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馬でぶらり旅

 イスマリア伯爵領への随行者は、土方歳三とジャンヌとなった。


 土方は洒落者であるが、旅の最中に女と会うわけでもない、と大して準備はしない。


 ジャンヌも神に仕えるものがお洒落をしてどうするの、といつもの鎧とドレスを折衷したような服に白い外套をはおるだけだった。


 そんなふたりであるから旅支度もすぐに終わると、彼らをともない馬に乗った。

 馬車にしなかったのは馬のほうが早くイスマリアに付くと思ったからだ。

 それに最初から交渉は決裂すると思っていた。


 イスマリア伯は早々にその本性をむき出し、俺たちを捕縛するだろう。そこから逃げだし、イヴたちと合流してからが本番だと思っていた。


 どうせ奪われるならば馬車などもったいない、という寸法である。

 そのことを話すと、歳三は陽気に笑った。


「旦那は合理的だな。ものごとに一から十まで道理があって、しかも他人を納得させる」


「そいつはどうも」


「馬車はもちろん、馬も奪われること前提にしているな」


「ああ、俺の自慢の駿馬はイヴに預けてある」


「あの黒い馬か、そういえばあの馬に名はあるのか?」


「あるぞ。黒王号という」


「おお、強そうな名前だな。戦場で敵兵を踏み殺しそうな名だ」


「そこまで化け物じゃないがな」


 他の魔王は本当に人間サイズの兵を踏み殺す化け物に騎乗していることもあるが、俺の馬はどこにでもいるような普通の馬だった。


 以前、イヴに「せっかくですので、八脚馬(スレイプニル)に変えませんか?」と問われたことがあるが、謹んでお断りした。


 なぜ、と問われれば俺は戦国時代の名軍師の『竹中半兵衛』を私淑していたからである。


「ほお、かの秀吉公の軍師を尊敬されていたのか」


 と歳三は感心する。

 ジャンヌは不思議そうに尋ねてくる。


「はんべーって誰?」


「日本の戦国時代の武将だ。太閤豊臣秀吉という偉い大将に仕えた軍師だ。彼はその秀吉公の元で出世を重ねても名馬には決して乗らなかったんだ」


「どうして?」


 ほわい、という顔をするジャンヌ。


「理由は単純だ。高い馬に乗ればそれを大切にするだろう」


「うん、大切にする」


「馬は所詮馬。戦場で馬を惜しんで武功を立てられないこともあるから、と竹中半兵衛は生涯、名馬には乗らなかったのだ。安い馬なら乗り捨てにできるからな」


「おお、合理的」


「ああ、合理的だ。俺もそれに習って、あまり良い馬には乗らないようにしている」


 といっても俺の黒馬、黒王号は駿馬ではあるが。


「魔王は本当に合理的なの。私も見習いたい」


「ジャンヌは真似しないでいいぞ。ジャンヌには白い綺麗な馬が似合う」


「ありがとうなの」


 ジャンヌは今現在乗っている白馬を愛おしげに撫でる。白馬は嬉しそうにいななき声を上げた。


 それを温かい目で見つめていると、とあることに気がつく。

 歳三が乗っている栗毛の馬を見つめる。


「そういえば歳三は馬にも乗れるんだな」


「ああ、こっちの世界にきて鍛練を重ねた」


「以前は乗れないと言ってたものな」


「乗れないわけじゃないが、日本ではあまり乗る機会がなかったからな」


 新撰組副長土方歳三は日本の武蔵国の農民の子である。幼き頃から弓馬の鍛練を積んだわけではなかった。


 京都で新撰組に入ってからは、武士らしく馬に乗る機会もあったらしいが、それでも幼き頃から乗っていたわけではないので、乗馬はあまり得意ではなかったようだ。


「黒船が大きな海を渡ってくる時代だ。今さら乗馬を覚えてもな。しかし、この異世界では乗馬は役に立つ」


「ああ、この世界は平地も多い。馬の機動力は圧倒的だ。乗れるようになって損はない」


 もしももう少し軍団を拡張し、騎馬軍団を組織した場合、その指揮官は当然、乗馬の達人である必要がある。その際は乗馬の達人を指揮官に据えるつもりだったが、他に適任がいないのであればその役を歳三に任せても良かった。

 

 そのような構想を練っていると、遠方に煙が見えた。

 なにかが燃えているようだ、と報告したのはジャンヌだった。


「また盗賊なの? 魔王と冒険するといつも盗賊に襲われるの」


 吐息を漏らすジャンヌ。


 同じことをジャンヌに毒づきたいが、今回に限りその必要はなさそうだ。なぜならば前方にいるのは盗賊ではないからである。


 前方にいるのは盗賊ではなく、ワイバーンであった。


 飛竜の一種であるワイバーンは、この付近に住んでいると思われる農民を襲っていた。


 燃えているのは農民が引いていたであろう荷馬車とその荷物だった。おそらく街に農作物を卸しにいった帰りかと思われた。


「馬が食われているな。農民も逃げ出せばいいものを反撃している」


「馬は農民の財産だからな。怒る気持ちは分かる。しかし、このままだと農民もワイバーンの餌だ」


 遠からず農民が食われるのは目に見えていたので、彼を助けることにする。

 不服をいうものは誰もいなかった。


「さて、ワイバーンを倒すが、最近、暴れたりないと思っているものはいるか?」


 歳三とジャンヌに交互に視線をやるが、両者当然のように手を挙げる。


「ほぼ同時だな。ならば間を取って俺が倒そう」


 そんなのありなの!? とジャンヌが不平を述べるが、無視をすると俺の周りに風が舞い始める。


 《風刃》と呼ばれる魔法を唱えると、大きな声を張り上げる。


 声を張り上げたのは詠唱のため、というよりも農民にこちらの存在を知らせるためだった。


「エアカッター!!」


 そう叫ぶと農民たちは俺の存在に気がつく。


 彼らは即座に俺たちが味方だと悟ってくれたのだろう。ただ、まだ表情が険しかった。


 当然か、彼らは目の前で飛竜と命のやりとりをしているのだ。なるべく早く、その緊張感から解放してやりたかった。


 俺は農民たちの安堵の表情を見るため、具現化させた風の刃をワイバーンに投げつける。


 まっすぐに風の刃が伸びる。風は飛竜の友人であったが、それゆえに飛竜は即座に危険を悟ったのだろう。農民との交戦を止め、大空に舞う。しかし、俺の風刃はそれを捕捉する。


「お前に恨みはないが、農民を襲ったのが運の尽きであったな」


 ここはアシュタロト領。つまり俺の庭だ。そこに住まうのは俺の民でもあった。現在進行形で民を苦しめ、今後、民をさらに民を傷つける可能性のある存在を野放しにするわけにはいかなかった。


 風の刃に殺意を込めると、その一撃をワイバーンに与える。


 ワイバーンは痛いという感情さえなかったかもしれない。それくらいに鋭い一撃だった。


 一刀両断、とはこのことだろう。頭頂から尻尾まで綺麗に両断するとワイバーンの生命活動を一瞬で停止させた。


 両断されたワイバーン、その光景を見ていた農民たちはつぶやく。


「す、すごい……、まるで奇跡を見ているかのようだ」


 その感想に答えたのは俺ではなくジャンヌ。

 彼女は厳かな、まるで聖女のような清らかな表情でこう締めくくった。


「魔王の民を傷つける魔物は皆、こうなるの」


 その神託のような言葉を聞いた民は、皆、深々と俺に頭を下げていた。

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