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獅子王の最後

 新撰組副長土方歳三と、獅子王サブナクの戦いは見事であった。

 互いに得物は違う。

 歳三は和泉守兼定。

 日本刀の中の日本刀、業物のひとつである。


 発祥は鎌倉時代の名工、美濃の国で活躍した刀工のものが有名であるが、土方の所有しているものは、鎌倉時代のものではなく、幕末、会津藩によって作られたものだ。


 当然、鎌倉時代のものよりも希少価値は落ちるが、切れ味が劣るわけではない。


 むしろ人を切った実績という意味では、鎌倉時代のものよりも幕末のもののほうが多いかもしれない。


 少なくとも史実として土方歳三という男は、和泉守兼定で多くの人を斬ってきた。


 幕末に跋扈した不逞浪士、のちに新政府軍と呼ばれることになる薩長の犬、それらに属する人間を何人も斬ってきたのが、和泉守兼定だった。


 一方、魔王サブナクの所有する大剣も負けない。

 この異世界グロリュースの最果てに住む山の蛮族の刀工に鍛えてもらった大剣。


 鋼を鍛えるときに罪人の血を使ったと言われる逸品で、強大な魔力を付与され、通常の大剣よりも軽いとされていた。それでいて威力は遜色がないどころか通常のグレートソードよりも上というチートアイテムである。


 所有武器は両者甲乙付けがたく、同格といっても差し支えないだろう。

 あとは戦士としての技量であるが、それも互角であった。

 土方歳三とサブナクは、十合以上に渡って剣を打ち合わせている。

 剣が交わるたびに火花が飛び出て、大きな音がこだまする。

 まるで宗教画のように荘厳な打ち合いだった。


 異世界のサムライとこの世界の魔王が剣戟を繰り広げる様は、神秘的であり、夢物語のようだった。


 ましてやふたりの実力は伯仲、その腕前も余人の追随を許さない。

 ふたりの剣戟を鑑賞できる人物は、なんと光栄なのだろう。

 素直にそう思ったが、その素晴らしい時間も永遠には続かなかった。

 実力が伯仲しているかと思われたふたりだが、わずかに差があったのだ。


 その差はほんのわずかであり、紙一重であり、本人たち以外ならば気が付かないものだが、達人同士の戦いになるとその紙一重が徐々に差になって表れるようだ。


 戦況は土方歳三のほうに傾いていた。

 魔王サブナクは徐々に壁際に追い詰められる。


「ぐぉぉぉーーん」


 獅子特有の雄叫びを上げるが、それは歳三の刀が獅子王の腕を斬り裂いたからであった。


 この一騎打ちが始まってから初めてダメージを負ったのである。

 それは獅子王にとっては屈辱以外のなにものでもない。

 この戦が始まって以来、接近戦によってダメージを負ったのは初めてだった。

 いや、ここ数年来、久しぶりのことだった。


 相手が同じ魔王ならばまだ慰められるが、たかだか英雄に、それもチビの東洋人に傷を負わされるなど、辱め以外の何ものでもなかった。


 獅子王の屈辱は怒りに、やがて闇に変わる。

 一騎打ちこそ武人の誉れ、と思っていたサブナク。

 剣と剣の勝負に無粋なものは使わない。

 それが信条であったが、もはやそんなことは言っていられなかった。

 このままではサブナクは部下の信任を失い。部下に殺される羽目になるだろう。

 それを回避するには、この東洋人を殺し、魔王アシュタロトも殺さなければ。

 そう結論に至ったサブナクは、懐から水晶球を取り出す。


 魔法が封じ込められた水晶球。先ほどは《遠視》という基本魔法が閉じ込められていたが、今度のはものが違う。


 水晶球に閉じ込められているのは、魔人だ。

 イフリートと呼ばれている炎の魔人が閉じ込められている。

 それを解き放てば、このような小兵、一撃で灰にできる。

 そう思ったサブナクはためらうことなく、水晶玉を投げつける。

 歳三の足下で割れた水晶玉は、そのまま砕け散ると、辺りの温度を急上昇させる。

 炎で作られた魔法陣が足下にできあがると、炎の身体を持つ魔人が具現化する。


 その魔人は歳三の身体を掴み、抱擁によって焼き尽くそうとする。

 歳三はうめき声を上げるが、悲鳴は上げなかった。

 どこまでも胆力があり、自尊心の高い男であった。


 この期に及んでも、相手が卑怯な手段に出ても、それを糾弾することもない。俺に助けを求めることもなかった。


 このままでは歳三は死ぬだろう。

 だが、そんなことをさせるつもりはなかった。

 こんなところで猫王に殺させるほど安い命ではない。

 死ぬべきなのは、鬼ではなく、猫のほうであった。


 俺はイフリートに対抗するため、水の精霊を召喚する。

 ウィンディーネである。


 透き通るような肌を持った処女が俺の持っている水筒から召喚されると、彼女はイフリートに攻撃を加える。


 彼女の流れるような髪がそのまま川となり、イフリートの炎を鎮火する。


 本来、精霊の格としてはイフリートのほうが上であるのだが、水晶球で召喚されたイフリートと、魔王が召喚したウィンディーネでは後者のほうが強いようだ。

 イフリートはあっという間に精霊界に帰還する。


 これで歳三の命は救われたわけであるが、それで終わりにするつもりはなかった。

 サブナクは性懲りもなく、弱った歳三に大剣を振り落とそうとしたからだ。


 俺は《瞬間転移》の魔法でサブナクと歳三の間に割って入ると、右手に魔力を込め、やつの大剣を受け止める。



 ガシン!



 という音がこだまする。


 素手で受け止められるなどとは夢にも思っていなかったのだろう。猫王サブナクは驚愕した。


「ば、馬鹿な、俺の大剣を素手で!?」


「先ほどからお前の剣筋をずっと見ていたからな。たしかに馬鹿力だが、挙動が毎回同じだ。同じならば手に魔力を込めればこれくらいの芸当はできる」


「おのれー! この三流魔術師が!!」


「三流か。まあ、その通りだが。さて、猫王さんよ、その三流にこれから消し炭にされるお前さんはなに流になるのかな? 四流か? 五流か?」


「俺を消し炭だと? 馬鹿か。俺の肉体は鋼よりも硬い」


「鋼だって溶けるし、斬り裂ける。お前は水晶玉でイフリートを召喚したようだが、俺の魔法はイフリートよりも強力だぞ」


「抜かせ」


「身をもって体験するしかないようだな」


 呪文を詠唱する。



「地の底に眠る星の種火よ! 古の眠りから目覚めよ!

 裁きの業火を燃やせ!

 宿怨の炎をたぎらせよ!」



 《獄炎》という魔法を放つ。


 ヘル・ファイアと呼ばれる中級魔法であるが、この魔法は使い手によって何倍も威力を変えるのだ。俺が本気で魔力を込めれば、その威力は火山のマグマと同等になる。


 鋼の肉体だろうが、猫科最強の魔王だろうが、容赦なく溶かすことができた。

 実際、この魔法を喰らった魔王サブナクは、悲鳴を上げる。

 咆哮を漏らす。



「ぐぅあああああああああーーん!」



 獅子の断末魔の叫び。


 火だるまになったサブナクは、数十秒のたうち回ったが、火を消すすべを持たない彼は、やがて動かなくなる。


 動かなくなっても地獄の炎は容赦なく獅子王の身を焼き、彼を焼き尽くす。

 サブナクの巨体から火が鎮火したのは、30分ほどあとであった。


 30分後、文字通り炭カスになった彼は、獅子の頭も、鋼の身体も消失していた。

 つまり俺は魔王サブナクに勝利したのだ。


 こうして俺は初めての対魔王戦に勝利を収めた。

 そのことを言語化してくれたのは土方歳三であった。


 火傷を負いながらも最後まで戦った彼は、部下である人狼から治療を受けていたが、それが終ると、刀を杖代わりに俺のところにやってきてこう言った。


「一騎打ちを横取りするとは、とんでもない王だが、不覚を取ったのは俺の責任。それに命の差し入れ。助かった」


「やつが卑怯な真似をしなければ歳三が勝ったのにな」


「それはどうだか。剣に関しては負ける気はしないが、やつには無尽蔵の体力と強靱な肉体があったからな」


「謙遜を」


「謙遜を、といえばお前さんもな。その化け物じみた実力はなんだ。最初から守る必要などなかったのではないか?」


「そんなことはない。そもそも王みずから戦うのは兵法に反する」


「しかし、俺らは零細軍団だ。今後もお前さんの武力は頼りになる」


「そうだな。一日でも早く、部下に任せきりにしたい。俺は本来、城の奥に立てこもって陰険な謀略を考えるのが好きなんだ」


「知略家なんだな」


「いや、現実主義者と呼んでくれ」


 そう言い切ると、俺は歳三に腕を差し出した。

 初陣の健闘を称える握手であるが、彼の世界には握手なる風習はないようだ。

 それでもなんとなく意味を察した歳三は手を握り返してくれた。

 彼の無骨な手はとても力強かった。

 力強い握手から力強い友情が生まれる。

 今後、彼と友情を育めるだろうか。

 それは不明であるが、ひとつだけ分かったことがある。

 このあと、彼と飲んだ酒がとても旨かったということだ。


 戦場で背中を預けられる男と、旨い酒を吞み。旨い肴を食べるのは、この世界で一番の贅沢のような気がした。

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