの。小太郎から魔王が捕まったと聞いて、頭にきたから城下町でゲリラ戦を展開していたの」


 ジャンヌは自慢げに言う。


「でも、一般市民には迷惑を掛けなかったの。兵士の詰め所で暴れ回っただけなの」


「豪胆な聖女様だな。まあ、このように我が軍でも化け物じみた連中を連れて行く、安堵してくれ」


 イヴはそれで納得したわけではないだろうが、軍議でこれ以上しゃしゃり出たくなかったのだろう。最終的には了承してくれる。


 俺はイヴの勧めで礼服に着替えると、そのままイスマリア城に向かおうとしたが、それは出来なかった。


 思わぬ人物によってとめられたのだ。

 その人物は風のように現れると、風のような速度で事実だけを告げた。


「イスマリア城がたった今陥落した。地下から現れた謎の集団によって落とされたのだ」


 見上げればたしかにイスマリア城からは煙が上がっていた。

 門を開け、逃げ出す兵士もいる。


「どういうことでしょうか、御主人様?」


 イヴは珍しく戸惑っているが、俺と歳三だけはおおよそ意味を察していた。

 先ほど出会った老人が関係しているに違いない。


 俺たちを地下で助けてくれた老人がこの城に攻め入ったのだろう。おそらく、地下から――


 ただ、それにしても手際が良すぎる。あの老人は最高の武人であったが、指揮官としては未知数だ。このように大胆に城を落とすのには別の存在を感じる。


 それに城を落とすにはそれなりの兵力もいるはずだった。


 兵は空間から湧き出るものではない。なにかカラクリと兵を持つ存在が裏にいるはずである。


 しかし、ここで考えていても埒があかない。

 俺は急遽、戦略を変更する。


「イスマリア伯爵との話し合いは中止だ。その代わり彼を助けに行く」


「助けて恩に着せるのですか」


 イヴが確認する。


「恩に着てくれるような玉でもあるまい」


 とは歳三の言葉だが、だからといって伯爵を見捨てる気にはならなかった。


「伯爵とその娘には酷い目に遭わされたが、だからといって見捨てるのは忍びない。それに伯爵を確保すれば政治的に有利だろう」


「イスマリア陥落後、この城を奪回する大義名分が得られますね」


「その通りだ。さて、ここからは総力戦だ。英雄級の指揮官には全員参加してもらうぞ」


 そう言うと歳三、ジャンヌ、ロビン、小太郎はうなずいた。


 イヴがなにげにメイド服の袖をまくし上げているのが、気になったので、改めて留守役を命じると、がっかりした顔をした。


 ただ、それ以上、我が儘を言うことなく、歳三の和泉守兼定と俺の無銘ロングソードを持ってきた。


 俺たちはそれを受け取る。


 歳三は頬ずりするように和泉守兼定を腰に差す。やはり愛刀が腰になくて寂しかったようだ。


「ようし、これで千人力だ。お前たちはひとり頭100人でいいぞ」


 他の英雄は苦笑を浮かべるが、今の歳三は本当にひとりで1000人斬ってしまいそうな凄みを感じていた。


 俺はその余禄に預かるべく、歳三の肩にぽんと手を触れると、そのままイスマリア城に向かった。

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