随行者会議
イスマリア伯爵領への訪問は最小限の人数で行いたかった。
理由はふたつあって、ひとつはあまりにも大量の人間で押しかけると相手を不安にさせるというものであった。
せっかく(表向きは)和を結ぼうとしてくれている相手に対し、警戒心を抱かせるのはよくない。随行者は最小限に絞るべきだろう。
一応、幹部連中を集めて付いてきたいものはいるか、と尋ねたが、会議室にいた幹部全員が挙手をした。
スライムの幹部ですら、変幻自在の身体で手の形を作り、ぷるぷると手を伸ばす始末。
自己推薦の無意味さを悟った俺は、まずは連れて行けない連中から名前を挙げる。
「まずはイヴはお留守番だ」
その言葉を聞いてイヴは珍しく抗議をしてきた。
「なぜ、わたくしがお留守番なのでしょうか」
「今回の旅は危険を伴うものだ。というか、危険しかないと思っている」
「それはイスマリア伯の腹の中にどす黒いものがある、という意味か」
その質問は歳三のものだった。
俺はこくりとうなずく。
「おそらくだが、いや、たぶん、俺がイスマリアに行けば確実に捕縛されるだろう」
「それを知ってて旦那は虎口に飛び込むのか」
「ああ、馬鹿だと思われるかもしれないが、これはチャンスでもあるからな」
と、ここで改めて俺の戦略を披瀝する。
「イスマリア伯爵は俺を捕縛するだろう。そして俺の身と引き換えに領土割譲を要求するはず。そうだな、旧エリゴス城は差し出さなければいけないかもしれない」
「魔王様の御身と引き換えならば、全領土を差し出さなくてはならないかも」
「それは俺を過大評価しすぎだが、アシュタロト軍は俺がいなくなれば崩壊する。要求は呑まざるを得ないだろう」
しかし、と俺は続ける。
「逆に言えば交渉相手を騙して捕縛する、というのは天下の悪事だ。それをもってやつの領土に攻め入る大義名分を得られる」
「通常、人間の領土に侵攻すれば人間の国々が騒ぎ出すからな」
と解説してくれたのはドワーフのゴッドリーブだった。
「ああ、やつらは魔族を恐れるからな。連携を深めるはず。ただ、イスマリアが不義に基づく行動をし、懲罰的な軍事行動と称せばやつらも派兵する口実がなくなる」
「なるほど、見事な策略だ」
とゴッドリーブはあごひげを撫でながら評価してくれるが、「で――」と続けた。
「そこまで言うのならばイスマリア伯に捕らえられたあと、伯爵の牢獄から脱出する手立ては考えているのだろうな」
「もちろん、考えていますよ。そのための人選です」
俺は断言すると、改めて人選について話を進めた。
「イヴをイスマリア領に連れて行かないのは、投獄される可能性が高いからだ。女性を連れて行きたくない」
「…………」
その言葉にイヴは沈黙する。さすがは賢いメイド、俺の言葉に利を見つけたのだろう。
しかし、利を見つけてくれなかったのはジャンヌだった。
彼女は正論を言う。
「私は今さら女扱いされたくないの。魔王のため、その剣となり、盾となり、前線で戦ってきたの。全戦」
前線と全戦を掛けているようだが、その言葉に一理見つけた俺は、彼女の帯同を許可する。
「たしかにジャンヌの言葉には一理ある。ジャンヌには付いてきてもらおうか」
というと彼女はひまわりのような笑顔を浮かべる。
イヴは若干悔しそうな顔をしていたが、すぐに冷静になると、他の人選について尋ねてきた。さすがは俺の秘書官である。
「他には歳三に付いてきてもらおうかな」
「ほお、旦那は人を見る目があるな」
にやりと己の無精ひげを撫で主人を論評するのは歳三らしかった。
「少数でおもむくならば一騎当千の面々を連れて行きたい。牢獄から脱出したあとは武力が必要だろうし」
「道理だな」
「牢獄から脱出するには、忍者の力が必要だ。風魔小太郎とコボルト忍者のハンゾウ、頼むぞ」
と先ほどまで小太郎たちがいた席を見つめると、そこにはハンゾウだけしか残されていなかった。
「頭はすでに出立し、情報収集をしています」
「さすがは忍者の鑑だ。心強い」
俺がそう言い切ると、続いてハンゾウも消え去った。頼りになる連中である。
「彼らがいれば脱出の際も万が一はないだろう。問題は脱出したあとだが」
「イスマリア領との国境に兵をしのばせておきましょうか」
とはイヴのアイデアであったが、それには賛成だった。
「イスマリア伯爵を刺激しないように、人間と小型の魔物のみで編成するように」
「御意。巨人族やトロールは守備部隊に回しておきます」
「それは助かる。あとはその部隊を率いる人物だが……」
残った幹部を見渡すと、どいつも脳筋というか 九九も言えないような連中に見えた。
人狼部隊のブラウデンボロは勇ましいが、他人に対する配慮がやや欠けている。
スライム部隊の長であるスラッシュは単細胞生物の延長にしか見えない。
部隊長としてはともかく、一軍の長としての資質に欠けているように思われた。
――となると必然的に部隊を率いることになるのは、信頼の置けるメイドとなる。
俺は彼女が軍師兼メイドであったことを思い出すと、しばらく、メイド業を休んでもらうことにした。
「国境で軍を率いてもらう役はイヴに任せる。問題ないか」
その言葉を聞いたイヴはにこりと笑う。
「イヴは元々軍師でもございます。なんの問題もありません」
ただ、と彼女は続ける。
「軍師としてのイヴはメイドのように甘くはありません。軍律を乱す輩は、容赦なく処刑するので、ここにいるお歴々の方々は覚悟しておいてください」
イヴは魔族の娘らしく、魔性の女のような笑顔を浮かべる。
俺はまだ彼女しか部下がいなかった頃を思い出す。サブナクを攻めた際の記憶だ。
たしか彼女は戦後、物資を横領したオークを容赦なく処刑した。見た目にそぐわぬ厳しさを見せたのだ。
そのときの伝説がアシュタロト軍には伝わっているらしく、誰もイヴを軽んじるものはいなかった。
「女などに従えるか」
と言いそうな人狼のブラウンデンボロも脂汗を流しながら、彼女の軍律に対する考えを聞いていた。
これならばなんの問題もない。イヴならば国境に軍隊をしのばせ、俺が戻ってくるまで士気を維持し続けてくれるだろう。
確信した俺はさっそく旅立ちを宣言する。
居並ぶ幹部たちは、表情を整えると、その中のひとりが大声を張り上げた。
「謀略の魔王アシュタロトに栄光あれ! アシュタロト城に千年の繁栄があれ!!」
その言葉を聞いた幹部連中は、復唱するとそれぞれに酒杯をかかげ、それを飲み干した。
酒に弱いジャンヌだけはオレンジジュースであったが。
このようにアシュタロト軍の作戦会議は終わり、方針は定まったが、軍師イヴは即座にメイドさんに戻る。
なぜならば俺の旅支度をしなければいけないからだ。謀略の魔王と恐れられる俺だが、生活能力は皆無に等しく、自分の着るもののアイロンがけひとつできない。
すべてはメイドであるイヴにお任せであった。これではいけないと思っていたが、鞄に嬉しそうに俺のシャツなどを入れるイヴを見ていると、自分でやろうという気にはならなかった。
彼女の楽しみを取り上げてしまうような気がしたのだ。もっとも、それは男の身勝手な解釈かもしれないが。
そんなことを考えながらイヴが用意を調えるのを待つと、翌日、俺はアシュタロト城を出発した。




