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ダゴンの死

 第一幕をベルネーゼ軍とダゴン軍の正面衝突。第二幕をリョウマの援軍の到着とするならば、第三幕はダゴンの獅子奮迅の働きであろうか。


 後背を突かれ、おしまいかと思ったダゴン軍だが、ダゴンが前線に出て戦い始めると、先ほどの劣勢を一気に取り戻す。


 たしかにリョウマ率いる諸都市の援軍は効率的にダゴンの配下を殲滅していったが、肝心のダゴンが強すぎた。ダゴン軍が少なくなっても暴れ回り、ベルネーゼ軍を圧倒する。


 その様にリョウマは「一体で戦局を左右する魔王がこの世界にはいるらしいが、ダゴンがそうであったか」と苦虫をかみつぶしたような表情をする。


 たしかにその通りであった。ダゴンが踏み潰した兵は数十、握りつぶした兵も数十。死傷者の半分はダゴンによるものだった。


 頭の切れるリョウマはダゴンに軍勢で挑むのは無駄、と分かったのだろう。自身の配下はダゴンの兵を狩ることに専念させる。


 代りにリョウマは後方に控えさせていた砲兵に命令する。ダゴンに一斉放射を加えよと。


 まさか野戦で大砲を使用するとは思っていなかった砲兵たち。準備に時間は掛かったが、それでもなんとか大砲による射撃を始める。


 耳をつんざくような音が戦場にこだまする。


 砲撃を受けたダゴン。さすがに大きな鉄の塊を高速でぶつけられればダメージを受けないわけにはいかない。


 ダゴンは怯む。その隙を狙ってジャンヌと歳三は剣を加える。


 見事な連携である。俺は彼らの手際を賞賛すると、禁呪魔法とは別に簡易魔法を唱える。《念話》の魔法だ。


 その念話によってロビン・フッドと精神のチャンネルが繋がる。


『ロビンよ、まもなく禁呪魔法が完成する。後方に下がり、俺の側にきてくれ』


『…………』


 ロビンは沈黙によって答えた。最初、念話が通じていないのかと思ったが、そうではないようだ。


 彼は唇をかみしめながら言った。


『あいつは俺の愛する女の敵だ。自分の手で殺したい』


『なるほど、その気持ちは分かる。だから俺は最後にお前に手を下させるつもりだ』


『どういう意味だ?』


 とロビンは返すが、ここはこう言うしかない。


『ダゴンは魔王だ。この念話は盗聴されているかもしれない。俺を信じて下がってくれないか。作戦の概要は直接口で言う』


 俺の懇願にロビンは応じてくれた。後ろ髪引かれる思いで後方まで下がる。


 もしもここで俺が先ほどの言葉は嘘だった、と言えばロビンはそのまま俺を殺すだろう。それくらい彼の瞳には怒りがにじんでいた。


(……いけないな、このままでは彼は燃え尽きる)


 そう思ったが、今の俺にはできることが限られていた。そのできることに全身全霊を傾けるしかない。


 俺は声を震わせる。


「先ほど、禁呪魔法を唱え終わった。今からそれをお前の矢に掛ける。お前は矢でダゴンの肝臓を射貫いてくれ」 


 鹿の眉間を射貫くお前ならば簡単だろう、と付け加える。


「簡単ではあるが、そんなことであの巨人を殺せるのか」


「殺せる。これはお前の大切な人が教えてくれた答えだ」


「大切な人?」


 ロビンは首をかしげる。俺はそれを無視し、カーバンクルのスゥを見つめる。スゥは沈黙を保っていた。


「俺を信じてくれ。そしてお前の大切な人のことも」


「……分かった。信じよう、俺はお前に信じてもらえるような男ではないが、お前は信用に値する」


 ロビンはそう言い切ると弓を巨人に向けた。

 俺は右腕にためた禁呪魔法を解き放つ準備をする。


「いいか、チャンスは一回こっきりだ。ジャンヌたちが支えられるのもあと数十秒が限界だ。二度目の禁呪魔法はないと思ってくれ」


「分かっている。絶対に外さないから安心しろ」


 ロビンはそう言い切ると、そのまま弓の弦を放つ。


 弧を描くように矢はダゴンのもとへ飛ぶが、その軌道はたしかにやつの肝臓へと向かっていた、。右腹部だ。


 それを確認した俺は禁呪魔法を解き放つ。《巨大化》の禁呪魔法。この魔法はドブネズミに掛ければドラゴンのように巨体になる魔法であるが、欠点がある。


 この世界には重力というものがあり、巨大化した生物は自重に耐えられないのだ。特に二本足の生き物は立つことさえままならなくなる。


 つまり欠陥魔法なのだが、使いようによっては役に立つ。

 例えば無機物。特に矢のような単純な構造のものをそのまま大きくするとか――


 俺はロビンの放った矢をそのまま巨大化させると、それがダゴンの腹部に命中するのを確認した。


 ちょっとした大木の丸太のように大きくなった矢は、ダゴンの肝臓を的確にとらえる。


 最初は小枝のような矢が飛んできたと思ったら、丸太に成長し、自分の弱点である肝臓をとらえたのだ。寝耳に水というか、青天の霹靂であっただろう。


 ダゴンは、「ぐふぅ」と吐血を吐き散らすと、膝を折る。


「お、おのれ、謀略の魔王め、小賢しい真似を」


「賢いことは誇れ、と父母にならったのでな、その言葉は褒め言葉だ」


「しゃらくさい両親だ。握りつぶしてやりたい」


「生憎とすでにあの世の人たちだ。違う世界の天国にいるはずだから、会うことはあるまい」


「ならばこの世界の地獄でお前を待ってくれよう。地獄でくびり殺してくれる」


「それは恐ろしいが、俺の首を狙うやつは多い。魔王サブナク、魔王エリゴス、魔王デカラビア、魔王ザガム、きっと皆、順番待ちをしている」


「お前が俺以外の魔王に負けるとは思えない」


「だろうな。だが今回の勝利は的確にお前に矢を放ち続けたロビンの功績が大きい」


「そうだ。地獄でも有能な部下を得られると思うなよ……」


 ダゴンは「ふふ……」と漏らすとそのまま瞳を閉じた。地面に突き伏せる。どしん、という音が鳴り、地響きが響き渡る。


 海を支配した魔王ダゴンはこのように死んだ。ダゴンが死んだ瞬間、ベルネーゼの警備隊、傭兵団、周辺都市の援軍はその場で踊り出すほど喜んでいた。

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