新撰組最強の男
結局、罪人グールは歳三が倒すことになったのだが、俺もなにもしないというわけではない。
後方から強化魔法を使い援護する。
日本刀の切れ味を倍加する付与魔法を掛け、身体能力を高める魔法を掛ける。
歳三は、
「ほう、これが強化魔法か。有り難い」
と言う。
「いつもより早く動けるから、振り回されるなよ」
歳三はその場でぴょんぴょんと跳ね、自分の身体能力を確認すると、にやりと笑う。
「こいつはいい。今なら薩長の犬を100人は斬れそうだ」
物騒なことを本気の口調で言う歳三。その態度はとても頼もしかった。
実際、歳三は鳥羽伏見や函館戦争で多くの新政府軍を斬ったのだ。もしも魔法の援護があればひとりで小藩ならば倒してしまったのではないだろうか、それほど歳三の剣には鬼気迫るものがあった。
いつの間にか横に立っていたキツネ面の老人が説明を始める。
「新撰組で最強の男は誰だったか。後年、色々な人々から尋ねられた。毎回、その不毛な論議には参加してこなかったが、他の隊士はこんな証言を残している」
「新撰組で一番剣術が上手かったのは、沖田総司だ。しかし、やつは身体が弱く、後年、まともに剣も握れなかった。そこを考えると二番隊の永倉新八、三番隊の斉藤一ということになるのだろうか。あるいは二刀流の使い手服部武雄、南部の出稼ぎ侍の吉村貫一郎の名を上げるものもいる」
「どの人物も名だたる剣豪ですね」
「ああ、しかし、間近で見てきたおれに言わせればやつらは皆、道場剣の延長に過ぎない。無論、実践はいくつも経験してきたが、それでもお上品すぎる」
「それではいったい、誰が最強なのですか」
「逸るな魔王。さて、ここでひとつ、昔話を。池田屋事件を知っているかね」
「薩摩の内紛のほうの池田屋ではなく、新撰組が絡んでいるほうですよね」
「博識だな。そうだ」
「ならば知っています」
「その池田屋では不逞浪士を三〇人を捕縛するため、多くの新撰組が動員されたが、行き違いで近藤勇以下四人しかいない組のほうが現場を見つけてしまった」
「有名な話です。近藤勇と沖田総司、永倉新八、藤堂平助、この四人が池田屋に乗り込み、圧倒的多数の不逞浪士を切り伏せたのですよね」
「そうだ。あまりにも多くて捕縛することもできなくてな。結局、多くのものを斬り捨てたのだが」
「四人対三〇人じゃ、捕縛している間に逆に斬られます」
「うむ、その通り。ま、それがなくても日頃から人を斬るなど屁とも思っていない連中だ。多勢に無勢などものともせず、浪士どもを斬ったのだが、途中、上品な坊やの沖田総司が結核の症状をみせてな、三人となった」
「らしいですね。ほとんど、近藤勇と永倉新八が斬ったとか」
「それも誇張だな。永倉新八も途中、負傷し、退場した」
「つまり、三〇人の浪士をほとんど近藤勇が斬ったということですか?」
「ああ、そうじゃよ。池田屋の浪士の過半はあの男が斬った。新撰組局長近藤勇。天然理心流の継承者にして道場主。のちに一万石の大名になる男だ」
「すごいですね。組織の長みずから戦うとは」
「当時はそうせねば隊士が付いてこなかった。誰が壬生狼とさげすまされる浪人衆に好き好んで付いてこよう。こいつは強い、こいつの下なら出世できる。そう思わせて初めて隊士たちは命がけで戦うのだ」
「つまり、新撰組で一番強かったのは局長の近藤勇だった、と?」
キツネ面の老人はこくりとうなずくが、「――だが」と続ける。
「その局長が常日頃から自分より強いと言っている男がいた。そのものの名は土方歳三。鬼の副長歳三こそが最強の男であると」
老人は昔を懐かしむ口調であったが、その言葉に虚言はないようだ。それを証明するかのように歳三は戦闘を繰り広げている。
罪人グールの動きは緩慢であるが、不死の身体は異常に丈夫で、一太刀で勝負は決まらない。必殺の一撃を何度も耐え抜くグール。耐え抜くだけでなく、肉を切らせて骨を断つかのような一撃を加えてくる。
並の剣士ならば五度はすでに死んでいるだろう。グールの一撃はそれくらいに的確で強力だったが、歳三は紙一重でそれをかわすと、さらにカウンターのカウンターを決める。
彼の実力は知っていたつもりであるが、改めてみると化け物じみている。異形の罪人グールよりも恐ろしい空気を孕んでいる。
「新撰組で一番強かった男……か……」
誇張ではないだろう。土方歳三という男は切れ者の組織の長のような見方をされることが多いが、その実、本当は誰よりも剣頼りの無骨者なのかもしれない。そう思った。
土方歳三の評価を再確認すると、歳三はその評価を確定させる。どうやら罪人グールにとどめを刺すようだ。
「罪人の身体を寄せ集めて化け物を作るとは、古代人もあくどい。そろそろ大地に返してやろう」
歳三はそう言うと剣を引く。
「あれは?」
と問うと老人は答えてくれる。
「新撰組お得意の片手平突きだな」
「やはりそうですか」
「鬼の副長様が考案した。片手平突きだな。刀を水平に突く技だ。この技の利点は相手の腹に刺したとき、肋骨の間を通り抜け、致命傷を与えられること。また万が一、外した場合にそのまま横薙ぎに持って行けることが挙げられる。――が」
老人はそこで言葉を句切る。
「が、と言いますと」
俺が尋ねると、老人は続ける。
「それは余録に過ぎない。片手平突きの考案者、土方歳三の片手平突きに二の太刀はない。その一撃は鋭く、肋骨に防がれることはない。また確実に命中するので、二撃目もない」
老人の宣言通り、歳三の片手平突きはグールの頭部を的確に捉えていた。アンデッドといえども脳はある。いや、屍鬼だからこそ、脳は大切な器官だ。それを察した歳三はなんの迷いもなくそこだけを狙う。
歳三の平突きは目にも止まらぬ速さで罪人グールの右目を捕らえると、眼球を突き刺し、そのまま頭蓋骨を破壊する。その先にある脳を砕く。まるで汚い花火のように罪人グールの脳は飛び散る。歳三の顔にも大量の腐肉が飛び散るが、一向に気にした様子がない。ただだからといって無表情でない。とても楽しそうな表情をしていた。土方歳三という男は戦っている間だけ、充実できるのだろう。自分が生きていると実感できるのだろう。この男はとても不器用なのだ。
倒れいく罪人グールを見つめながら俺は歳三の生き様を見つめると、彼が戦場から戻ってくるのを待った。




