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キツネ面の老人

 牢獄を脱出すると、俺たちは潜入モードに切り替える。


 このまま破壊工作をしながら派手に逃げてもいいのだが、魔王アシュタロトは慎み深い王なのだ。静かに招かれ、静かに退出することをモットーとしていた。


 なので牢獄の前にいる看守は、歳三とふたり同時に襲いかかる。あうんの呼吸で後背に回り込むと、首筋に手刀を入れる。意識を失う看守。


「それにしてもどうして首筋に手刀で気絶するのだろうな」


「さてね」


 と答えると、看守を牢の中に引きずり込み、縛っておく。


 そのまま城に出ると、ときおり、出くわす見張りに同様のことをする。物陰に潜んで攻撃を加えたり、透明化の魔法で後背に回り込んだり、色々だ。


「怪盗アシュタロト様だな。どうだ、宝物庫に忍び込んでお宝を奪うのは」


「それは悪くないが、まあ、またの機会に。今は一刻も早くジャンヌと合流、その後、イヴとも合流して軍を動かしたい」


「無慈悲な懲罰を加えるのだな」


「ああ、ここ数年で最高のやつを加える」


 そう言い切ると、警報が鳴り響く。


「っち……」


 舌打ちをする歳三。


「どうやら看守が起きたかな」


「かもしれないな。まあ、いい、ここまでこられれば上等だ。もう潜入モードはお終いだ。強襲モードに切り替える」


 歳三は断言すると、さっそく、やってきた衛兵をロングソードで切り捨てる。

 やれやれと思わなくもないが、もはやそれしか残されていないだろう。俺は拳に魔力を込めると、徒手空拳で戦いながら出口を目指した。


 あっという間に城のエントランス・ルームに出ると、そこで衛兵数十人に取り囲まれる。前後左右すべての方向からやってくる。しかも、まだまだ増援がきそうであった。


「なかなか手際が良い」


 そう表すると、応じてくれたのはイスマリア伯爵だった。


「魔王を城に迎えるのに、警備を手薄にする理由があるのかね」


「ないね」


「つまりそういうことだ。大人しく捕まってくれ――、とは言わない。なぜならば捕まえてもお前はまた逃げるだろう」


「脱獄記録更新は男の夢だ」


「その夢もここまでだ」


「ジェシカが悲しむぞ」


 とは歳三の弁だが、イスマリアは平然と言う。


「魔王アシトは獄中で自殺した。誇り高い男だった、と言っておく」


「それは有り難いが、ただで死ぬ気はないな。何人か衛兵を道連れにして、お前さんの首がほしい」


「それは無理な相談だな」


 イスマリアがそう言うと、彼の視線が端にいる執事と交わる。それと同時に執事はなにかボタンのようなものを押す。


 すると歳三のいた場所、地面がぱかりと空く。歳三はそのまま地下に落ちていった。


 それを他人事のように見ると「俺は参ったな」と口にした。


「この状況でも脱出する自信はあったんだが、歳三を置いてはできない」


「ならば一緒に地下に落ちよ。そこで朽ち果てるがいい」


「ご配慮感謝するが、最後のは遠慮する」


 と言うと同時に俺の下もぱかりと空いて重力のくびきから解放される。


 真っ逆さまに落ちる。まるで激流を下るような感覚だが、激流下りと違うところは楽しくないと言うことだろう。


 落下の衝撃で死んだら堪らないので、両手で落下速度を落とす。落下地点にたどり着くと、魔力を逆噴射して衝撃を緩和する。もしもそれをしていなければ地面に叩き付けられて骨折していただろう。


 この落とし穴は落ちたものを死なない程度に怪我をさせ、地下牢で苦しみ悶えさせながら殺す役割があるようだ。悪趣味な仕掛けである。


 地下に落ち、周囲を確認すると周りは骸骨だらけであった。人間、魔族問わない。何百年も使われてきた形跡がある。伯爵の陰険さは先祖譲りのようだ。


「さあて、歳三の安否を確認するか」


 伯爵の陰険さを言語化し、なじることはいつでもできたので、相棒の捜索を始める。もしも怪我をしているようならば、手当てする必要があったが、それは彼を舐めすぎたようだ。


 歳三は途中でロングソードを壁に突き立て、落下速度を緩め、受け身も取ったようである。傷ひとつなかった。


「さすがは鬼の副長だな」


 そう言うと彼は不敵に微笑む。


「しかし、イスマリア城の深くにこんな辛気くさい場所があったとはな」


「伯爵の先祖が作ったようだ」


「陰気な先祖だ。そっくりだな」


 歳三も同様な感想を漏らすと、俺はロングソードの柄に《灯火》の魔法を掛ける。


「その光で探索してくれ。お前は左回り、俺は右回り」


「あいよ」


 歳三が動くと俺も動き、探索を始める。探索と言っても地下水牢は五分ほどで一周できる作りだった。同じ地点で歳三と出会う。


「これはもしかして詰みというやつかな」


 歳三は漏らすが、まだ中央にある水堀の中は調べていなかった。


「水堀があると言うことはどこかに繋がっているはずだ。そこから脱出できるかも」


「たしかに。旦那、ちょいと潜ってきてくれ」


「主にそんなことをさせる気か」


 冗談めかして言う。


「俺は泳ぎは苦手なんだよ。それに水門に格子があったら、旦那の魔法が必要だろ」


「たしかに」


 納得すると俺は水に潜る。《水中歩行》、ウォーター・ウォークの魔法を掛ける。この魔法は水中の底を歩き、しかも空気まで得られる便利な魔法だった。


 歳三はさすが魔法使いと羨むが、俺はそのまま水堀の中を調べる。やはりそこはどこか他の場所に繋がっているようだが、問題なのは鉄格子に対魔法処理がされていることだった。魔法で切断は難しい。


 これは歳三を呼び、水中で斬鉄をしてもらうしかないな、そう思った俺は水面に浮かび上がろうとするが、それは出来なかった。格子の向こうに見慣れぬ人物を発見したからである。


 彼はキツネの面をかぶった老人で、水中で抜刀術をしようとしている。


 水中で出来るものなのか? 注意深く観察していると、老人は俺の杞憂をあざ笑うかのように見事な抜刀術を決める。


 四角い線が走ると、その形通りに格子が切れる。見事である。先ほどの歳三の抜刀術とまったく見劣りしなかった。


 老人は俺が観察していることに気が付いたのだろう。あごをくいっとやりこちらについてこい、というジェスチャーをする。うなずくことでその意志に従うことを伝えると、水面に上がり、歳三を呼ぶ。


「面白い剣士が助けてくれた。キツネ面の剣士だ」


 歳三は心当たりがあるのだろう。


「ほう……」


 とだけ言うと、両耳に唾を付け、水中に潜る準備をする。

 歳三は水中に飛び込むと、ぶかっこうな泳ぎで切れた格子をくぐった。


 俺も彼のすぐ後ろを付いていくと、そのまま水中を泳ぎ、牢獄ではない別の場所に出た。

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