敢闘賞
無事、アンデッドの集団を倒したわけであるが、それと引き換えに歳三は汚れてしまった。衣服が臭う。アンデッドというやつは腐臭がとんでもなかった。
歳三は、
「女と逢うわけでもない。それよりも腹ごなしだ」
と主張するが、キツネ面の老人は反対する。
「歳を取っても臭いものは臭い。もしも食料を手に入れてもこのような男が横にいるだけで食欲が失せるわ」
「しかしなあ……」
歳三は居心地が悪そうに自分の頬を掻くが、俺も似たようなものだったので、そこら辺に落ちている鉄の棒を両手に持つ。
「それは?」
歳三が訪ねてくる。
「これはダウジングだ。こうやって両手に持って歩くと、近くに水源があるか知らせてくれる」
「水堀なら少し戻ればあるだろう」
「どうせならご老人に温泉でも入ってもらおうと思ってな」
その言葉にキツネ面の老人は、
「ふぉっふぉっふぉ」
と笑う。
「見上げた青年魔王だ。もしも主がいないならばこのまま仕えたいくらいだ」
「いても仕えていいんだぜ」
歳三は冗談めかすが、老人にその気がないのは知っているのだろう。それ以上しつこくせずに続ける。
「さて、温泉に入れるのならば入りたい。俺は意外と温泉好きなんだ。近くにあるのかい?」
「それを探している」
鉄の棒をあらゆる方向に向けると、くぱぁっと開く方向を見つける。
「どうやらあるようだぞ」
俺たちはにやりとしながらそちらの方向に向かった。
地下迷宮、それも大墳墓に温泉があったのは、この大墳墓を守る一族が湯浴みをするためだったようだ。浴場は大衆用ではなく、祈りを捧げる巫女用で、至る所に女性をモチーフにした彫刻があった。
「まあ、今は誰も使っていないから、浴場で美人と遭遇――などということはなさそうだが」
歳三は残念そうにそう言うと、その場で全裸になる。
立派なものをぶら下げながら浴場に入る。男のなにを見てもつまらないので、俺も全裸になると浴場に入った。
「ふう、気持ちいいな」
思わず漏らすと歳三も首肯する。
「お湯は魔力だね。特に温泉はどんな回復魔法よりも効く」
歳三はそう言うとお湯で顔を洗う。次いでこんな言葉を漏らす。
「話は変わるが、旦那、なかなか見事な裸だな」
「そうか?」
歳三は俺の身体をじろじろ見る。
「ああ、思ったよりも筋肉質だ。魔術師だからひょろそうかと思ったが、腹筋が割れているじゃないか」
「歳三ほどではないがな。一応、毎日、剣を振るっている」
「ほう、意外だな。余暇はすべて読書に充てていると思ったが」
「そうしたいのが本音だが、一応、君主だからな。身体を鍛えるのも君主の勤めだよ」
健全な精神は健全な身体に宿る、と、うそぶく。
「なるほど、魔王の鑑のようだな」
歳三は感心するが、あまりにも関心し過ぎるので変な考察をしてしまう。
はて、土方歳三には男色の気があっただろうか、と。
こことは違う世界では彼はよく男色小説などに登場させられるが、史実の彼は女性好きで、そちらのほうのたしなみはなかったはずだが。もっとも、俺の研究していた世界と歳三の住んでいた世界は違う可能性もあるから、一概には言えないが。それにこちらの世界にきてから目覚めたという可能性もある、などと思っていると、老人が会話に割って入ってきた。
「おれも風呂に入らせてもらうよ」
そう言って入ってきた老人を見て、俺はぎょっとする。
キツネの面を付けて入ってきたからではない。驚いたのはその身体だった。とても老人のものとは思えないほど筋骨隆々だったのだ。全身に傷があり、歴戦の勇者を思わせる。
歳三も同様の感想を抱いたようで思ったことを口にする。
「すごいな、爺さん。とても老人の身体じゃない」
「ありがとうよ。ジジイになっても働いていたからな。必然的に筋肉が付く」
「まったく、とんでもない爺さんだな。早く正体が知りたい」
「そうじゃ、ここでひとつ遊びをしないか」
「遊び?」
「ああ、そこに岩のテーブルのようなものがあるだろう」
「あるな」
ちらりと見る歳三。
「そこで腕相撲をしよう。もしもおぬしが勝ったら、この面を脱ぐ。どうじゃ?」
「面白いじゃないか。ただ、俺は老人をいたぶるのが嫌いだ。敬老精神にあふれているんだ」
「抜かせ。それよりもジジイに負けたときの台詞を考えておけ」
老人はうそぶくと岩に向かう。腰に手ぬぐいを巻いて。
歳三も同じように向かう。
ふたりは岩に肘を付けると互いを睨む。
「闘志満々じゃな」
「当たり前だ。ジジイに負けていられるか」
「その意気じゃ」
老人はそう言うと俺のほうをちらりと見る。開始の合図と審判役を求めているのだろう。俺も同様にタオルを腰に巻くと、そのまま湯を出た。両者の拳を確認すると、そのまま「用意!」と言った。両者の腕にラクダのようなこぶが出来る。恐ろしい筋肉量である。それを確認した俺は「始め!」と手を振り下ろした。
突然、始まった腕相撲であるが、目の前の老人は想像以上に強かった。見た目だけでなく、とてつもない力を秘めている。
「怪力無双の戦士だな……」
先祖は坂田金時か鎮西八郎こと源為朝か。土方歳三は過去の偉人を思い出す。
まあ、それは冗談であるが、この男が斉藤一ではないことだけは分かった。歳三はキツネ面の老人が新撰組の仲間だと確信していたが、誰か見当を付けられずにいる。
新撰組には何十人と仲間がいたのだ。なかなか目星が付けられない。しかし、色々と話してみるとこの老人が近藤勇や沖田総司でないことだけはたしかだった。試衛館時代の仲間、竹馬の友ともいえる近藤と沖田などはさすがにジジイになっても分かる。だから歳三はこの男を斉藤あたりではと踏んでいたが、それも違うと分かった。
なぜ、分かったのかと言うとそれはこの男が右利きだからである。
(新撰組三番隊組長、斉藤一は左利きだった)
ゆえにこの男は斉藤一ではないと分かる。
――分かる。分かるのだがならば誰だろうとなる。雰囲気的には南部の田舎侍の吉村貫一郎に似ているが、あいつは風の噂で京都の南部藩邸で腹を切ったと聞く。
あとは撃剣師範を勤めた永倉新八が一番可能性が高そうであるが、こちらは個人的な理由で選択肢から外したかった。なぜならば永倉が敵に回ったら厄介だからである。やつとは試衛館時代からの付き合いでそこそこに馬が合った。鳥羽伏見でもその腕によって命を救われた。敵対はしたくない。
しかし、したくないからといってしなくて済むものならば人生どんなに楽か。
今はこのように腕相撲に興じているが、この男とはいつか斬り合いをしなければいけないような気がした。
そのように思っていると老人が力を込める。
「……いらぬ詮索をしているようだな。余計なことを考えていると負けるぞ」
老人がそう言うと力をさらに込めてくる。一気に勝負を決めるようだ。
「鬼の副長がジジイに負けたとあっては世間のいい笑いものだ。こっちも本気を出す」
と言うと余力をすべて出し切る。
ふたりの剣士の力が最大まで引き出されると、舞台となっていた岩に亀裂が入る。ぴしり、と音を立てるとそのまま真っ二つに裂ける。
相手の腕を押し倒す場所がなくなれば、必然と勝負は引き分けとなった。
老人は息を荒げながら、
「大将首を取り逃がした気分だわい」
と、ため息を漏らす。
歳三も同様に、
「ジジイを墓にいれそこねた」
そううそぶくとふたりの勝負は引き分けとなった。
見事な勝負であったが、キツネ面の老人は意外なことを口にする。
「勝負は引き分けだが、まあ、仮面くらいはとってやろうか」
その言葉に歳三と魔王は驚く。
「まじか?」
「ああ、敢闘賞じゃ」
老人はそう言い切ると、あっさりと仮面を取った。
そこにいたのは――、




