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竜の串刺し

 ジャンヌがいる泉まで走る。距離にして数キロだが、思ったよりも早く合流できそうだった。


 その理由はジャンヌがこちらに近づいてきてくれているからだ。

 ジャンヌはドラゴンに反撃しながら、俺たちのほうへ向かってくれていた。


「指示通り行動するとはやるじゃないか、あの金髪のお嬢ちゃん」


「ああ、助かる。ひとり、ドラゴンに挑まれても困る」


「聖女ひとりに倒されると魔王の名が廃るか?」


「それもあるが、せっかく用意した策を使わずに終わるのもつまらない」


「策とは先ほど、俺に切らせた巨木の件か?」


「そうだ」


 実は先ほど、土方に頼んで大きな木を杭状に切ってもらった。


「なにに使うんだ、とは言わないが、木こりのものまねをさせたんだ、酒くらいおごれよ」


 白竜の滴がいい、と銘柄を指定する。


「構わないが一杯だけな。それともうひとつお願いがある」


「ならば二杯にしてもらおうか。で、なに用だ」


「この木々を抜けるとドラゴンに遭遇すると思う。喧嘩先制の一撃を見舞ってくれないか」


「なんだ、そんなことかお安い御用だ」


 土方は腰の刀に手をやりながら走り出す。

 俺はカウントする。


「……1、2、3、今だ!」


 と叫ぶと同時にジャンヌがこちらに向かって走り、俺の胸に飛び込んでくる。

 わずかの間を置いてそのあとを竜がやってくる。


 青い皮膚のドラゴンは木々をなぎ倒しながらジャンヌを捕食しようと走ってくるが、その大口に向かって一閃を加える。


 土方歳三は見事な抜刀術でスカイドラゴンの口に一撃を加える。


 まさか聖女を捕食しようとした瞬間、反撃を喰らうとは思っていなかったスカイドラゴンは恐れおののく。それに歳三の剣閃自体するどく、巨体の竜を引かせる重みがあった。


 スカイドラゴンはこれは堪らないとのけぞるが、一撃を加えた歳三は冷静な表情で皮肉を漏らす。


「酒臭い息と人のはらわたの匂いがぷんぷんしやがる。一度人の味を覚えたドラゴンは始末するに限るな」


 その言葉を理解したわけではないだろうが、ドラゴンは怒りに震えながら反撃してくる。


 丸太のような尻尾を振り、歳三をねじ伏せようとするが、彼はひらりとそれを避けると刀を振った。


 その一撃で尻尾の先端はちぎれ落ちる。切り離された尻尾はトカゲの尻尾のようにうごめいていた。


「尻尾の素材が手に入ったぞ」


「あとで丸焼きにして食べるの!」


 俺とジャンヌが軽口を漏らすと、ジャンヌは俺から受け取った聖剣を構える。


「さっきはお酒をお酌してあげたけど、今度はこれでお前を調理してやるの」


 ジャンヌは聖剣から剣閃を放つと、その衝撃波がドラゴンを襲う。聖なる光の一撃によって翼を傷つけられたドラゴンは咆哮を上げる。


「これで空を飛べなくなったかな?」


 ジャンヌは問うてくるが、それは分からない。ただ、言えることは俺が先ほど施した策を実行するのにちょうど良くなったということだ。


 歳三に向かって叫ぶ。


「歳三、そいつを切りながら先ほどの場所に向かってくれ」


「あいよ。あの杭を利用するんだな」


「ご名答」


 俺と歳三の間に割り込むジャンヌ。


「杭ってなに?」


「あのドラゴンを串刺しにするのさ」


 と言い放つと俺はジャンヌを抱き、後方に下がる。


「おお、案外パワフル」


 と喜ぶジャンヌを無視し、後方に下がると歳三がドラゴンを引き連れてくるのを待つ。


 軽く深呼吸するとジャンヌをおろし、魔法を唱える。巨大な火柱を上げ、竜が『飛ぶ』ように仕向ける。


 俺の計算通りに竜がやってくると、炎の柱を避けるため、翼をはためかす。

 先ほど受けたジャンヌの一撃もなんのそのだ。


 しかし、その生命力があだとなる。その頑健さが命取りとなる。


 竜が空に飛んだ瞬間、俺は呪文を詠唱する。《竜巻》の呪文だ。荒れ狂う風の渦を作り出したそれをスカイドラゴンにぶつけると、ドラゴンの翼はズタズタに切り裂かれる。


 まるでぼろ雑巾のようになったスカイドラゴンの翼。途端、浮力を失い地面に落ちるが、そこに先ほど歳三が作った杭があった。


 巨木で作られた杭は恐ろしいまで鋭利に先端を尖らせていた。もしもそこに巨大な生物が落ちれば、串刺しになるだろう。そのような計算の元、作らせたのだが、その計算はぴたりとはまる。


 見事杭の上に落ちたドラゴンは「グギャアアァ!」と断末魔に声を上げる。その声は森中に響かんばかりであった。


 腹から背中に杭が突き抜けたドラゴンは即座に絶命する。さすがのドラゴンもあの杭を打ち込まれては生きてはいけない。


 絶命したドラゴンを見て、「これ、食べれるかな」という目をしているジャンヌの頭を撫でる。


「ワイバーンを食べない理由と一緒でスカイドラゴンも食べないぞ」


「旨くないの?」


「それもあるけど、人の肉を食う獣はちょっとな」


「なるほど、間接カニバリズムなの」


「難しい言葉を知っているな」


「メイドに習った」


「イヴか。今頃、魔王城を出立した頃かな」


「たぶん」


「思わぬ道草を食ってしまったな」


「そうだね。でも、もう一日くらいゆっくりして行きたいの」


 ジャンヌは村の人々が開いてくれるであろう宴に興味があるようだ。正確にはそこで出される料理にか。


 普段ならば同意はできなかったが、俺には先ほど霧の中で出会った老人との約束がある。もう数日、ダンケ村に滞在することになるだろう。


 老人の存在は告げず、村に滞在する旨だけをジャンヌに伝える。


 ジャンヌは「魔王は話が分かるの」と目を煌めかせるが、少しだけ罪悪感が。今回、この村に逗留するのは俺の私的な用事があるからなのに。


 俺は罪悪感を紛らわせるため、再び彼女の頭を撫でる。

 聖女様の髪はとてもさらさらしており、撫で心地がとても良かった。

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