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カフェインは仕事の友

 民から熱烈の歓迎を受けたが、その民に失望を与えないため、帰るなり早々、執務室へ向かった。


 数週間、ベルネーゼに滞在した俺。当然、その間の仕事が山積みになっていた。


 通常の決裁は留守役のドワーフ、ゴッドリーブがこなしてくれたが、さすがにすべての決裁はできない。重要なもの、俺にしか扱えないと判断されたものは、俺の執務室の机に積まれていた。


「…………」


 その書類の高さは溜め息が出るものだったが、こなさないという選択肢はない。


 俺は聖女ジャンヌや歳三のように城に着くなり、自室でいびきをかくような贅沢は許されない。いつ、なんどきも民のことを思い、彼らの生活を考えなければいけないのだ。


 メイドのイヴも俺の性格を熟知しているのだろう。休みませんか、とは言わずに「コーヒー」を用意してくれた。


 コーヒーとは海上都市ベルネーゼからの贈り物。豆状の植物で焙煎して粉状にしてお湯に溶かして飲む飲み物だ。


 とても優れた覚醒作用があり、飲めば眠気がぶっ飛ぶ「ワーカーホリック」の友人のような飲み物だ。


 俺はこの豆をリョウマ殿から貰って以来、紅茶の次に愛飲していた。


 紅茶は仕事が一段落し、ほっとしたいときに。コーヒーは仕事が山積みになり、夜半まで処理したいときに飲む。使い分けているわけだが、さて、今日は何杯のコーヒーを飲むことになるか。 山積した書類の山を見るとため息が出てくるが、支配者としての責務を怠るわけにはいかなかった。


 しばしコーヒーとともに書類を整理していると、コンコンとノックする音が聞こえた。実際に扉を叩いたのではなく、口で発した擬音だったが。


 見ればドワーフのゴッドリーブが執務室の中にいた。彼は霊体なのでノックできないのだ。


 俺は改めて青白いドワーフを眺める。


 彼の名はゴッドリーブ。土のドワーフ族の族長。彼とはかれこれ数ヶ月の付き合いになる。彼は肉体を持っていたときから有能な男であったが、死んで霊体になってからも有能な男だった。


 武辺者が多い俺の部下の中でも数少ない能吏で、内政官や技術者として大いに役立ってくれていた。また俺がアシュタロト城を留守にするときの留守役を務めてくれており、その役目を完璧に果たしてくれてもいる。彼のような優秀な人材がいるからこそ、安心して外出できるというものである。


 改めて寡黙なドワーフの長に感謝の言葉を述べると、彼は笑って返した。


「なあに、死してなお、魔王殿の力になれるのは光栄なことだて。我が里のドワーフたちも大切にしてくれるしな」


「土のドワーフ族には、アシュタロトの発展に大きく寄与してもらっています。有り難いことです」


「持ちつ持たれつということだな」


「そのようです」


 と笑みを浮かべて返答すると、ゴッドリーブは珍しく提案をしてきた。


「魔王殿、もしも良ければだが、土のドワーフ族のため、新たな施設を建設してくれないか」


「新たな施設ですか……?」


「左様。実は土のドワーフ族は鶏が大好きなのだ。しかし、このアシュタロトには大規模な鶏舎がなく、安い鶏肉を食べられない」


「たしかにこの街には鶏舎はないな」


 牛舎や養豚場はあるが、鶏舎はなかったはず。この街で流通している鶏肉の過半は輸入物か、付近の農家が育てている地鶏だった。


 俺は「ふむ……」と己のあごに手を添えると思考を言葉にした。


「たしかにそろそろ鶏舎を建設すべきかもな。鶏肉は保存食にできないから後回しにしてきたが」


 牛肉は日持ちする。豚肉はベーコンやソーセージにして保存食にできる。だが、鶏肉は足が速いため、すぐに腐ってしまう。


 しかし、鶏は肉だけでなく、卵も取れる。鶏卵は栄養たっぷりで滋養に満ちている。そろそろ大量生産し、市場に安定供給させたいところであった。鶏肉も卵も市場で安価に手に入れば、人口増加に寄与してくれるだろう。


 そう思った俺は鶏舎を建設することにした。


 自身はもうなにも食べられないのに、ゴットリーブは我がことのように喜ぶ。土のドワーフ族の喜ぶ姿を見ることができるのが嬉しいのだろう。


 俺は彼とその民に報いるため、我が街の財務卿を呼び出す。――メイドのイヴのことだが。


 この街の財務を知り尽くしているイヴは、最初こそいい顔をしなかったが、ドワーフの民が鶏肉を求めていること、鶏が生み出す卵が市民の栄養事情を改善することを熱弁すると、建築費を捻出してくれた。


 俺とゴッドリーブは、メイド服を着た財務卿に感謝すると、ふたりで相談しながら鶏舎の設計図を書いた。


 その姿を見てイヴはため息を漏らす。


「殿方は新しいものを作るのが大好きですね」と。


 まったくもってその通りなので反論できない。俺とゴッドリーブは新しいもの、新しい施設が大好きなのだ。隙があれば資金と素材を使用し、建てようとする。


 イヴはそのことに呆れているようだが、俺とゴッドリーブがただ遊びのために施設を建てないことも熟知しているのだろう。口では呆れていても、終始、俺たちに協力してくれた。


 俺とドワーフの技術者のために、紅茶を何杯も注ぎ、夜食を何食も作ってくれた。俺がベッドに入って眠るまで、彼女も起きて俺を見守ってくれた。


 陰ひなたなく俺をサポートしてくれるイヴ。彼女のような有能で献身的なメイドを手に入れたことは、俺にとって最大の幸福である。改めてそのことを再確認した。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 焙煎して挽いたコーヒー豆ってお湯に溶けるんでしょうか?
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