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ワーカーホリック魔王

 海上都市ベルネーゼ。


 南方の島嶼都市との香辛料貿易で栄える街。そこで難事をいくつか解決するとこの街の英雄としてもてなされる。


 街総出のもてなしを受ける。連日のように宴を開催され、主賓となるが、いつまでも享楽にふけることはできない。


 街の有力者であるマルコ・ポーロに挨拶をし、旅立つことを告げる。

 かつて異世界のユーラシア大陸を横断した英雄と名残惜しげに握手を交わす。


「この街の評議会の代表としては貴殿のような有能な男に側にいてほしいが」


 マルコはそう言うが、俺の代わりにメイド服姿のイヴが答える。


「マルコ様、それは叶いません。御主人様の玉体はこの世界にたったひとつ。御主人様の支配するアシュタロト城の玉座こそ、その身体が収まる場所」


 毅然と言い放つ。マルコもいくら言っても俺がこの街に留まることはないと分かっているのだろう。それ以上、止めることはなかった。


 ただ、マルコの弟子、坂本龍馬の娘、リョウマだけはいつまでも俺を止めようとする。



「明日は台風がくるき」

「明後日は風水的に悪い日取りじゃき」

「明明後日はわしの誕生日じゃ」



 と常に俺を引き留める理由を探していた。


 彼女の言葉を真に受けていたらいつまでたってもアシュタロトの城下町に帰れない。申し訳ないが、リョウマの誕生日は来年以降、祝うと約束すると荷物をまとめた。

 といってもさして荷物のない俺。しかもその少ない荷物もすべて有能なメイドさんが荷造りしてくれる。


 マルコに与えられた部屋でのんびり紅茶を飲むと出立の準備が整うのを待つ。ベルネーゼ側で用意してもらった立派な馬車に乗り込むと、彼らに別れを告げた。


 ハーフエルフの商人、坂本リョウマは街の入り口まで俺らを見送ると、最後の最後まで手を振っていた。


 その姿を見て部下の土方歳三は言う。


「あのような美女に見送られるとは、後ろ髪引かれるとはこのことなんじゃないか」


「ああ、もしも魔王の仕事がなければ残りたいよ」


 その冗談に真っ先に反応したのは聖女ジャンヌである。彼女は頬を膨らませながら言った 


「魔王は万民の魔王なの。仕事は放棄しちゃダメなの。その後ろ髪にはたくさんの民がぶら下がっているの」


 正論なのでそれ以上、冗談は言わず、馬車に乗り込んだ。


 海上都市ベルネーゼはさすが交易で栄えている街らしく、用意された馬車は豪華だった。外装は王侯貴族が使うに相応しいものだったし、内装もビロード張りだった。


 俺たちがくるときに使った馬車が子供のおもちゃに見えるほどだ。しかも、その馬車を率いる馬が皆、駿馬であり、馬車を引く速度は軽快だった。数日早く帰還できそうだ。


「なにごとも起こらなければ、だけど」


 口の中で軽く皮肉を言うが、その皮肉が現実のものにはならなかった。俺たち一行は無事、アシュタロト城に到着する。


 城に入ると民が俺の馬車を囲む。


 最初、暴動かな、と思ったが違うようだ。なんでも彼らは潤沢に食料が購入できるようになって嬉しいらしい。


 しかもその食料を調達したのが俺だと知っているようだ。


 帰り際から風魔小太郎が見えないので、彼が噂を流布させたのだろう。気が利くと言えば気が利くが、まさかこんな盛大に迎えられるとは思っていなかった。


 いつの間にか馬車にやってきた風魔小太郎は言う。


「これでも控えめなほうだ。おぬしのおかげでタイロンという豪農が蔵を差し出してくれた。それだけじゃなく、ベルネーゼから適正価格で食料を輸入できるようになった。高騰していた食料価格は一気に下がり、今じゃ周辺都市でも一番の豊楽都市になっている」


「そうか。それは良かった」


 心の底から言うが、そんな俺にイヴは語りかける。


「それでは御主人様、民にそのご尊顔をお見せください。馬車の窓を開け、手をお振りくださいませ。民は喜ぶでしょう」


「気恥ずかしいな。まるで舞台俳優や人気歌手だ」


「それ以上の存在ですわ。ささ、早く」


 とイヴは窓を開ける。

 すると集まった民衆の熱気がむわっと入ってくる。


「アシュタロト様だ。アシュタロト様のお顔を見れるぞ!」


 と騒ぎ出した。


 まるで大スターのようである。今にも馬車が押し倒されそうな勢いであったが、土方歳三と風魔小太郎が馬車の外に出て警備をすると、さすがにそういう事態にはならなかった。


 俺は民衆の感謝に応えるため、馬車の速度を落とし、窓から彼らに向かい手を振り続けた。


 民衆は「アシュタロト様、アシュタロト様」と馬車を囲むように俺の城の前まで付いてきたが、さすがに城の中までは入ってこなかった。


「さすがはアシュタロトの民です。わきまえています」


 とはイヴの言葉だった。


「まあ、自由に出入りされても困るが、そのうち機会があったら市民のために城を開放したいな」


「それは良いアイデアかもしれません」


「昔、日本の天皇は年始や節分に御所を開放し、京師の民草を招いていたそうだ。あとはヴェルサイユ宮殿なんかも民に開放した記録が残っている」


「民に御主人様の寛容さと慈悲を示すと同時にこの城の素晴らしさを喧伝できます」


「だな。この城はドワーフのゴッドリーブ殿が拡張し、メイド長のイヴが維持してくれているからな。俺が生まれた当初の廃城感がなくなっている」


 72番目の魔王アシュタロトが生まれたとき、この城は今にも朽ちそうであったが、地道に素材を集め、拡張した結果、今ではどこに出しても恥ずかしくない威容を誇っている。まるで中世のヨーロッパの古城のようになっている。


 今ならばどのような大軍に攻められても安心なくらいの防御力を誇っていた。それに外見も立派で周辺の魔王や人間の貴族に見劣りしないレベルになっていた。


 生まれた当初を思えば隔世の感がある、そんな感想を抱きながら、城の門をくぐると、改めて自分の城を見上げた。


 ベルネーゼで酒池肉林の歓待を受けたが、やはり自分の城が一番落ち着くことに気が付いた。


「早く執務室に入って、仕事がしたい」


 そう言うとイヴはおかしげに口元を押さえ、

「御主人様は仕事中毒にございます」

 と言った。


 その通りなので否定しようがなかった。

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