ダンケ村の悩み
村人たちに案内されてやってきた彼らの村。
ダンケ村という村らしいが、想像したよりも寂れていた。いや、寂れているというよりも荒廃か。
柵は至る所が破損、村の入り口付近は焦げあとに満ちている。
「これは?」
と、尋ねると村人は気落ちしながら言った。
「連日のようにドラゴンに襲撃されているのです。先日も山羊が二頭さらわれました」
「村に直接くるのか」
「最近は遠慮という言葉を知りません」
「スカイドラゴンだったかな。古竜種なのか?」
「それは専門家ではない我々には。ただし、かなり大きく、獰猛でずる賢いです。ワイバーンを率いています」
「なるほど、そいつが一連の竜害の原因か。ならば話は早い。退治しよう」
と決断した俺は村に泊まる。
竜を捕捉するのは大変だから、やってくるのを待とう、作戦である。
宿舎として借り切った街の集会場の前に一頭の山羊を置いておく。こうすれば腹を空かせたスカイドラゴンがやってくる、という寸法だが、そうはならなかった。
一日経っても、二日経っても現れない。
どうやらドラゴンは、いつもとは違う村の雰囲気を察しているようだ。賢い竜である。
「となると直接巣に乗り込んで対峙したほうが早いかな」
「しかし、やつは飛竜です。危なくなれば即逃げるでしょう」
「産卵期ならば卵を守るために逃げないのだが、早々都合良く行かないだろうな」
ならばどうするべきか。俺は知恵を絞るが、村人からこんな情報を聞いた。
「これは村に伝わる伝承なのですが、ドラゴンを鎮めるには、酒瓶を持った処女を生け贄に送り込むと良いらしいです。なんでも美女がその酒で竜を酔わせたあとに、通りすがりの勇者が竜を倒した、という昔話があります」
「竜は酒に弱いのか」
いいことを聞いた俺はジャンヌを見る。
「もしかして美女に反応した?」
「した」
と正直に返答する。ジャンヌを生け贄に捧げる腹づもりで見つめる。酒樽作戦を実行したかった。
俺は村にある酒を荷馬車に乗せると、それを竜の住処に送り込むように指令する。
「でも、スカイドラゴンは頭がいいの。引っかかるかな?」
「昨日、こなかったのは俺の魔力に反応して恐れをなしたのだろう。だからその荷馬車はジャンヌに率いてもらう」
「伝承の通りにするんだね」
「ああ、美女が酒を呑ませてへべれけになったとこを襲う」
「卑怯なの。ずるいの」
「最高の褒め言葉だよ」
そう返答するとジャンヌに指示をする。
ジャンヌに酒を運ばせるが、もしも竜がきたら抗戦しなくていい。逃げるんだ。
と説明する。ジャンヌは「逃げるのは卑怯者のすることなの!」と文句を言うことはなかった。今のジャンヌは戦略的撤退、や、三十六計逃げるにしかず、という言葉を知っていた。――意味は完全に理解していないが。
ただ、ジャンヌは即座に逃げ出すこと、俺たちと合流することは約束してくれた。
「竜が酔っている最中に襲えれば上々だが、ジャンヌを追いかけているところを襲えてもいい。やつと遭遇したら一気呵成に仕留めるから、そのときはよろしく」
俺の単純な作戦を聞いたジャンヌと歳三は、それぞれの表情で、
「御意」
と言った。
ジャンヌは犬のような爛漫な笑顔、歳三は狼のような不敵な笑顔だったが、どちらも心強かった。これから竜と戦うというのに、臆したところが一切なかった。
ジャンヌと酒を餌に竜をおびき出す、という基本方針は定まったが、細かいところで調整はある。
村の伝承では「清らかな乙女」しか生け贄の資格がないようだ。
そのことをジャンヌに伝えると、「無礼なの!」と怒った。
「私はオルレアンの乙女なの。歴史上もっとも清らかな英雄なの!」
ぷんぷん、と憤っている。
「それは知っているが、村人が言っているのはもっとか弱い乙女のことなのだろう。鎧姿で聖剣を持っているとどうも乙女っぽくない」
「がーん! 私の格好は勇ましすぎるのか」
軽くショックを受けている。
そんなジャンヌに話しかけるのが村の若い娘だった。
「大丈夫です、ジャンヌ様。実は毎年、竜の生け贄、という伝承を再現した祭りが開かれるのですが、そのとき生け贄に選ばれた娘が着る衣装があります」
「おお、それは心強いの」
とジャンヌはその場で服を脱ごうとするが、慌てて止める。
「こらこら、はしたないぞ」
「はしたなくはないの。私は身も心も清廉潔白。他人に隠すところはないの」
「心構えは立派だが、異性の目も意識するのだ」
「分かった。魔王は私の肌を独占したいんだね」
そうかそうか、と嬉しそうに納屋に入っていくが、反論や訂正は不要だろう。面倒になる。
十数分ほど彼女の着替えを待つ。歳三はイライラしながら言う。
「女というものは用意が長くて敵わない」
「それには同感だが、頑張って綺麗に見せようとしているのだろう。そんなふうにいうもんじゃない」
「自分の女ならば我慢できるがね。あのお嬢ちゃんの場合は限度は三分だ」
「なるほど、今度、乾燥麺を茹でるときにタイマー代わりにさせてもらうか」
下手な冗談で返すと、納屋の扉が開かれる。
納屋から出てきたのは想像以上の美女だった。
真っ白な衣装、まるで今から花嫁に行くような衣装をまとった少女。その衣装は想像よりも大人びていて、布地が少ない。乙女の柔肌をこれでもかと見せつけるデザインをしている。
それでいてちっとも下品でなく、着ているものの清らかさを引き出す造りだった。
「……素晴らしいな」
思わず小声で漏らしてしまったが、それは横にいる歳三も一緒だろう。沈黙して目を丸くしている。
その反応にジャンヌは気をよくしたのか、スカートの端を持つと、くるりと一回転した。
ふわぁ、とスカートが宙に舞う。まるで風の妖精が平原でたわむれているようであった。
ジャンヌに衣装を着せた娘はおそるおそる俺に感想を尋ねてきたが、このような姿を見せられては感服するしかなかった。
「どこぞのお姫様かと思った」
と正直に感想を漏らす。ジャンヌの機嫌は最高潮に達するが、それに冷や水を浴びせるのは土方歳三。彼はジャンヌの美しさを認めても、可憐さには言及したくなかったのだろう。こんな台詞をジャンヌに投げかけた。
「ヒノモトには古来よりこんな言葉がある。――馬子にも衣装」
その言葉を聞いたジャンヌはきょとんとしている。
彼女に「馬子にも衣装」という言葉の意味を教えるべきか迷ったが、結局、やめた。
せっかく気分良くお姫様気分を味わっているのだ。ジャンヌは生来、贅沢や華美とは無縁の少女。こんなときくらい精一杯お洒落をさせてあげたかった。
なので俺はジャンヌの黄金の髪を軽く撫でると、
「とても綺麗だ」
と言った。
その言葉を聞いたジャンヌは、白百合の花のような笑顔を見せた。




