マヨラーメイド
鶏舎を建設し、大量に市場に肉を出回らせた。
ネルサス・フライドチキンという店を作り、フライドチキンという料理を普及させた。
内政の効果としては上々であろう。
当初の目的通り、ドワーフたちは連日のようにネルサスに通い鶏肉を食べている。彼らの族長であるゴッドリーブも満足していたし、もはやなにもいうことなどないのだが、もうひとつだけやりたいことがあった。それは卵を使った名物の開発である。
卵はとても栄養価の高い食べ物であるが、衝撃に弱いため、遠方への輸出に向かない。そこをなんとか改善したかった。
「だから鶏舎の隣に見慣れぬ工場を建てたのですね」
イヴはかしこまりながら尋ねてくる。
「正解だ。ゴッドリーブ殿に攪拌機を作ってもらった」
「攪拌機、でございますか?」
「混ぜる機械だな。イヴも小型のを使っているだろう」
「はい。ゴッドリーブ様に頂きました。メレンゲを作るときなどに活用しています」
「俺はそれを使ってマヨネーズを大量生産し、輸出品にしたいんだ」
「マヨネーズ、でございますか?」
「ああ、マヨネーズだ」
「どのような食べ物なのでしょうか」
「卵黄を攪拌して、そこに酢と油を入れただけのシンプルな調味料だ」
「栄養豊富そうです。あとサラダに合うかも」
「正解だ。マヨネーズは栄養豊富で、サラダにぴったりなんだ」
「それも異世界の食べ物ですか」
「そうだな。しかもマヨネーズは栄養満点で旨いだけじゃなく、保存が利く」
「保存食なのですね」
「ああ、なんとマヨネーズには賞味期限がないのだ」
「それは本当ですか?」
イヴは目を丸くさせる。
「本当だよ。マヨネーズは蜂蜜と一緒で腐らないんだ。卵黄なのに不思議だよな。酢が卵黄をコーティングするから長持ちするらしいが、まあ、詳しいことは知らない」
知っていればいいのは、マヨネーズは旨く、保存が利き、栄養満点だということだけ。この食品は輸出にぴったりなのだ。
海上都市ベルネーゼから仕入れる香辛料や穀物の対価としてこれ以上相応しいものはないだろう。
俺はマルコ・ポーロとリョウマがサラダにマヨネーズを掛けながら食す姿を想像すると、マヨネーズ工場の建築にも精力を注いだ。
数週間後、マヨネーズ工場も無事完成する。
そこで製造された初めてのマヨネーズ。瓶に入った白い固形物は俺が文献で見たマヨネーズそのものだった。
文献にはマヨネーズはなんにでも合う、とのことだったのでパンに塗って食してみる。
試食会の会場にいたイヴとジャンヌは食い入るように俺を見つめる。
イヴは俺の身を案じ、ジャンヌは羨ましそうに見ていた。両極端である。
ガン見されると食べにくいが、気にせず口に運ぶ。白い液体の乗ったパンは思いのほか美味しかった。
「こってりとしているけど、酢の酸味が利いていてさっぱり食べられる。豊潤な味わいだ」
その言葉を聞いたジャンヌは瓶から直接マヨネーズを食べる。指についたマヨネーズをねっとりと食べる姿はどこか艶めかしいが、ジャンヌは「旨い!」と絶賛していた。
ハラペコ聖女様のお墨付きをもらえたわけであるが、鬼の副長こと土方歳三の評価はどうであろうか。彼にも瓶を差し出し、試食を進める。
歳三は恐る恐る人差し指の先にマヨネーズを付けて舐めるが、あまりお気に召さないようだ。眉をひそめている。
「おかしいな。土方歳三は無類のマヨネーズ好きと聞いていたが」
「どこでそんな話になったのだ」
「前世の文献で見た」
「間違った情報だ」
「まあ、たしかにすべての文献が正しいわけではないが」
気を取り直すと、最後にイヴに試食してもらう。彼女はアシュタロト城の財務卿であるが、同時に料理長でもある。彼女が気に入らなければマヨネーズは商品として失敗だろう。
俺はイヴの目の前にマヨネーズを置くと、彼女は紅茶用のさじでマヨネーズを食した。
テイスティングするようにマヨネーズを食べるイヴ。彼女は軽く目を閉じると、こうつぶやいた。
「……卵と酢の宝石箱のようです。最高のコラボレーション」
うっとりとした表情と台詞を漏らす。どうやらイヴはマヨネーズをお気に召したようだ。
いや、お気に召したというレベルではない。イヴは一口でマヨネーズに恋してしまったようだ。
翌日からアシュタロト城の食事には必ずマヨネーズが用いられるようになった。
定番のグリーン・サラダはもちろん、ピザにもマヨネーズをトッピングするイヴ。他にも魚のムニエルや揚げ物にも掛けるようになる。
カロリー過多、という言葉が頭に浮かぶが、あまり潤沢にカロリーを取れないこの世界ではこれくらいが丁度いいのかもしれない。素直にイヴのマヨラー料理に舌鼓を打つ。
ただ、さすがに一ヶ月、マヨネーズ料理が続くと飽きてくるが。特に歳三には大不評で、「これ以上、飯に白いものを掛けるなら、出奔する」と言い張り、妓楼に籠もってしまった。さすがに今、歳三に抜けられたら大変なことになるので、イヴを説得する。マヨネーズを掛けるものを厳選してくれ、と頼み込む。
アシュタロト城の将来をなによりも憂うイヴは即座に了承してくれるが、俺は見逃さなかった。彼女が自分用の食事に山盛りのマヨネーズを掛けるところを。
彼女は自分用に作ったオムレツに山盛りのマヨネーズを添えていたのだ。見ているだけで胸焼けしてしまうが、アシュタロト城のメイド長はマヨネーズが大好きなようだ。
鶏舎を作り、マヨネーズを量産して良かった。幸せそうにマヨネーズ・オムレツを食すメイドを見て、心の底からそう思った




