フライドチキン
アシュタロトの城下町に鶏舎を建築することになった。
鶏舎は牛舎や養豚場よりも建設が難しい。俺が建設しようとしているのはいわゆるブロイラー型式だからだ。
たくさんの鶏を同時に飼い、餌を与え続けて太らせる施設を作りたかった。
ジャンヌは、「フォアグラみたいなの」と評するが、発想は似ている。
栄養価の高い餌を大量に与え、一気に肥え太らせて出荷するのが俺の作戦だった。雄と雌はしっかりと分け、雌は卵をたくさん産ませたい。
雌が卵を産んだら、ころころと転がって自動的に卵が集まる機構なども付けたかった。さすれば人件費を減らせ、鶏肉と卵を安くできるからだ。
俺の無茶難題の要求もドワーフの名工にとってはさほど難しいことではなく、卵の衝撃を吸収する素材を用意してくれれば付けられると明言した。頼もしい限りである。さっそく、クラインの壺で衝撃吸収素材を取り出すとゴッドリーブに渡した。
あとは彼が設計図を引き、彼の弟子たちが建設してくれるのを待つだけだが、その建設も一ヶ月もかからなかった。事前に用地は買収してあり、地盤工事なども済んでいたからだ。
木の枠組みや煉瓦なども調達してあったので、あとは建設するだけの状態だったのだ。しかも、今は他国との紛争を抱えていないので、軍隊も動員できた。やはり、暇な巨人やトロールは重機として最高の人材であった。
このようにして鶏舎は建てられるが、鶏舎が建ったあとの処置も早めにしておく。
鶏舎で飼う鶏の用意と、その鶏が食べる餌の用意である。鶏舎は鶏を密集して飼うのでできるだけ病気に強い品種を選び、栄養のある餌を食べさせたかった。
品種は異世界でもっともポピュラーな『アウロラ』という品種と、南方の山に棲息する『ヒクイ』という品種を掛け合わせる。アウロラは多産で病気に強く、ヒクイは身がしっかりし、大きめの卵を産む。生産性と味を両立させようというわけである。
問題なのは餌であるが、これは諸葛孔明殿の力を借りる。鶏にも造詣が深い孔明殿は、餌にマンドラゴラを混ぜると良いと提案してくれる。
「マンドラゴラを混ぜれば鶏は病気に強くなり、雌は毎日卵を産むようになります」
彼の手紙の末尾には「ただし、卵の殻が真っ赤になりますが」と付け加えたが、問題なかった。むしろ、アシュタロト産の鶏卵が真っ赤になれば、一目で分かり、ブランド価値が生まれるかもしれない。
取りあえずは街の人々の栄養源にしたいが、最終的には他の都市にも輸出できるくらいにしたかった。
さて、こうして鶏の生産準備は始まったが、もうひとつやっておかなければいけないことがある。それは生産した鶏肉の使い道だった。正確には卵を産まなくなった雌鶏の用途だ。
卵を産まなくなった雌は、普通、潰して肉にするのだが、歳を取った雌はあまり美味しくない。やはりどのような生物も若いほうが美味しいのである。
その欠点をどう克服するか、幹部と話し合っていると、会議室のドアを叩くメイドさんが現れる。彼女はワゴンを引いており、その上にはたくさんの鶏肉が置かれていた。
とても香ばしい匂いが会議室を包む。
「これはなんなの?」
会議室にいた聖女ジャンヌは目を輝かせて尋ねる。
「これはフライドチキンというものです」
「フライドチキン……」
全身の水分を涎にし、見つめる聖女様。
「これは鶏肉に衣を付けて揚げた食べ物です。御主人様がレシピを考案なさいました」
「まじで! すごいの! 魔王」
「すごくはないよ、ただ、油で揚げただけだ」
「ですが、油で揚げる前にいったん蒸し上げる工程、衣にたっぷりの香辛料を入れるのは御主人様オリジナルです」
「どうして最初に蒸すの?」
ジャンヌが尋ねてくる。
「火の通りを均一にするためだ」
「香辛料は?」
「スパイシーに食べられる。それにベルネーゼから大量の香辛料が届くようになったからな、活用しないと」
「魔王は天才なの。……むしゃむしゃ」
ジャンヌは誰よりも先にフライドチキンに手を伸ばし、口に放り込んでいる。
ひとりで全部食べてしまいそうな勢いだったので、なくなる前にこの場にいる連中に一本ずつ分け与える。
ジャンヌは怨みがましくこちらを見るが、無視すると続ける。
「フライドチキンにすれば年老いた鶏も美味しく食べられる」
「ですね」
イヴは首肯する。
「俺はこのレシピをくれた英雄に感謝を現すため、この料理を提供する店の名前に彼の名前を付けようと思っている」
「まあ、この料理は御主人様の発案ではないので?」
「ああ、異世界の文献を調べたら載っていた」
「異世界はご馳走があふれているのですね」
「ああ、しかし、その文献は虫食い状態で肝心の英雄の名前が歯抜けなんだよな」
「どのように抜けているのですか」
「○ーネル・サン○ース、というらしい。この料理の発案者は」
「……ネル、サンス、ですか」
「ああ、このように旨い料理を発案してくれたのに、名前すら残っていない。残念だ」
だが、嘆いてばかりもいられない、と続ける。
「取りあえず読み取れる文字から取って、ネルサスという店にしようと思っているんだが」
「それは素晴らしいですわ。響きがいいです」
「たしかにいいの」
とジャンヌは骨までしゃぶりつきながら同意している。
「あとはその文献によると、ネルサスの前には必ず白い服を着た老人の人形が立っているらしい」
「なにそれ、不気味なの……」
ジャンヌは言う。
「同意だが、それが本場のネルサスらしい。目立つかもしれないし、俺たちも老人の蝋人形を作ろうか」
俺が提案すると、ドワーフの若手技術者がさっそく作ってくれた。
真っ白な法衣、魔法使いのようなあごひげ、人の良さそうな顔、子供に好かれそうな人形ができあがったが、どこか違うような気がする。
俺はしばらく首をひねると、顔が寂しいことに気が付き、蝋人形に眼鏡をはめる。
すると蝋人形から言わんともしがたい個性のようなものが出る。
「これは流行るぞ」
そう確信した俺は蝋人形を数体作らせると、「ネルサス・フライドチキン」の店を五店舗、アシュタロト城下に作らせた。
いきなり五店舗は拙速だと言うものもいたが、鶏舎が完成し、ネルサスもできあがると、ネルサスはアシュタロト城の名物となる。
遠方から商売できた商人も絶賛する街の社交場となった。
こうしてアシュタロトの街の名物は鶏肉となり、市民の栄養事情は大幅に改善された。




