地下牢
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イスマリア城の客間は小綺麗で落ち着く造りをしていたが、欠点があるとすればそれは外から鍵を解除できるということだろうか。
夜中、施錠をしていたのにガチャリと扉が開く。
中に入ってきたのは暗殺者――ではなかった。
いや、暗殺者ならばどれだけ良かったか。入ってきたのは限りなく透明に近いネグリジェを着た女性だった。
ジェシカである。彼女は裸体に近い格好で俺の部屋に入り、小さな声でささやいた。
「アシト様、今宵はお情けをもらいにきました」
――お情け、つまり抱いてくれとことだろうが、なんと情熱的な娘なのだろうか。ジャンヌの十倍は積極的な女性であったが、残念ながら出逢ったばかりの女性と寝所をともにするほど肉食系ではなかった。
形式的に彼女の美しさを褒めたあとに丁重に出て行ってもらう。
しかし、ジェシカは納得しない。
「どうしてですか、アシト様。わたくしの美しさはイスマリア一です」
「それは理解していますが、だからこそ軽々に物事を進めたくない。もう少しお互いに知り合ってから」
「男女が知り合うのにこれ以上の方法がありましょうか」
「それでも一足飛び過ぎます」
と言うと、彼女は怒りを隠さなくなる。子供の頃からなんでも思い通りになっていたのだろう。自分の意に沿わないことがあると癇癪を起こすらしい。
またせっかく自分からきた、という思い上がりもあったのだろう。それに断られるとも思っていなかったので自尊心を大変傷つけられたようだ。
怒り心頭の彼女は大声を張り上げる。
「よろしいのですか、アシト様、これ以上、わたくしに恥をかかせたら、なにをするか分かりませんよ」
「隠し持っているナイフで俺を刺すのかね」
「そのような無粋な真似はしません。ただ、大声を張り上げて助けを呼びます」
彼女は自分の衣服を破る。透け透けな分、簡単に破れるようだ。
「この姿で人を呼んだらどうなるか、賢明なアシト様ならば分かるでしょう」
「なるほど、それは分かるが、君は俺が脅しに屈するタイプではないと分かっていないようだ」
その返しにむっとなったジェシカはもう一度、忠告する。
「いいのですね? 叫びますよ?」
「ご自由に――」
俺がそう言うとジェシカは大きく息を吸い、絹を切り裂いたかのような悲鳴を上げた。
当然、衛兵が飛び込んでくるが、同時に歳三もくる。
彼は呆れたように俺の顔を見ると、こう言った。
「旦那も大変だな、同情するよ」
「同情はいいよ。お前も一緒に獄に繋がれるのだから」
「たしかにそうだ」
思い出したかのように一緒に笑うと、俺たちは衛兵に縛られながら、地下に連行された。
牢獄で寝転がっていると怒りで顔を染め上げた伯爵がやってくる。
「貴様、俺の娘を傷物にしたとは本当か」
まるでヤクザのような言い分だが、領主などというものは元々ヤクザと大差はない。
言い訳をしても無駄だと分かっている俺は肯定する。
「あなたの娘があまりにも魅力的だったので」
棒読みだな、とは歳三の感想であるが、事実なので反論はしない。その態度にイスマリア伯爵はさらに怒り心頭となる。
「不埒な真似をしておいて、その態度、許せない。しばらくその牢屋で頭を冷やせ」
すぐに処刑しないのは、ジェシカが俺にまだ未練があるのか、それとも一国の指導者を容易に殺害できないと思ったのか、定かではないが、とりあえず安全は確保されたようだ。
しかし、女心と領主の心は変わりやすいという。いつ、心変わりするか、分かったものではない。そう思った俺は歳三に相談を持ちかける。
「歳よ、ちょいと相談があるのだが」
「なんだ。男色に目覚めたのか」
「そうだと言ったら応えてくれるのか」
「絶対に嫌だ」
「ならば違う。俺がしたい相談は脱出についてだ」
「それならば話に乗るが、どうやって脱出する。この檻は対魔術用の防御壁が張られているぞ」
「それは知っているというか、想定済みだ」
「ならこの城に入るときにわざと没収させた剣が脱出の鍵か」
「察しが良いいじゃないか。その通りだ。あの剣は意思を持っていて、いつでも呼び出せる。しかし、問題なのはタイミングだ。もっとも手薄な時間を狙いたい」
「ならば丑三つ時にするのだな。草木も眠るというやつだ」
「夜中の二時か。ならば今から寝るが、冷たい牢獄で眠れるか?」
「簡単だ。むしろ、貴族育ちのあんたのほうが心配だ」
「俺に唯一、軍人としての才能があるとすればどこでも眠れるということだ。荷馬車だろうが、石畳だろうが、どこでも眠れる」
「そいつはすごいな。拝見させてもらおうか」
と言うと歳三はごろりと寝転がる。俺もそれに習うと眠った。どちらが先に眠るかの勝負であるが、この勝負の欠点は審判がいないことだろうか。
どちらかが先に眠ったかの判定は不可能だった。
俺と歳三はほぼ同時期に眠ると、ほぼ同じ時間に目覚めた。
夜中の二時手前にむくりと起きると、双方確認する。
「これから一暴れするが、その前に小便をするか」
順番に互いにツボに小便を垂れると、俺はこの城のどこかにある剣に呼びかける。
「出でよ、リビング・ソード!!」
そう念じると生きた剣は音もなく現れる。格子の隙間から入ってくると、歳三の手に渡る。
歳三は、
「西洋のロングソードは苦手なんだが、この際贅沢は言えないな。斬鉄を試す」
そう宣言すると、日本刀を扱うかのように腰に剣を置く。そのまま抜刀術をするようだ。
俺はそれを観察する。
歳三の抜刀術は素晴らしかった。まるで鞘に収められた日本刀のようにするりと抜けると、ロングソードが格子に向かう。
歳三は菱形の残像を作ると、それがそのまま現実となって格子を切り抜く。
脱出路が作られたわけだが、俺たちは悠然と脱出路をくぐると、牢獄の外に出た。
歳三いわく、その様には王者の貫禄があるらしい。
ありがたい表現であるが、やっていることは深夜の脱出に他ならなかった。
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