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大墳墓

 水牢の先にあったのは墓地のような場所だった。


「ここは?」


 俺が口にすると、答えてくれたのはキツネ面の老人だった。


「ここはカタコンベ大墳墓」


「カタコンベ大墳墓?」


「そうだ。イスマリア城の地下深くにある迷宮。かつて名無しの魔神を祀ったいう邪神の聖地」


 邪神の聖地とは面白い言葉だ、と思ったが、指摘はしない。


「その大墳墓になぜ、貴殿が。そもそも貴殿は誰だ」


 俺が問うと、老人は俺の横にいる歳三を指出す。


「そこにいる死にたがりの男の顔を見にきた」


「知り合いか?」


 歳三は微妙な顔をする。


「前の世界で会ったことがあるらしいが、覚えがない。新撰組なのか? 爺さん」


 歳三は尋ねるが、老人は「ふぉっふぉっふぉ」と笑うだけだった。教える気はないようだ。


「まあ、そのうち厭でも正体を明かすことになる。しかし、その前に一緒に地上に出る方法を探らないか?」


「共闘する、というわけか」


 あごに手を当てて考える。いや、まあ、選択の余地はないのだが。


「老人、貴殿には水牢から出してもらった恩がある。それに合理的に考えれば一緒に地上へ出たほうがいいに決まっている」


「さすがは合理的な魔王よ」


 老人は微笑むと、手を差し出してきた。握手をしようと言うことだろう。彼の手を握りしめる。老人の手は思ったよりも分厚かった。武人の手である。


 彼が何者なのか、興味は尽きなかったが、詮索をやめると、俺たちは一緒に大墳墓の捜索を始めた。


「それにしてもイスマリア城の地下にこんな巨大な迷宮があったとは」


「巨大な迷宮の上にイスマリア城が建ったというべきだな」


「両者に関連はあるのですか」


 老人は「ない」と切り捨てる。


「強いて言えばここは古代から交通の要衝だった。遺跡の上に都市が建てられたのだろう」


「なるほど、しかし、老人はなぜ、この遺跡に?」


「ちと事前調査にきてな。今、おれが仕えているお方はこの大墳墓に興味がある」

「秘宝でも眠っているのですか」


「さてね、それは秘密だが、地上へのルートが知りたい。ときに情報は秘宝よりも高価だからな」


「同感です」


 と言い切ると、前方に蠢くものを発見した。

 スケルトンの集団がかたかたとこちらを見ている。


「さすがは大墳墓、アンデッドは多そうだ」


「多そうだ、じゃなくて多いんだよ」


 歳三の言葉を修正すると、その奥からさらになにものかがやってくるのを確認する。


 腐った肉をつぎはぎしたかのような屍鬼(グール)だった。


「まったく面倒くさい連中と出くわしたな。アンデッドは交渉できないから嫌いなんだ」


「俺もだよ。剣が脂でべっとりするから嫌いだ」


「そういえば日本刀じゃないが、大丈夫か」


「欲を言えば刀がほしいが、贅沢は言えない」


 歳三はそう言うが、老人は無言で腰にある一振りの刀を歳三に投げる。


「無銘だが、良い刀だ」


 老人は一言だけ言うが、それですべてを察した歳三はにやりと笑う。


「ここまで期待をされてしまったら、俺が一番あいつらを斬らないとな」


「そうして頂けると助かる」


 俺がそう言うと歳三は風のような速度でアンデッドの一団に突っ込んでいく。

 いきなりの袈裟斬りでスケルトンの盾ごと切り裂く。まさしく剛の剣であった。


 一方、老人も遅れて参戦するが、彼は柔の剣だった。大ぶりせずに的確に敵の戦闘力を奪う。スケルトンは頭を破壊しても動くが、手を破壊すれば武器を持てなくなる。足を破壊すれば歩けなくなるので、そこを重点的に狙う。


 まったくもって合理的な戦いであるが、互いに一撃で勝負を決めるところはよく似ていた。


 新撰組は実践剣法の集団と聞いていたが、やはり老人も新撰組関係者なのだろうか。そんな考察をしていると、奥からやってきたグールがうなり声を上げる。


 巨大な斧を引きずりながら突っこんでくる。


「こいつは特殊なグールだな」


 俺は解説する。


「どう特殊なんだい?」


 歳三は尋ねてくる。


「文献で読んだのだが、グールとは死体を改造して作った不死兵器だ。その中にはさらに特殊な方法で作ったやつらもいて、こいつがそうなんだろう」


 と言うとグールの巨大な戦斧が歳三を襲う。端から受ける気など毛頭なかったのだろう。颯爽と避けると足下に巨大な穴が広がる。


「たしかに特殊だ。なんていう馬鹿力なんだ」


「古代の罪人を集めて、その死体を選りすぐってできたのがこいつなんだろう。邪悪な力を持っている」


「道理で各パーツの大きさが違うわけだ」


 両足の長さが違うし、右手に至っては左手の二倍太かった。


「ああ。厄介な生き物だが、倒せるか」


「俺ひとりでは無理だな」


 ちらりとキツネ仮面の老人を見るが、彼も苦笑を漏らしながら言った。


「これこれ、老人を頼るものではない。先ほども見ただろうが、俺の剣は柔い」


「あれは余技だろう。太刀筋を見るからに本来のあんたは俺と同じ剛の剣のはずだ」

「まったく観察眼だけは相変わらずだな。しかし、本気の剣はそうそう見せられん。本気の太刀筋を見せればさすがに正体が気取られる」


 それにおれが年寄りなのは変わらない、と笑う。

 まったく、食えない爺さんだ、俺と歳三は笑いながら、互いに視線を交差させた。

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