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伯爵の娘ジェシカ

 夕刻になると侍女がやってきて、着替えを用意してくれる。煌びやかな衣装だった。


「これは?」


 侍女はうやうやしく答える。


「それは夕食のときにお召しになられる衣装でございます」


「まるでパーティのようだな」


「その通りです。夕食のあとには軽いダンスパーティーを用意しています」


「ダンスは苦手なのだが」


「大丈夫です。アシュタロト様は華があるので会場にいるだけで女性を魅了します」


 歳三ならば「君もその中のひとりかな」と言うだろうが、あいにくとそのような気の利いた言葉はいえない。素直に侍女の持ってきた衣服に着替えると、土方と廊下で出くわす。彼はいつもの服を着ていた。


「俺に貴族が着るような服は似合わない」


「同意だ。まあ、軍服でダンスパーティーというのも粋ではある」


「だろう。しかしまあ、旦那は剛毅だな、寝癖が付いているぞ」


「ああ、これか。さっきまで寝ていたからな」


「敵中でいびきをかいて寝られるとは大物だ」


「お前も似たようなものだろう。目やにが付いているぞ」


 歳三もどうみても熟睡したように見えた。


「俺のは無神経と言うものだ」


 彼はにやりと笑うと、一緒に城の食堂の間に向かった。

 イスマリア城の食堂の間はとても広く、一度に30人は入れそうであった。


 その大きな間を3人で占有するわけだが、俺と歳三が席に着くと、奥から別の人物がやってくることに気がつく。


 貴族の令嬢のような格好をした女性で、歳は18くらいだろうか。見目麗しい。まるでお姫様のようであるが、似たようなものだった。


 イスマリア伯爵は自慢げに彼女の正体を話す。


「おお、我が娘よ、よくきた。相変わらず美しい」


 予期はしていたが、あらためて伯から聞くと少し驚いてしまう。目の前の女性はあまりイスマリア伯に似ていなかった。かなりの美人なのである。母親似なのだろうか。


 まじまじと見つめてしまったためだろうか、伯爵の娘は恥じらう。


「まあ、そのように見つめられると恥ずかしいですわ、アシュタロト様」


「それは失礼しました。ですが、とても美しかったのでつい」


「口がお上手ですね」


 伯爵の娘は微笑むと、自己紹介を始める。


「私の名はジェシカ。イスマリア伯爵の娘のジェシカと申します」


「美しいお名前だ」


「ありがとうございます」


 ジェシカは微笑みながら席に着くが、椅子を引くテンポが一瞬遅れた女中を睨み付ける。女中は顔面を蒼白にさせ、謝る。かなり気の強い娘なのだろう。それだけで容易に想像できた。


 女中が小走りに去ると、ジェシカは再び笑顔を浮かべる。なかなかの笑顔だが、作り物めいた感じがした。


 その後、給仕たちが料理を持ってくる。彼女たちがスープを注ぐ、カボチャの冷製ポタージュスープはとても旨かった。


 コース料理がいくつか出てくる。それも満足いく出来であったが、ナイフとフォークを持つ手が止まる。イスマリア伯爵が政治とは無関係の話をしてきたからだ。


「ときにアシュタロト殿、貴殿は結婚をされているかね」


「あいにくと独り身にございます」


 それを聞いたイスマリア伯爵はにやりとした。


「それは素晴らしいな。――いや、もったいないな。どうだね、うちの娘と結婚しないかね」


 さりげない一言、肉屋に買い物に行ったら、ソーセージも勧められるような気軽な提案だったので、思わずイエスと言ってしまいそうになるが、もちろん、軽々には答えられなかった。


「まだ結婚するのは早いかと。領主になったばかりですし、明日も分からぬ身ですから」


「明日が分からぬとは」


「いつ攻め滅ばされるとも分かりませぬ」


「それはどの領主も同じだろう。しかし、皆、結婚をし、子孫を残している」


「俺には難しいかと」


「難しいのではない。煩わしいだけであろう」


 その通りなので反論のしようがないが、イスマリアはたたみかけてくる。


「どうだね、我が娘を嫁とし、イスマリア家とアシュタロト家の繁栄を永遠のものとしては」


「ありがたい提案ですが、後日、ゆっくり考えたいです」


「うちの娘を嫁にできないということか」


「そういうわけではないのですが」


 俺が困った顔をしていると、当のジェシカが助け船を出してくれた。


「お父様、アシト様がお困りですよ。いいではないですか、そのような話は今後にとっておけば」


 その言葉を聞いたイスマリア伯爵は、「たしかにそうだな」と言うと、話を切り替える。


 伯は狩猟の話を始める。なんでも食堂に飾ってある大きな鹿の首は彼が仕留めたものらしい。イスマリア領には良い狩り場があるのだそうだ。今度、一緒に行こうという話になる。


 このように伯爵家との会食は進むが、居たたまれない気持ちになる。結婚の話は終わったはいいが、終始、ジェシカがこちらに熱視線を送っていたのだ。美女に見つめられるのは悪い気はしないが、ジェシカという女性はどうも苦手だった。会食が終わり、部屋に戻るとき、歳三は言う。


「あれは悪女だな、気をつけろよ。色香に惑わされたら、逸物ごと食いちぎられるぞ」


 さすがは多くの女性と浮名を流した男である。観察眼が素晴らしかった。


「肝に銘じておくよ」


 と返答すると、施錠するが、その夜、トラブルを抱えてその娘はやってくる。

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