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ふたりの老人

 霧の奥から現れた老人は、想像よりも小柄だった。霧の奥で感じた存在感から小山のような老人を想像したが、その身体は枯れ木のように細かった。


 服以外はなにも身につけていない。武装はしていなかった。


 しかしだからといって見ず知らずの人物を無条件で受け入れるほど間抜けにはなれない。誰何をし、身分を確かめる。


 老人は悠然と応える。


「人様に名乗るほどの名はない。そうだな、霧の老人とでも呼んでくれ」


 そのまんまだな、とは言わない。目の前の老人はそんな軽口を言っていいような相手ではなかったからだ。


 威圧感を感じる。他者を圧倒するような存在感。ただ、それでいて自然体で、武張ったところを感じさせない老人だった。


 俺はすぐに直感する。この老人と戦えば負ける、と。この老人は俺よりも上位の存在だと。


 少なくとも『兵』を率いた戦いで勝てるような気がしなかった。


 自然と俺の頭は下がり、片膝をつく。その姿を見ていた老人は「かっかっか」と哄笑を漏らすと続ける。


「そのように改まる必要はない。それに頭を下げる必要も。わしはただの老人。魔王ともあろうお方が頭を下げる理由はない」


「しかし、貴殿は名のあるお方とお見受けする。それに俺は老人を敬えと教えられて育ちました」


「良い教育を受けたな。ならばそのものに敬意を表し、このままで」


「霧の老人よ、貴殿はなんのために俺の前に現れたのです」


「なんのためと言われてもな。キノコ狩りをしていたら道に迷った。連れのものを探している」


「ご冗談でしょう。なにか運命めいたもの、あるいは作為めいたものを感じます」


「謀略の魔王はなにごとにも意味を求めるのだな。悪い癖だ」


「しかし、あなたのような老人と出会えたのは宿命以外のなにものでもありません。是非、その教えを請いたいのですが」


「会うなりいきなり弟子入りか。しかし、お前には勤めがあるだろう」


「はい。これからドラゴンを倒し、伯爵領に向かわなければなりません」


「まるで近所に散歩に行くような口ぶりだな。必勝の信念を感じる」


「はい、このような場所で朽ちるつもりはありません。伯爵ごときに手玉に取られるつもりも」


「その言やよし。事実、お前は今まで色々な困難にその知謀で対抗してきた。今後もその知恵で大いに活躍することだろうて」


「しかし、それも限界が訪れます。より高みを目指さねば。そのためにはあなたの教えが必要だ」


「そこまで言われれば悪い気もしないな。そうだな。明日までにドラゴンを倒せるか?」


「日が落ちるまでに駆逐して見せます」


「ならば明日の夜明け、またこの場所にこい。さすれば戦術のいろはを教えてやろう」


「まことですか」


「わしは嘘は言わない」


 老人はそう断言すると、俺に背を向ける。キノコ狩りを続けながら、従者と合流したい、と言った。


 一緒に従者を探そうか尋ねたら断られた。「お前にはお前の成すことがあろう」と言われた。たしかにその通りだ。今、俺はドラゴンを倒し、村を救わなければならなかった。


 そのことを改めて確認すると、老人は霧の中に消えた。

 まるで老人など存在しなかったかのように辺りは静寂に包まれた。



 同じ頃、同じ場所で――。


 土方歳三が小便に行くため、切り株を立ち、茂みに入ると、急に霧が立ちこめてきた。


 あまりの速度に驚くが、この異世界という地ではよくあることだった。日本の多摩や京都では経験できぬ体験である。


 それにしてもあまりの霧だったのでその場に立ち往生する。このまま勘を頼りにさきほどの場所に戻るのは危険すぎた。


 元いた場所に戻れないだろうし、最悪、魔王と離ればなれになる。いつ、ドラゴンがジャンヌを襲うか分からない今、時間のロスは避けたかった。


 なので小便を垂れ流すと、霧が晴れるまでその場で待つことにしたが、途中、気配を感じる。


 腰の刀に手が伸びなかったのは、その人物に敵意がないこと、さらに武装していないことが分かったからだ。もしも殺気だった場所ならば即座に斬り伏せていた。


 その男は悪びれるでもなく、歳三の横に並ぶと同じように小便をした。

 男は「連れションだ。懐かしいな」と笑った。

 いや、笑ったような気がした。男はキツネの面を付けていたのだ。

 まるで祇園祭の出店で売っているような面を男は付けていた。


「……その面、お前、ヒノモトの人間か」


 男は悪びれるでもなく答える。


「そうだよ。おれはヒノモトの人間だ」


「なに用だ。俺を斬りにきたのか」


「まさか。おれは刀すら持ってないよ。それに歳だ。ジジイに鬼の副長が斬れるかよ」


「たしかに小便の切れは悪そうだ」


 と皮肉気味に笑うと、男も笑った。


「しかし、本当に連れションをするためにやってきたのではあるまい。お前はなにものだ」


「悲しいな。歳よ、お前は知り合いの顔も忘れたのか」


「生憎とキツネの知り合いはいない」


「そうか。面を取ってもいいのだが、それじゃつまらない」


「つまらなくはない。見せろ」


「いいや、お前が俺を思い出すまで取れないな」


 男はそう言うと、一歩下がった。流れるような動作だ。歳三が刀で面を割ろうとしたことを察知したのかもしれない。


「……ジジイとは思えない動きだ。そこまで達者ならば忘れるわけもないのだが」


「ジジイになって声も変わったしな。お前が死んだあと、おれは何十年も生きた」


「新撰組の仲間か?」


「仲間だなんて言葉、鬼の副長が使うとはね」


「……丸くなったかな」


「ああ、でもそれは良い変化だ。この世界の部下は幸せだろうて」


 老人は懐かしむように言うと、歳三に背を向ける。


「今日は本当に偶然だった。とあるお方の護衛で山に登ったらお前に出会った。またいつか再会するはずだ。だから今日はここまで。さて、次回はおれの正体に気が付いてくれるといいが」


 老人はそう言い残すと、霧の中へ消えた。


 歳三は老人を追わない、老人の言葉通り、また再会できると思ったのだ。それもそう遠くない未来に。



 その後、嘘のように霧が晴れると、俺と歳三は切り株で合流した。


 ふたりは尋常ならざる出会いをしたわけであるが、なぜか両者、そのことには触れなかった。


 互いに出会った老人は、自分たちの運命を大きく変える存在であると悟ったが、そのことを口にすることはなかった。


 切り株にしばし腰を下ろし、先ほどの出会いを考察していると、懐に入れた護符が光っていることに気が付く。


 どうやらスカイドラゴンとジャンヌが接敵したらしい。歳三の顔を見ると即座に精神のチャンネルを切り替える。


「聖女様がドラゴンにかじられる前に救出にいかねば」


 冗談交じりに言うと、歳三も冗談で返してくれる。


「逆じゃないか。放っておくとジャンヌが龍をかじっていそうだ」


「違いない。ドラゴンに肉が残っているうちに合流しよう」


 そう結ぶと俺と歳三は素早く木々の間を走り抜けた。

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